聖剣の一撃
力があるままに振るうと紅い雷が発生し、地面を破壊しながら残った二体の裁く者に迫るが、彼らが作り出した黒い壁に阻まれる。
だが、その壁の端を紅い雷が傷つけていた。
「……ランドロス、そんな魔法使えたのか……?」
「……いや、何というか……」
……ああ、いや……そうかあの時、何故自分が生き延びていたのか不思議だったが、こんな土壇場でやっと理解する。
「魔王が……助けてくれていたのか」
自分を殺しにきた人間との混ざり物の半魔族に……自身が死ぬ瞬間に力を分け与えてくれたのだろう。……これが、魔族の王か。
……二度目……いや、神の剣に潰されるところを蹴って助けてもらったのを含めると三度目か。助けてもらったのは。
本当に、頭が上がらない。
紅い雷を手元に発生させる。借り物の力だが……この場で使わない意味はない。生きろと、魔王が言ってくれているのだから。
俺が紅い雷撃を放つと、シルガは裁く者の後ろに隠れて吠える。
「ふっざけんな! こんな土壇場になって新たな力に目覚めるとか、そんなに、そんなに神は俺が嫌いか!? 負け犬は負け犬のまま死ねと、そう言いたいのかよ!!」
空間魔法の魔力は使い切ってしまっている。
確か魔王はこうやって剣に纏わせていたな。紅い雷を剣に纏わせて、シルガに向けて構える。
「……なら、今からでも止まればいいだろうが! 逃げて、逃げてくれれば、お前を殺さずにいられるだろうがッ! 逃げろよ! 逃げられるだろうが! ずっと逃げることは出来たはずだ!」
「また、全てを捨てろと言うのか! 故郷では全てを奪われ追放された! 再び、何も為せずに失せろと!」
「何も為せずにじゃねえだろうが! ギルドはお前を受け入れただろう! なのに、奪ったのはお前だ! 何人が死んだ! 何人を殺した! 止まれるはずだっただろう! マスターは……クルルは、二年前、お前を止めたんだろ!! さっきも止めていた! それで止まれば良かったんだ! 今も、止まれば変わるだろうが!」
シルガの周りにいる裁く者の腕が赤く発光する。
間違いなく、この裁く者はシルガが操っている。シルガはそれでも、止まらないのか。止まれないのか。
「今、止まれば……! 俺に何が残る! 復讐すら為せずに、ただひたすら意味を持たず、不幸だけの人生が残り続ける! 誰の目にもゴミとしか思われていない、誰も彼もに疎まれている人生だけが残る! 惨めなのは嫌だろうが!」
「何で、なんでお前は優しさに気がつけないんだよ! 既に持っていただろ! 持っているだろう!」
全力で地面を蹴って走り、俺の前に発生した黒い壁を、紅い雷を守った剣で斬りつける。黒い壁にヒビが入るが、先に剣が耐えきれずに砕け散る腕に雷を纏わせてそのまま拳を壁に叩きつけ、それを打ち破る。
裁く者が砕け散る。振り返ってもう一体を見ると、メレクがそれを掴み振り回していた。
「……俺を殺すか! 殺せばいい! どうせ、どうせ……いつまでも、俺は何も手に入れられないんだよ!!」
空間を固める絶対的な防御ですら打ち破る、理不尽な破壊の力を持つ紅い雷。
聖剣ではないが……同じ魔王の力だ。殺せる可能性は十分にあった。
少なくとも通じないと思って攻撃をしない理由にはならないだろう。
そう思ったのはシルガもなのだろう。魔王の不死が絶対の物ではなくなったことで、今まで以上にうろたえて、吠えたてる。
「クソみたいな人生だった! ああ、神が、人間が、運命が……ずっと俺を…………」
可哀想だと同情する。けれど、それでも……何があっても、シルガは死ななければ止まれないだろう。
頼む。これで死んでくれ……。これ以上、この国の被害者を増やしたくない。
これ以上……シルガの苦しむ姿を見たくない。
あの日の魔王のように紅い雷を手に纏わせて、シルガに手を伸ばす。せめて、せめて安らかに……そう願っていた俺の視界の端に灰色の影が映った。
「ダメっ! ランドロスっ!」
「──マスター! 何故、ここに……! 危ないから、下がってっ!」
どうやってここまで辿り着いたのかと思うと、聖剣を持ったカルアが周りにバチバチと雷を発生させながら慌てて走って来ていた。
「ま、マスター、あ、危ないですよっ!?」
「お前もだ! 何でこんなところにっ!」
「せ、聖剣さんが「守ってやるから新しい勇者のところに連れて行け」と言って……」
新しい勇者? と疑問に思っていると、シルガは茫然と立ち尽くしていた。
「……何故だ。何故……何故? どうして……俺は、お前を。お前は、俺を……」
シルガは明らかに狼狽えて、頭を抱えて苦しそうに呻き出す。
そのときメレクが裁く者を地面に叩きつけた。
その際に散った瓦礫の破片がシルガの方へと飛んでいく。
「っ! 危ないっ!」
マスターが、呆然としているシルガの身体をドンと押して、シルガの代わりにその破片を頭に受ける。
俺は急いでマスターの元に駆けつけ、破片で頭を打って意識を失ったらしいマスターの身体を支えて、回復薬を取り出して飲ませる。
それまでの間、シルガは地面に倒れ込んだまま、茫然と何もせずにいた。
メレクが持っていた裁く者も止まっていて、戦場には有り得ないような静けさが発生する。
「……なんで、俺を……? クルル、お前は……何で、庇って……」
「……シルガ」
俺がシルガに声を掛けようとしたときだった。
カルアの手に握られていた聖剣が雷を纏いながら浮かび上がる。
ゆっくりと聖剣が俺達の元にやってきて……シルガの前に浮かぶ。
「……聖剣。ああ……そうか、魔王を殺せる奴が選ばれる……か」
俺は紅い雷を発生させる魔王の力を持っている。
俺を殺す役に、シルガが選ばれたのか。
シルガは笑いながら聖剣を握りしめる。
「はは、はははは! そうか、俺だけなのか! 俺だけか! 魔王を殺すことの出来る勇者は! この場にいる誰も……殺せないのか……!」
俺とメレクが構える。シルガは聖剣に強烈な雷を纏わせて、再び高笑いをする。
「……シルガ! お前は、まだ……!」
俺の叫びを聞いたシルガは、今までの顰め面を崩し、朗らかに笑った。
次にやってくるだろう攻撃に備えて、マスターを俺の背に隠し、紅い雷を手に纏わせる。
シルガは光輝く聖剣を勢いよく振るって、自分の腹に突き刺した。
「…………は? シルガ、お前! 何を!?」
シルガは聖剣に貫かれたまま地面に倒れ込み、瓦礫の上で血を吐き出した。
「……あー、ランドロス、だったか。お前の言う通りだったんだな」
「な、何をして! 早く引き抜け!」
聖剣に触れようとするが、透明の壁のような物に阻まれて聖剣の柄を掴むことが出来ない。
「……もう持っていたんだな。俺は……欲しかった物を。……ああ、信じることが出来なかったんだ。利用されているだけだと、思っていた」
「何を、馬鹿なっ!」
「殺せる状況で、なりふり構わず守られるなんて……思っていなかった。てっきりさ、俺が怖いから和解しようとしているんだと思ってた」
徐々にシルガの声は小さくなっていく。聖剣が突き刺された腹部からは血が流れていき、止まる様子がなかった。
「……そうなんだな。始めから、ずっと……俺だけが裏切っていたんだ。……何せ、この状態で聖剣が俺を選んだんだ。魔王を殺せる奴としてな」
シルガは聖剣を引き抜こうとしている俺の手を掴む。
酷く弱々しく、今にも死んでしまうのが伝わってくる。
「ランドロス、お前、本当に馬鹿なんだな。殺す手段があっても、俺を殺せないんだな。メレクも無理なのか、お前、甘ちゃんだもんな。そっちの嬢ちゃんも無理か。……ああ、この場にいないが、ネネも無理だったんだな。……隙だらけの俺にとどめを刺すなんて簡単なのに」
「……シルガ、お前」
「本当に、本当に……俺を愛してくれていたんだな。はは……俺は……何をやっていたんだろうな。ここまでやらかしても、俺に殺意を抱けない奴ばっかりとか……お前ら、俺のことを好きすぎじゃないか?」
シルガはその場に倒れて、徐々に雷に呑まれて身体が焦げていく。
酷く苦しいはずなのに、その表情は酷く安らかなものだった。
「……マスターはずっと、お前のことを気にかけていた」
「そうか……そうなのか。でもな…… おれは、遺書は書かないし、遺言は残さない。俺は俺だった。それだけだ。……ありがとう、なんて、胸糞の悪い言葉……悲しませるだけだろうが」
シルガの身体が失われていく。もはや、もう助かることはないだろう。
「クルルには、馬鹿が手を滑らせて死んだっていってくれよ。……ああ、なんだ……こんなクソ野郎なのによ。……いい、人生だったなぁ……」
「……シルガ? ……おい、シルガ」
返事はない。黒く焦げたシルガの身体が白い灰になって、ゆっくりと散り散りになって風に攫われていく。
とても、戦いの後だとは思えないほど静かだった。
……酷く、苦しく、辛い、そんな戦いが終わったというのに……安堵の気持ちや、終わったことにたいする喜びはなく、ただ……虚しいものだった。
勝利の虚しさに浸る時間もなく、限界を迎えて動かし続けていた俺の身体が、ついに言うことを聞かなくなってその場に倒れた。
……ああ、まだ魔物がいるはずなのだから、こんなところで倒れていてはいけない。……動け、動けよ……俺の、身体。
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