30.第二師団(ランス)
第ニ師団とは一緒に作戦を組んだことはあったけれど、そこにはリディアの知り合いはほとんどいない。
四年生の土系魔法領域での魔獣討伐実習だった。
チーム七人の生徒を連れて、魔獣を三匹倒させなくてはいけない。
実習目的はリディアの領域と同じだが、こちらの領域では手段が違う。それは“魔法師団が用意した魔獣”を、生徒に魔法で倒させるというものだった。
土系魔法の教員から渡された資料に記載してある集合場所に行く。
第ニ師団が普段担当するクーネフの森。
王都の東南に位置するこの森は常に魔獣を生産し、王都を飲み込もうと枝を伸ばす。それを防ぐのが第ニ師団の役目ともいえる。
今回は、その入り口付近での実習。
奥深くは危険な魔獣も出るが、入り口は比較的穏やかでおとなしい魔獣がでるから、学生向けと言えるだろう。
リディアは、グレーのジャケットとタイトスカート、白いブラウスという出で立ちで先方と学生を待っていた。
実習だから魔法衣にしようかと思ったが、内部教員によると第ニ師団の担当者は教員がスーツを着て来なかった場合に「常識知らず」と言ってきたらしい。
なので、スーツ着用。
何を常識とするかは、難しい。
「――これはこれは」
嫌な予感というものは、あたるのだ。声というよりも、魔力の波長を覚えていた。
リディアは一度蘇生魔法をかけた相手を、忘れない。
「リディア殿、まさかこのような場でまたお会いできるとは、思いませんでしたよ」
マート・ヘイ。第ニ師団の上級魔法師。
振り向くリディアに、彼は笑いかける。その頬には、赤黒いミミズ腫れがあった。リディアの視線を追い、彼はそこに触れる。
「醜いでしょう? あのあと、こちらの視力も失いましてね、今は片方しか見えないのですよ」
右のこめかみを、とんと触れる。
「血のヴィンチ。酷い呪いの惨劇でしたね。あれからずっと、お会いしたいと思っていましたよ」
失ったという目は、白く濁っている、そしてもう片方の目は赤い。その顔も目も笑っていない。
「何しろ、あなたのおかげで、こうなったのだから」
彼がリディアに手を伸ばす。
骨ばった手、以前は感じなかった苦しいほどの圧迫感、憎悪。
「何かおっしゃってください、リディア殿」
「……あの」
「ああそれとも、この姿が醜くて恐れていますか」
彼は伸ばした手を引っ込める。そして、不意に視線を遠くにやる。
「ところで、学生は遅いですね」
「――」
今度は横に並んで、リディアを見下ろす。
気がつかなかった、彼は結構背が高く、体格がいい。
「私が、第ニ師団の学生指導者です。よろしく、リディア殿」
***
教室で、ウィルは両足を投げ出して一人ぼんやりとしていた。
机の上には何もなく、黒板を見ているわけでもない。課題をやろうと、大学に来てみたのはいいものの、何かを取り出す気にもなれない。
――失敗した。リディアへのアプローチが手詰まりだ。
いや、方法はある……けど。
リディアは脆いところがある。恋愛を怖がる。人の面倒はみるくせに、自分への深入りを怯える。逃げ道を作ると逃げる。
逃げ場をなくして、それ以外を考えさせない。
一度そういう関係になったら――
「それでも逃げそーだけど」
責任感強そうだし、こっちの弱みを見せれば――。
「ほっとけないだろうし」
あーっとウィルは唸る。
「けど、傷つけたくないんだよなー」
キーファみたいに長期戦でいくなんて無理だ。待ってたら、余計に距離をおかれる。
大体、無理。我慢、無理。
今だって、ずっと考えてる。会ってないのに、リディアの顔が浮かんでくるのに。
「――ウィル! ウィルったら!!」
呼びかける声、ようやく顔をあげたら、華やかな女子二人。去年まで同じ講義をとって、つるんでいた仲間だった。
「久しぶりー。元気?」
「あーまあ」
「なによー。全然連絡くれなくて」
「悪ぃ」
そういえば、前に何かメッセージを送られていたけど、返事したかも覚えていない。
「そっちどう?」
「普通、普通。ウィルは?」
「あー。普通」
ウィルが、魔法を使えなくても互いに気にせずに、飲んだりサークルに一緒に行ったりしていた仲だ。 そして一人のほうは、ミユより更に前の彼女だったりする。結局、お互いになんとなく違う相手が好きになって別れた、それからは友達。
ウィルの方は、そのあとミユともだめになったが、彼女は相手とまだ続いていると聞いている。
結局自分のほうがダメだったのかもしんないって思いながらも、リディアに対する気持ちとの差に愕然とする。
これって、全然好きじゃなかった。
反対に、なんでリディアだけここまで好きなんだって思う。手に入れられないから?
(……違う)
なんでだ。なんの違いがあるんだ?
「ウィルは、もう実習終わったの? どうだった、魔法師団」
「え、まあ、それなり」
色々あったし、学びもあった。けど深くは語らない。行ってみて自分で経験してみるしかないから。
「やだあ。怖い。うちら、これからなんだよね」
昔なら大丈夫だって、とあっさり励ましていたけど。今はそんな気になれない。適当なことをいうことはできなくなっていた。
(なんでだ? 俺、そういうキャラだっけ?)
前はもっと軽い会話が楽しめていたのに。
「いつから?」
「来週から。今日は、ゴードン達が行ってるんだよね」
「あー。なんで最初に行かせるかなあ」
「ね。印象、最悪になるじゃない? その後に行く私たちに魔法師団の当たりが厳しくなる」
ゴードンとその仲間達は、ウィルの学年で問題児だった。
ウィルも調子者だったから教員から目をつけられていたが、自分は基本言われたことはやるし、悪ふざけも教員の許容範囲内でのこと。
課題も提出するし、試験もパスしていていたし、自分で言うのもなんだけど成績は悪くない。
けどゴードンは、かなりやばい。マーレンもやばかったが、マーレンは模擬試合でのこと。
ゴードンは兄貴がドラッグの売人で、本人もグレーだ。
昨年度隣の州から編入してきたが、前の大学では女子を集団強姦したとか、ヘロインやってパーティで死人を出したとか、そこでリンチをしたとか、そんな噂を聞いている。
目つきもやばいし、何度か誘われたけどやつのパーティには行かなかった。それ以降、付き合いもない。
よく進級させたと思うが、残られても迷惑なのだろう、早く卒業させたいという大学側の意図がすけすけだ。
「そういえばさ、引率の先生、えーと、名前忘れたけど、ウィルは知ってるよね」
「俺が? 誰がいくのさ?」
ゴードンを連れて行くのは、かなり荷が重いと思う。
去年は、火系魔法の教授が同行していた。強面の男性教員だったけど、内実指導らしいこともせず、やつらが遅刻してきて、魔法で他の生徒に火をつけて遊んでいるのを軽く注意して放置して、さっさと帰らせて、単位だけあげたという話だった。
「ほら、新しくきたウィルの領域の女の先生。若そうだから、大変そうだよね、深入りしないといいけど」
どこか話半分で聞いていたウィルは、その瞬間立ち上がった。
椅子が後ろの机に跳ねあたって大きな音をたてる。
「それまじ? リディア……ハーネスト、先生?」
「あ、そんな名前。オリで紹介された」
まじかよ、とウィルは呟いた。
「でもさ、その女の先生、ちょっと聞いたんだけど、本当?」
「何がだよ」
リディアの話題にウィルは平静ではいられない。今はもう、全身全霊で耳を研ぎ澄ませていた。
ゴードンに付き添って実習? リディアが?
「それはちょっと……」
「なんだよ」
「男子生徒に手を出してるとか。ウィル、大丈夫?」
「は?」
「魔法師団で男グセが悪かったとか、そういうの」
「それで辞めさせられたとか聞いたよね」
「はあ? なんだよ、それ! どこでだよ」
ウィルは元カノに詰め寄った。腕を掴むと、何? と怯えたように返されて、慌てて手を離す。
「ごめん」
「なんかウィル、ちょっと怖い」
「いや、俺その先生に世話になったから。信じらんねー、それ」
「ウィルがそう言うならそうなのかもしんないけど。結構学校中の噂だよ、それ」
マート・ヘイを誰?と思った方は、序章の一話目(ほんとの一話目)にでていますので、のぞき見してみてくださいませ。リディアをナンパしてディックに睨まれていた野郎です(笑)




