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デート前日

 迷宮とは不思議な物で無限に物が湧き出てくるように見えるし、どこまでも続いているように思える。

 ……一体、何階まで続くのだろうか。

 誰が何のために生み出して、誰が何のために維持し続けているのか。


 これだけの技術があれば、探索者を追い払うのも入り口を無くすのも簡単なはずなのに、何故そうせずに招き入れ続けているのか。


「……管理者、いるなら返事してくれ」


 と、声を出してみるが、当然返事なんてあるはずもない。……まぁ、俺のような奴が考えても答えに辿り着けるはずはない。

 カルアは迷宮の技術に興味があるだけで、それほど迷宮の目的に興味があるわけではないのか、そこにはあまり触れない。


 ……いや、俺も迷宮の目的には興味がない。魔物を槍で一突きにしながら、作り物の空を見上げる。

 シルガは……迷宮を利用してあれだけのことをしでかしていた。


 これだけの技術があって……あれだけ無茶苦茶をやらかしたシルガを放置していたのは何故だ? 迷宮の管理者、お前は対応出来たはずだろう。


 たった二年の研究で技術が追いつけるはずはない。敢えて見逃されていたとしか思えない。

 ……いや、違うな。裁く者がシユウを不意打ちで殺そうとしていた。


 てっきりアレはたまたま迷宮のルールが破られたから裁く者が現れたのかと思ったが……迷宮の管理者がわざとやったんじゃないのか。


 あの場に置いてシルガを殺しえる存在だったから、否、シユウの協力があればシルガを殺すのが容易だったから……迷宮の管理者が邪魔をした。


 ……それに迷宮内でシルガが単独で生きていたというのも妙だ。一人で迷宮で生活出来るのは、迷宮鼠初代ギルドマスターのグライアスだけだ。

 あれはグライアスが不眠不休で動けるからこそ行える無茶であり、俺でも迷宮での生活は不可能だ。


 聖剣の話では魔王は同時に一人しか存在出来ないらしいので、少なくとも一年と半年の間は不死の魔王ではない、ただのシルガが迷宮の深層で生活をしていたこととなる。


 理屈に合わない。状況にそぐわない。

 薄寒く感じる何者かの作為。……裏で手を引いているのか管理者。


 ……だとしたら、シルガが取り返しのつかないところまでいってしまったのは、管理者が狙ってやったのではないか。クルルを、マスターを泣かせやがって。


 苛立ちを覚えるが、今は何もすることが出来ない。……いつか、覚えていやがれ、この恨みは忘れない。


 そう考えながら、カルアに頼まれていたものを集め終えて迷宮から出る。


 少し時間が早いが、明日は念願のクルルとのデートなので今日のうちに換金してデートのための資金を用意しておこう。


 デートの最中に土地をねだられない限りは尽きることがないだけの金を用意してからギルドに戻るがカルアもシャルもまだ帰ってきていないらしい。


 仕方ない。やることがないので、先にデートに行く予定のところをぐるりと下見しておくか。

 剣刃の洞のギルドハウスの周りにある店を外から見てまわり、若いカップルが多そうなところを頭に入れておく。


 本に書いてあった花束も今のうちに買っておくか。切られた状態の植物は異空間倉庫に仕舞えるしな。

 予算を伝えて花束を作ってもらって異空間倉庫に入れて、ギルドに戻ろうとしたとき手に荷物を持っているクルルの姿が見えて、そちらに早足で近寄る。


「クルル、奇遇だな」

「えっ、あっ、ランドロスっ! おかえり、今日は早かったんだね」

「ああ、明日は……ほら、大切な日だからな。ちゃんと寝て備えようと思って。荷物持とうか?」

「えっ、い、いや、いいよ。これは」


 クルルは焦ったような表情で手に持った鞄を後ろに隠す。

 チラリと見えたが、服や石鹸などでそれほど恥ずかしがるような物には見えないが、まぁ自分で持ちたいなら無理に持つ必要はないか。ギルドも近いしな。


「そう言えば、カルア達が土地を買いに行ってるんだが、どの辺りに買ったか知っているか?」

「えっ、土地なんて買うの? ……家建てるの? 寮から出ていく予定なの……?」


 クルルは不安そうに俺を見る。怯えた小動物のような表情に嗜虐心を煽られそうになりながら首を横に振る。


「いや、イユリとの研究に広い場所が必要みたいでなの研究室を建てるらしい」

「あ、そうなんだ。よかったぁ……」

「流石に、クルルに何の相談もなしに決めたりはしない」

「う、うん。……土地なんて高いものを買うのにランドロスは場所も知らないんだね」

「あー、まぁ、研究室にはどんな場所がいいとかは分からないしな。カルアの方が色々と上手いことやるだろうしな」


 クルルは微かに笑いながら「ランドロスらしいね」と言う。

 普通じゃないだろうか、などと思っているうちにギルドの近くにまで帰ってきていた。


「……クルル」

「ん、どうしたの? ランドロス」

「いや、呼べるうちに呼んでおこうと思ってな」

「えへへ、そっか」


 クルルに手をくにくにと掴まれてから離される。そんな不思議なやりとりを終えてから、ふたりでギルドに戻った。




 ◇◆◇◆◇◆◇



 クルルとのデート当日になり、あまりの緊張で吐きそうになる。

 まぁ……クルルは今も隣で寝ていて、デートよりもよほど親しい仲でなければしないような同衾やキスなどしてしまっているのだが……それでも緊張はする。


 デートで回るつもりの場所の計画も、既にある程度は立てており、金も充分に持っていて準備は万端だ。

 もちろん多少の計画との差異は出るだろうが、予備の計画も立てていて隙はない。


 あとは緊張せずに、慌てずゆっくりと、余裕を持ったかっこいい大人として対応するだけだ。

 まぁ、クルルよりも倍近くの年齢だし、これでも大人な態度には自信がある。

 この勝負、もらったな。


 そう思っていると隣に寝ていたクルルの目がパチリと開いて俺と目が合う。


「あ、おはよう、ランドロス。……楽しみだね」

「あ、ああ、たた、たのし、たの、楽しみだ、な」


 ……めちゃくちゃ噛んだ。

 あまりの恥と想定外の状況に慌てていると、クルルの手が伸びて俺の頭を撫でる。


「えへへ、緊張してるの? 私も。……お揃いだね」

「あ、ああ……す、すまない。初めてだから」

「私もだから、大丈夫だよ」


 いつもにも増して、落ち着いていて頼れる様子のクルル。……あれ、初っ端から、かっこいい大人になる計画が崩れていないか?

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