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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
4章 大学放逐編

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32.立ち回りには見栄えが必要です

 ガラスの砕ける音が響く。

 窓枠の周囲の破片を払い、リディアはギリギリの枠内に身体を通して、地面を見据える。

 風魔法は今のリディアには使えない。落下速度の調整はできない。

 師団時代に培った己の身体能力を信じるしかない。


 ――できる、はず。

 

 タイミングを見計らい、リディアは馬車の後ろの騎馬隊の最後尾の一人に飛びつく。騎乗する兵を潰すように下手くそな着地をしたせいで、馬がいなないて暴れる。


 慌てた男をリディアは馬上から蹴落とし、代わりに手綱をつかむ。


「どうどう。落ち着いて。――行って」


 リディアが囁くと、馬はおとなしくなる。

 動物とのコミュニケーションは昔から得意だった、大抵は言葉が通じる。いい子だ。


 命じた通り、リディアを乗せた馬は馬車へと突進する。


 まだ隊列は混乱したままだ、リディアは彼らを蹴散らし、蹴落としついでに男の腰から拝借した短銃のオートロックを解除し、馬車の蝶番ちょうつがいへ狙いを定める。

 半身を馬に密着させるように伏せる、既に騎馬兵たちも銃を構え、リディアに狙いを定めている。


 リディアの射撃の腕は、いまひとつ。三発目で当たり、馬車の扉が大きく開かれる。

 

 同時に馬も打たれ、リディアも下へと振り落とされる。

 素早く受け身を取り、身体を起こし、手をあげる。降参の意味だ。


 ――兵たちの背後に展開するのは高い城壁だ。たしか二重壁だったはず、よじ登り超えるのは不可能。

 

 城壁に沿い進めば裏門だ。

 だが、馬を奪いマーレンを乗せて逃げてもすぐに捕まるだろう。やはり、転移させるしかない。


(どうにかしてマーレンと接触しないと)


 一連の騒ぎで、隊列はリディアを囲んで止まっていた。放射状にリディアを囲み、長銃を向けられている。この中で魔法が使える兵は、どのくらいいるのだろうか。


「銃を捨てろ!」


 構えられた長銃を見据えながら、命じられるまま腰をかがめ銃を地面に置く。


「両手を頭の後ろで組め!」


 シルビス製の根性で耐えるちっちゃな靴はすでに脱ぎ捨てていた。雨に濡れた石畳の上で足をやや広げ立ち、両手を頭の後ろで組むと、馬上の兵士の誰かが口笛を吹いた。


 このヤロウ。


 兄の意地悪で、リディアは着替えを用意してもらっていない。

 リディアが纏うのは、マーレンの長上衣のみ。かろうじて大事な部分は隠れているけど、太ももはむき出しだ。


 ――シルビスの男性は、お尻が大きい女性を好まない。お尻が大きい女性は、性格も図太いという独特な観念だ。

 なのでシルビスの女性は腰を膨らませるパニエは着用しない。むしろガードルで腰を締めヒップを小さく見せる。もしくは、ひざ下丈のドロワーズ。


 でも、それらはリディアの主義に反する。あんなもっさりゆるゆるのドロワーズは嫌。ガードルの体型維持的、色気のなさも嫌。


 ブラジャー代わりのコルセットは耐えたが、パンティを覆い隠すガードルは我慢できない。

 リディアの好みは、生地は最小限で、繊細な刺繍やレースで飾られているパンティ。


 だからドレスを着せられた後、バスルームでこっそりガードルを脱いでしまった。


 ――ただいまの格好は、黒レースのTバックのパンティに、黒のガーターストッキング。

 かろうじてパンティは隠れているけど、はやし立てられると羞恥心が湧いてくる。


(かぼちゃパンツのドロワーズ姿で立ち回りをするよりは、マシだけどね)


 緊迫感漂う場面だから相手も気にしないと思っていたけど、バルディア兵士はけっこうというか、相当不真面目みたい。

 

 ヒューヒューとへたくそな口笛を吹き、なんか嬉しがってるみたいなんだけど!?


(そういえば、バルディアの男性って女好きで、すぐに口説くって聞いたことがある)


 空軍が弱いのは、すぐに持ち場を離れて女性を口説いたり、逃げちゃったりいい加減だからと聞いたことがあるが、陸軍も同じようだ。


 女好きなさがは国民性。

 部族間抗争が盛んな歴史のある国だから、目にした女はとりあえず手をつけとけ、という意識が根底にあるとか。そんなことを思い出す。


 そういや、師団の時も共闘すると、バルディア軍には手を焼いた。

 すぐ怠ける、すぐ口説く、真面目に働け! と当時は思っていたんだった。


 ――リディアは眦をつりあげ、喜ぶ不謹慎な兵士を無視して、馬車だけを見据える。


 ――動きがない、人違いか。


 じっと見ていると、扉からゆっくりと長靴が覗き、人影が姿を現す。

 

 拘束されている様子はない。

 実に優雅な所作で下りてきたのは――ヤンだった。


「やはり、最後まであがくと思っていましたよ」


 リディアを誘き出す陽動だったのか。

 

 その可能性も、考えていなかったわけじゃない。


 ――気配を感じて振り返ると、ほの暗い光を伴いながら歩んできたのは、兄だった。近づくにつれて、光が強まる。

 まるで暗闇に降臨した、光の主のようだ。夜の闇でも、彼の髪は光を放ち周囲を照らす。


 いつものように体がこわばる。

 彼がふっと顎をあげると、雨がゆっくりと止む。

 

 リディアもつられたように顔をあげる。黒くて厚い雲に覆われていて月は見えない。


(天候も操れるの……!?)


「……」

 

 兄の魔力は、強大だ。おそらく、ディアンに匹敵するほど。


「よそ見をしている場合ですか」


 ヤンの言葉まで警戒を怠っていたわけじゃない。

 ゆっくり彼を見据える。


 兄とヤンが協力して、リディアを誘い出した理由はなぜか。

 理由は明白だ、ここにいないマーレンを処分するため。


 マーレンはどこだ。

 彼の魔力を必死で辿る、探索サーチを行おうとして、また喉に痛みが走る。こんなささやかな行為でも、魔力封じの石はリディアを痛めつけようとする。


(かまうな、探せ――どこ?)


 雨雲が流れたのかわずかに月明かりが覗く、視界が明るくなる。ふっと、細い糸のようなマーレンの魔力を掴んだ。


 城壁に目を向け、一定間隔で置かれた円筒状の物見棟に目を凝らす。

 その狭間で人影が揺れている。一人……二人、三人まで視認した、その瞬間だった。

 棟の端に人影が突き出される、両手両足は拘束されている。顔立ちはよく見えないが、魔力はマーレンのものだ。


「マーレン!!」


 間に合わない。彼は嫌がる様に暴れていたが、あまりにもあっけなく、突き落とされる。

 まるで、荷物のように勢いよく重い頭を下にして落下をした。


 

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