36.プライド(おごり)
小さな、子供のような死体を抱き上げる。
ヘイは、逃げたのだろう。いつの間にか、いなくなっていた。
「ごめんね」
”あなたに祝福を“
蘇生魔法は使えないが、せめて光の道を辿り、死後の世界に迷わず行けるようにと祈る。
魔法省が定める魔獣の定義は、“人間に害をもたらすもの”だ。
特に重要なのは“人間を食用とするもの”である。
けれど彼らも、生きているのだ。彼らが悪いわけじゃない。
倒す対象としないのは、害をもたらさない妖獣、妖精、そのほかの獣。
魔力のない獣でも、人に害をもたらす場合は、やはり魔法師の出番となる。何が敵であるかの線引きは、曖昧だ。
ただリディア自身としての考えは、人間でも魔獣でも彼らと戦う際にはある程度の敬意だったり、真剣さだったり、倒す理由が求められると思う。
魔法を遊びで乱用し、他者を傷つける行為をすることは、許されない。
見逃されても、いつか自分も報いを受けると思う。
――でも実際は違う。強者は強者、弱者は弱者。
リディアも弱ければ、殺される。敬意なんて相手にもたれない。
『――捉えた魔獣をなぶり殺しにしてきたのと、どう違うのですか?』
ヘイの言葉が突き刺さる。
敬意を持って倒すように、そう伝えるつもりだった。
真剣勝負をしろとはいえない、魔獣相手ならば汚い手も当たり前、生きるか死ぬかだから。
でも、それでも――。
この実習は違うと思ってしまう。
目標は魔獣を三匹倒すというもので。
目的は魔法を用いて倒す能力の習得で。
その間に持つべき倫理観を抜いているから、おかしなことになっている。
目的に達するためではなく、目標を達成することが目的になっているから――おかしい。
ダメ。
混乱している。
受け入れられない、頭がまとまらない。
こんなに、無力で、弱くて――。
(――憎まれて当然)
ヴィンチの惨劇、あれはそう呼ばれるほどの大事件だった。
リディアは、あの件で他の人が受けた後遺症も、その後どういう人生になったかも知らなかった。全員生き残った、それだけで十分だった。
……知ろうともしていなかった。
自分だけに精一杯で、自分だけが被害者だと思っていたのだ。
(知らなきゃ――いけなかったのに)
目を背けて、ディアンや、ワレリーに任せて、そして新たな人生を探そうとしていた。
(こんなことで、人を教える仕事をしているなんて)
いつまでも、うまく対処できない。
生徒に満足に教えられていない。見本になれていない。
「――リディア!! 」
声が響く。顔を上げると、必死で走ってくるのは、リディアの教え子だった。




