プロポーズ
ネネに何故か俺が睨まれるが、俺は悪くないだろう。
酔い覚ましにちびちびと水を飲みながら、あまり話をしていないマスターの方に目を向ける。
マスターは少し顔を赤らめて俺から目を逸らす。
「ま、マスター?」
「な、何?」
「なんで目を逸らしたんだ。も、もしかして引いたのか?」
「い、いや、ランドロスが椅子になってるのも甘えているのといつものことだから引いてないよ?」
「……じゃあなんで目を逸らして」
もしかして、さっきスカートの中を見ていたのがバレたのか? ……俺、毎回こういう状況になったときに心当たりがあるな。
「そういえば旦那、ほしいって言っていたものありましたよね。どんなのがいいとか話します?」
「ん? ああ、ふたりもいるしな」
商人に話しかけられてそちらに返事をする。
チラリと視線を戻すとマスターと目が遭う。だが、すぐにマスターは顔を赤らめながら横に逸らす。
……やっぱりバレているのだろうか。後で隠れて謝りにいった方がいいか。
「欲しいものですか?」
カルアが俺の方を見ながら尋ねる。
「ああ、大した話ではないんだが、ふたりに贈り物をしたいと思っていてな」
「……えっ、贈り物ですか?」
「普段の感謝というのもあるが、恋人らしいことは出来ていないから、それぐらいな」
カルアは照れたように目を逸らして、ツンツンと俺を触る。
「えへへ、ありがとうございます。でも、孤児院のこともありますし、あまりお金を使うのも良くないので、私はお気持ちだけ。……えへへ」
贈り物を渡してないし、いらないと言っているのに偉く上機嫌だな。かわいいけど、変なやつだ。
シャルの方に目を向けると、シャルは最近では珍しくなったおどおどとした様子で、俺の表情を窺うようにして上目遣いで俺を見る。
「あ、あの……カルアさんが辞退したというのに、その……高価な物をねだるのには良くないと分かっているんですけど。あ、だ、だから、全然断っていただいてもいいんですよ。孤児院のことも僕のためのことですし、ランドロスさんに沢山お金を使わせてしまって申し訳ないというか……今ご飯をいただいているのもよくよく考えたら厚かましいですし……」
シャルはドンドンと落ち込むように言い、俺はそれを否定する。
「俺がしたくてしていることなんだから、気にする必要はない」
「でも、全然返せてないですし……。その、本当に断っていただいていいんですけど……。というか、本当は僕が色々と贈るべきだと思うんですけど……」
「……この前もらった髪留めで充分だが」
むしろ一緒にいてくれるだけで俺の全てをあげてもいいぐらいだ。
シャルはおどおどとしたまま、目をパチパチと瞬きさせて、緊張をほぐすためにか、こくりと机に置いてある飲み物を飲む。
「……そ、その、女の方からこういうのははしたないと分かってはいるんですけど……。えっと……その……け、結婚してもらえないでしょうかっ!」
「ああ勿論。……ん? ……結婚?」
結婚? 結婚というのは……結婚のことか。いや、流石に結婚のことではないだろう。混乱していると、シャルはごくごくと飲み物を飲んでいく。
「……えっと、結婚というのは……その、夫婦になりたいという方の意味でいいのか?」
「は、はい。も、もちろん、断っていただいても……性急というのは理解していますし、その、順序を追うべきと自分で言っていたのに、身勝手だとは思うんですが……」
「いや、もちろん構わないというか、俺からお願いしたいというか……長年の夢が叶いそうで全力で走り出したい気分というか……まぁ、ただひたすらに嬉しいだけなんだが……また、急な話だな。いや、結婚したいんだけどな。結婚しよう。絶対幸せにする。まぁ理由があるだろうから話を聞きたい。それはそうと全力で喜んでいいか?」
「ランドロスさん、理性的になるのか感情のまま喜ぶのかどっちかにしてください」
カルアに突っ込まれるが、喜ぶのは仕方ないし、本能のまま叫び散らしたいが、そういうわけにはいかないだろう。
「……とりあえず、夢かもしれないから一度殴ってくれないか?」
俺がそう言った瞬間にネネの拳が俺の後頭部を捉える。
「……嬉しすぎて全然痛みが気にならないから夢かもしれないな」
「そうか、もう一発なぐろうか?」
「いや、いい。……夢か……まあ、そんな都合が良い話はないよな」
俺が落ち込んでいると、カルアがヨシヨシと俺の頭を撫でて椅子を近づけて太もも同士を触れ合わせる。
「ゆ、夢とかじゃないですよ。あ、あの、真面目な話で……」
「……ええっと、理由とかを聞いてもいいか?」
「あ、はい。えっと……あの……とても手前勝手なことなんですけど。……その、院長先生が、もうすぐ64歳でして……。その、不慣れな環境ということもあってか少し体調を崩し気味でして……孤児院自体は商人さんの助けもあるので、全然大丈夫でゆっくりしてもらっている状況なんですけど……」
あの元気そうな院長が? 心配だと思いながらも、それほど大きな病気というわけではなく、風邪を引きがちだったり食欲がなくなってきているらしい。
……歳も歳なので、それもある程度仕方ないだろう。
「……その、それで……元々は平均初婚年齢の17歳ぐらいに結婚するのがいいなぁと思っていたんですけど……」
シャルが言い淀んでいると、メレクが酒を飲みながら言う。
「ああ、元気なうちに花嫁姿を見せてやりたいってことか。まぁ、横から口出しすることでもないが、いいんじゃないか?」
「……そ、そういうことになります。その……両親がいない間に結婚というのもダメだとは分かっているんですけど……僕にとっては院長先生も大切な人で」
「……俺は勿論嬉しいが、シャルはいいのか?」
「は、はい。その、ずっと一緒にはなりたかったので。考えていたのより6年ほど前倒しにはなりますが……」
シャルは顔を真っ赤にしてはいるが真剣そうにこくりと頷く。
踊り出したい気分を抑えながらカルアの方を見ると、思ったよりも怒ったような表情は浮かべていなかった。
「カルアは……いいか?」
「そういうことなら全然大丈夫ですよ。元々重婚の予定ではありましたから。……先にランドロスさんと結婚したい思いはありましたが。……ただ、ランドロスさんとの結婚で、院長先生が安心出来るでしょうか……?」
「それは……その、まだ院長先生からランドロスさんへの評価は高いですし、べたべたに褒めるので、院長先生の前ではいつもの奇行を隠しておいていれば大丈夫のはずです!」
「……まだ? ……いつもの奇行?」
気になる単語はあったが、まぁ、大丈夫なのは大丈夫なのだろう。
流石に顔を隠して結婚式をするわけにはいかないので、院長のいる街ではなくここに来てもらうことになるが……調子を崩しがちなのに大丈夫だろうか。
……いや、崩しがちだからこそ急いだ方がいいのか。
俺の心配に気がついたのか、商人が言う。
「まぁ6年後というのは分かりませんが、今の間でしたら全然大丈夫だと思いますよ。アタシに気を遣って無理をして働こうとしたのが祟ったというのもありますから、安心してください」
「……ならいいか」
全く想像していない方向の話だったが……まぁいいか。
「……結婚式に加えて孤児達全員の旅費と考えると、金を稼ぐ必要があるな。……商人、迷宮内で高値で売れそうな魔物とかあればあとで教えてくれ」
「今教えましょうか?」
「喜びで頭からすっぽぬけそうだからいい」
とりあえず、話も纏まったのでそろそろ喜んでいいだろうか?
そう思っていると、シャルは赤い顔をしてこきゅこきゅと飲み物を飲んでいた。よほど緊張していたのだろう。
気持ちはめちゃくちゃ分かる……と思っていると、それが先ほどまでカルアに連続して飲まされていた酒であると気がつく。




