50.大人の事情
「は?」
リディアは、思わず本音――呆れを滲ませた返事をしたことを恥じた。目の前の天使のような顔がふてくされて睨んでくる。
「ええと。もう一度言って」
「だから。僕、アムールワゴンのオーデションに受かったんだ」
ええと。
「撮影は来月からだけど。ちょくちょく講義休むから」
「それって何?」
アムールは愛。ラブのことだろう。ラブワゴン?
「リディアは知らないの?」
「わからないわ」
「人気番組だよ。男女が集まってワゴン車で世界を旅するんだ」
「そうなの。ええと、そうなの」
「ウィッチーズが番組に出てるんだ。その関係でスカウトされてさ。ホントは秘密らしいけど、一応形ばかりのオーディションでさ。僕は主要メンバー確定」
そう、先日彼は公共の場で魔法を使った。アイドルのウィッチーズの街頭インタビューに答えてしまって、それが放映されてしまった。
このことを報告した教授には、「私見ていないからわからないわ」と逃げられた。
だが公共の場での理由のない魔法の使用は禁止されているのだ。
何故下っ端教員のリディアが叱責という嫌な役目をやらなくてはいけないのかわからないけれど、事情を聴くため、彼を呼び出したのだ。
ちなみにもう配慮はいらない。リディアも自分の身を守るため、サイーダもフィービーもいる研究室でのお説教――のハズだった。
何故か意味不明な活動を説明されている。
「世界を巡るんでしょ? すごいわね、休学するの?」
「ホントは半年ぐらいの旅みたいだけど。ちょくちょく帰宅してるんだって。撮影のたびに呼び出しがかかるから、とびとびの撮影みたい」
リディアは番組をみていないから、どういう内容か想像がつかない。
「海外で何をするの? ボランティア?」
ケイが吹き出す。
「やだな。古典的だけど男女の恋愛だよ。ただ僕には役目があってさ。滅亡した国のプリンスが隠れ留学しているっていう設定なんだ。僕は誰も好きにならない孤高の王子様なんだけど、そのうち心を開いていくっていうシナリオがあって」
「……あなたには、あっているかもしれないわね」
――もうどうでもいい。
大学やめるんだろうなって思いながら話を聞いていたら、ケイの言葉にリディアはぶっ飛んだ。
「だから番組が大学での受講風景を撮りたいって。僕の活躍する授業をいくつか用意して?」
「はあ?」
ケイの唇がとがる。彼が指をふる。
「番組としては、僕の王子様キャラを押し出したいって」
「何故うちの大学で撮影?」
海外を巡るんでしょ?
「だから! 僕はクーデターから逃げてきた王子だって言ってるじゃない」
設定さっきと違わない?
隠れていない自己主張が激しい王子ならいたような気がします。マーレンは、どうしてるんだろう。リディアは現実逃避したくなった。
「とにかく、単位のことも撮影のこともエルガー教授に相談して」
リディアには、決定権がない。それでいいと言えない。
ケイは、あのねえと呆れてため息を付いた。
なんで、私がため息をつかれているんだろう?
「教授が言ったんだよ。リディアの授業で撮影してもらってって。だから言ってるんだよ」
リディアは呆然とした。
***
「あの性格、すごいわね」
サイーダの同情に、リディアは脱力して椅子にもたれ込んだ。
「……アムールワゴンってなんですか?」
リディアが問うと、サイーダが笑う。
「結構昔の番組だけど、最近そういう昔の番組のリバイバルが多いじゃない? 共同生活していくうちに愛が芽生えるって古典的手法だけど、みんな好きよね」
「ケイには必要なさそうですけど」
「それでデビューする子もいるから。彼のキャラならすぐに人気でるでしょう」
そうだった。ケイは有名になりたいのだ。彼にはぴったりだ。
「なら、大学辞めればいいのに」
彼は辞めないらしい。休学はするかもしれないけれど。
「辞めないでしょう。魔法師っていうキャラクターも必要だもの」
「休学したいなら、どうぞって思います」
彼の使った魔力増強薬疑いも、困ったちゃんな行動もどうでもいい。
「そうしたら、来年受け持つのよ」
「ええ!?」
「休学したら、今年、単位習得難しいでしょ?」
たしかに。たしかに。
「今年卒業させちゃったほうがいいわよ。リディアあなた、来年も指導するの?」
「嫌です」
今年度は、まだキーファやウィルがいるからいい。彼らがフォローをしてくれる。けれど。彼らがいなくったあと、ケイを指導しなくてはいけないのだ。
「まあ本人がどういうかだけど。単位をあげて、卒業させちゃうのが手よね」
だから問題児をさっさと卒業させるのか。リディアは意味がやっとわかった。甘かろうと点数つけて、単位をあげてしまう意味がようやくわかった。
こうやって、長いものに巻かれていくのか……。




