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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
5章 大学年度末編

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8.めぐる翠の石

 食後のおかわりとして頼んだのは『アナスタシア』という青い矢車菊と白い林檎のフレーバーティ。白銀のアラザンが溶けて、薄赤茶の中で雪のようにキラキラと光を放つ。


 最後にと小さなプレートで出されたのは、ジンジャーと柚子とシャンパンをフィリングにした三種のショコラ。

 キーファに勧めたが、もう食べられませんと断られたので、シャンパンのショコラだけを食べてもらって、リディアは残すまいとそれぞれを口にした。

 

 口の中の甘みをストレートの紅茶を飲んで消して、カップを置いたところで、キーファが白い布を差し出した。


「あなたにお返しします」


 また別の贈り物かと思った。

 図々しいことを考えていたリディアは、返すという言葉に顔を曇らせた。恐らく、あれだ。

 

 そして、リディアの予想は当たっていた。リディアがあげた、翠玉(エメラルド)のネックレスだった。


「誤解しないでください。いらなくなったからではありません」

「……ううん、その私が無理に押しつけた――」

「そうではありません。あなたに必要だと思ったからです、リディア」


 キーファがリディアに言葉をつづけさせず、遮りながら断言する。

 その声にリディアは黙る。


「俺は、ある特定の物は、その人が必要であれば戻ってくると思っています」

「……」


 確かに、何度落としても、失くしたと思っても不思議と戻ってくるものはある。

 けれど――。


「特にそういうお守りの類は、そういう性質があると思っています」

「そうかな」

「その翠玉(エメラルド)はあなたの手を離れて、俺の励みになりました。そしてまた、あなたの力になるはずです。それはこの次はあなたを守護する物になる、そう信じています」

「……」


「――代わりに、俺に何かを与えよう、とか思ってませんか」

「え!?」


 なんでわかったの?

 キーファは動揺するリディアを見て笑った。


「それならば、全部終わった後にまた俺にください。その時は別の何かを贈らせてもらいますから」


 堂々巡り? 何かそういう話、以前にもなかった?


 キーファは苦笑した。眼鏡の下の眼差しが柔らかく、けれど自嘲気味に伏せられる。


「通じてないみたいなので、それはその時に返事をもらいます」

「ごめん、意味がわからなくて」

「俺の魔力も込められているので、タリスマンにしてください……少々の牽制でもあるし、俺の自己満足です」


 最後の呟きは明らかに彼の独り言のようで、でも宣言にも聞こえた。


「俺は、あなたの壁になりたい」


 唐突にキーファが口にする。


「俺は何度もあなたを守りたいと言ってきました。どんな攻撃からも悪意からもあなたを傷つけるものの盾になり、どんなものからも守りたい。あなたが笑っていられる、それだけでいい。その場所を作りたい」

「キーファ……」


 彼は痛いほどの真剣な眼差しでリディアを見つめてくる。


「あなたがいつまでも安心できるまで、そうなれるまでずっと抱きしめたい、そう思っています。休んでいいんです、頼っていいんです。頼ってほしい」


 リディアの胸に、痛みのような甘い疼きのようなものが生まれる。


 ……少し目を伏せる。どうしてか、泣きたくなる。


「キーファ、でも私は……できない」


 頼っていい、任せていい。弱っているときにそう言われると、そう傾く。一言頷くだけでいい、そうすればもっと楽になれる。

 気を張らなくていい。キーファは、きっと安心させてくれるだろう。強がって一人で立たなくていい、そう言われたいと願っていることに気がつかされる。


「弱っているときにつけ込みました。でも弱っているときだからこそ、いつでも逃げていいんだと、心に刻んでおいてください。逃げ場があれば、視野が広がります。心に余裕ができますから。判断を俺に任せてくれてもいい。自分で決めなければと、自分を追い込まないでください。俺は魔法の力も経験も足りませんが、あなたより心も体も強い。判断力もある方だと思っていますから」

「……」


「――今度の対抗戦。俺は勝ちますよ」

「キーファ?」

「傍観はもうしません。参戦します。そして優勝してあなたに認めてもらいます」


 学年別対抗戦、つまり学期末試験は、参加だけで単位がもらえる。もちろん、積極的に動かないと及第点しかもらえない。


 キーファはこれまで、攻撃ができなかったからチームの作戦指示担当として、参加してきた。だが、やはり魔法での戦闘行為が一番得点が高い。


 チームでも個人でも構わない。積極性と作戦力、そして魔法を用いての攻撃、それらが加算される。そして最後まで残ったもの――優勝者には、最高得点が与えられる。


 臆病なものは参加表明するが、参戦はしない。だが、魔法大学に入ったものとして、やはり優勝は狙いたいものが多い。さらに、関係各所が見学に来るので、スカウトも多い。学生にとっても見せ場なのだ。


 キーファが積極的に行動をするというのは賛成だが、自分に、という言葉に戸惑う。


「こんなことで認めてもらえるとは思っていませんし、自分の学業でのことです。ですが、一つの証明だと思ってください」


 リディアは首をふる。


「あなたの実力は、とっくに認めているわ」

「あなただけでなく、まだ認めてもらっていない人もいますから。――あなたを守れる存在になるという一つの通過点での証明です」


 リディアはためらいつつ頷く。


「あなたを守れる盾になります。いずれ一緒に戦えるように、そして背に庇えるようになります」


 リディアは彼を見上げる。切ない思いが胸に宿る。

 どうしてそんな感情が湧いてしまうのか、わからない。でも彼は続ける。


「俺はいつでもあなたを思っています。だから、リディア。どんな時も――諦めないでください」


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
[一言] あきらめないでの言葉が、すごく重い言葉に聞こえました。 底の方にいる人の心を希望に結びつけるためには、必要な言葉だと思いますけど、無責任に放つと逆に安っぽく聞こえてしまうから難しいなと思いま…
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