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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
3章 課外活動編

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51.向き合うべきもの

(もうどうしよう)


 教授にケイの申し出を問い合わせたら、「あなたに任せたわ」の一言。

 庶務に聞いたら、撮影は書類を出したり関係各所に許可を取らなきゃいけないらしく、正直面倒。


 無理とケイに言ったら「なんでやってくれないの?」とリディアが骨を折らないことに、不満を漏らされた。


(もう無理)


 庶務から帰ってきたリディアは、自分の研究室の前で部屋を覗き込もうとしているチャスを見かけた。

 少しだけ、心臓が跳ねる。


「どうしたの」

「センセ、ちょっといい?」


 自分の部屋に招きいれようかと思ったが、この間の話の続きかもしれない。

 何か言いよどむ顔に空き教室に招く。


「これ」


 渡されたのはA4のプリント数枚。何かの掲示板?

 リディアの名前と、「男癖が悪い」「魔法師団で団長の愛人だった」という噂。

 これまた再発したのか。


「知らないほうがいいって思うかもしんないけど、うちの大学のコミュニティの掲示板。削除要請しといた」

「え」


 思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまうと、彼は気まずそうに顔を背けた。


「いたちごっこかもしんないけど、載ったままは気分わるいだろ」

「……ありがとう」


 意外、と思ったらいけないかもしれないけれど、意外だった。そういうのを傍観するタイプかなと思っていたから。


「センセ、そういうのじゃなさそうだし」


 前にその噂を伝えてきたのもチャスだった。けれどあの時は、からかうそぶりを見せていたのが、今は違う。

 あの時は一教師をからかって遊んでいたのに、今はリディア個人に対して心配を見せている。


「――師団のときにね、同室の女の先輩の男関係が派手だったの。女が少ないからかな、それが私と勘違いされることがあって」


 なんとなく事情説明をしてしまう。


「センセは、ほっとけばいいってタイプだろうけど、対処したほうがいい時もあるからさ」

「うん。そうね。相手にしないほうがいいかなって思ってた」

「だと思った。――また見つけたら、やっとくから」

「え!」


 チャスはディパックを背負いなおして、じゃ、と背中を向けて出ていこうとする。


「あり、がとう」


 お礼も聞かないで去ろうとする背中にリディアは慌てる。普段は「奢って」とかあっさり言ってくるのに。


「ねえ、チャス! ちょっと待って!!」






 リディアは、チャスと図書館にいた。図書館の勉強室は予約制の個室で、MPが完備してある。

 チャスが椅子に座り、リディアは後ろの背もたれに手をついていた。


「ホントーにやる?」

「ごめんなさい。私じゃ、対応できなくて。けど、私の特級魔法師グランマスターとしての権限と師団でのアクセス権がまだあるから、それを使って入れないかな」


 チャスはうーんと、唸って首を傾げる。


「センセのねー。途中までは入れそうだけど、師団のシステムだろ。俺、瞬殺されそう。永遠に社会的に抹殺されそう」


 たぶん、死ぬより怖い目に合わされるかもしれない。


「ただ、私がアクセスすること見越している気がする。多分、私だって団長は思うから」

「情報はくれるってこと?」

「うん」


 第一師団の裏の情報システムは魔力波を使ったものだから、部外者は入れない。ネット接続しているのは、表在するものだけだ。それさえも本来、部外者は覗けない。


 けれどシリルが言っていた言葉を思い出す。リディアのアカウントは削除されていない、と。ただ、リディアはこういうシステムに疎く、入口がわからないのだ。


「――もう一度聞くけど、ホントに知りたいの? 終わった過去の失敗の顛末なんてほじくってどうすんのさ。別に誰も何も言ってきてないっしょ?」


 ――チャスは、情報に妙に精通しているときがある。そして今回、リディアの依頼を聞いても理由を問わなかった。そしてこの発言、確かにリディアの過去を知っているのだ。


 でも、リディアもそれを予想したうえで頼んでいたし、実際そのことを指摘されても驚きも嫌な感じもなかった。ただ、彼の問いにだけ答える。


「それでも、知っておきたい。自分の――責任だから」


 チャスはしばらく黙って、それから自分のバックから小ぶりなMPを取り出した。


「ならいーよ。俺のMP使うから。何とか潜り込むけど、どこまで情報得られるかは期待しないでよ」

「お願い」


 チャスは、授業で見せる以上の真剣な顔でキーボードに手を置く。


 ――リディアが頼んだのは、あの“ヴィンチ村の惨劇”の被害状況。関与した全員の、治療履歴、そして後遺症の有無、さらに現在の所属。混成部隊だったから、リディアは当時の全員の名前や所属を覚えていない。


(――本当に、今更だ)


 死亡者がゼロということを聞いて、被害を食い止められたと勝手に安堵していた。自分の暢気さに吐き気がしてくる。

 なぜ今まで、知ろうとしなかったのか。


「やっぱ師団のには入れねー」

「病院は?」

「どこの?」


 自分が目を覚ましたのは、師団所属のメディカルセンターだ。ただ当時、あの状況下で全員そこまで運ぶ余裕はなかったはずだ。


 ヴィンチ村を担当している救急搬送システムを探す。


「首都の救急搬送システムから、あのエリア内で救急搬送する医療施設を探して」

 

 チャスが手を踊らせると、一つの病院が見つかる。ヴィンチ村から約四キロ。三次救急医療を行っている病院だ。


「“ローズメディカルセンター”ね。そこのカルテが見たい」


 チャスが、病院の情報システムを引っ張り出してくる。


「施設の日報を開いて」


 全ての情報が電子化されている。あの日の搬送受け入れ人数を見るが、5件。

 ――少なすぎる。けれど、ヴィンチ村から運ばれるとしたらここしかない。


「抹消されてるんじゃん?」

「――かもしれない。師団うちか、魔法省が削除させたのかも」


 何もなかった、そうさせたのかもしれない。


「ねえ。これは事務方の日報よね。当直医の日誌は?」

「え?」

「この記録、ここ二年ぐらいよね。最近、電子情報システムにしたのかも。以前は紙の記録だったのかもしれないわ。PDFにして取り込んでいる物を探して」


 チャスが地道に探し出す。そして医師の日誌らしきものが見つかり、該当日をクリック。


「あ、搬送者、二十人。傷病名が魔法障害って。あたりじゃん?」


 医師の書いた当直日誌に手をつけたがる事務方はいない。上からの命令でも躊躇うだろう。だから表向きの日報だけを、そのまま修正したのだろう。


「死亡者はいない。――搬送者のリスト、いる?」

「ええ」


 個人情報だ。でも――。

 チャスがメモリーチップにダウンロードを命じる。画面には搬送者名と、その時の診断と治療の概要が記載されているだけ。その後の経過はわからない。けれど名前とその時の損傷の程度がわかれば十分だ。


「あとは、各魔法師の個人情報だけど。――やべ、気づかれた!」

「病院に?」

「チゲエ。師団のネットワークにもアクセスして、病院に搬送された同名の魔法師情報を検索してたんだけど」

「逃げられる?」

「やべ、病院のも消された」


 チャスが舌打ちする


「ああ、もうっ、てほら、終わり!」


 チャスがそう言って、ボタンを押すと画面が閉じられる。彼は大きく息を吐く。


「バレたぜ。逃してくれたって感じだった」


 チャスはメモリーチップをリディアに渡してくる。


「もしかしたら、何か仕込まれたかも。俺だって特定されたよなー」

「あとで私だって……伝えておく」


 というか、ばれているだろう。


「――ありがとうね、チャス」


 チャスは首を傾げる。虹彩が薄い、灰色のような透明のビー玉ような不思議な瞳だ。

 それがクリっとリディアを見上げてくる。


「センセ、俺らのこと名前で呼ぶようになったじゃん?」

「……うん」


 キーファとウィルをきっかけに、概ねみんなのことを名前で呼ぶようにした。反応は様々。バーナビーはにこりと笑い、チャスは目を瞬いただけ。


「それって、ちょっと距離が近く感じるっーか。今回、俺も頼られて嫌じゃなかった」

「そう」

「あと、まあ。いろいろサンキュ」


 チャスは珍しく照れたように、頬に触れた。


「だから、聞くけど。――それ見て、何すんの?」



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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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