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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
3章 課外活動編

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21.ご主人様

「コリンズ、よくやったわ」


 キーファとは呼ばなかった。違和感と白々しさ。

 距離をわざとあけた感じだ。誰もが無言の空間に、リディアの声が響く。


「え、俺? どうなったの?」


 チャスが起き上がり、首をきょろきょろ回して、それから首を見て、自分の指も見る。


「すっげ!! 棘も消えた! キーファ、すげえ」

「“先生”」


 キーファのリディアへの呼びかけに、どきりとする。わざとだ。意識してそう呼んだ、それを言外に告げている。

 だが振り仰いだキーファは、リディアに安心させるように穏やかに瞳を向けていた。困るリディアにそれでいいと、余裕を見せてくれているのだ。


「キーファ。回復魔法じゃん、すげえ」

「そうだな」

「もっと喜べよ!! つーか、サンキューな」

「いや。俺こそ使わせてもらってありがとう」

「硬いな! もっと自慢しろよって……言わねー方がいい?」

「そうだな。自分で皆に言うよ」


 チャスは、はしゃいで場を盛り上げている割に、気遣いを見せる。リディアはチャスに見えないぎりぎりの動作でキーファに目線で告げる。


「そうね。まだいろいろ確かめなくちゃいけないから、周りには言わないほうがいいわ。コリンズ、後で話しましょう」


 キーファに首をかすかに振って、言わなくていいと合図をする。


 ――回復魔法ではなく、時を戻したことなど――。たとえ同級生でも、友人でも、安易に漏らすものではない。


(だって、これは――知られていない魔法)


「えーと。ところで、見てみなさい」


 リディアは話を変えるように、二人の生徒に促す。


 人形の首と手は、結界陣の外に転がっていた。動かないどころか、容姿もただの人形に戻っていた。不気味な鋸歯も、底光りする目も、海藻のように踊る髪もない。


「ええ!? なんで!? キーファ、なんかしたのかよ?」

「傷が治ったから、呪いがなかったことになったのよ」


 正しくは、呪いを受ける前にチャスの状態が戻ったので、呪いも受けていないことになるのだ。


 リディアは結界陣を出て、首を手にする。目玉はないままだけど、覗き込むと裏の呪詛と手首の呪詛が見える。


 個人端末を手にして、その箇所を撮影する。


「センセ、どうすんの?」

「研究機関があれば、分析を頼みたいけど、ないのよね」


 未使用のガーゼで、その呪詛をふき取りインクを採取する。それから、聖水で綺麗に呪詛を消して清める。


(新しい。つい最近書かれたものだ)


「悪さをしては困るから、消しちゃうましょう」


 そして、頭と手首をつないで本来の姿に戻す。目玉はない。ごめんねと謝る。


「ロー。人形の心臓に手を当てて」


 チャスを見上げて呼びかける。


「何すん?」

「魔力を注いで」

「え、ちょっと怖い」

「大丈夫よ。もう呪いはないから」


 髪も丁寧に撫でつける。いろいろとぼろぼろだけど、不思議な愛嬌がある。


「センセ、俺も手、握ってよ。キーファん時はやっただろ」

「チャス、俺は――」

「――コリンズの時にそうしたのは、コントロールが難しい術だからよ」


 珍しくキーファが言葉を失っている。不本意そうに何かを言いかけるが、チャスがずるいーと口を尖らすと返答に迷っているようだ。


 大体、手を握ったぐらいでずるいとか、なんなのだ。そんなに羨ましいもの?


(でも……不安よね)


 時間の経過がなかったとはいえ、チャスを一人で残していたのは事実だし、彼は怪我をしたあとだし。


 リディアはなおも言いつのろうとしたチャスの方に手を伸ばし、人形に触れている彼の手の上に、自分のを重ねる。

 キーファよりも小柄だが、やっぱり男性だ。リディアよりも大きい手だ。


 チャスの顔が驚いたようにリディアを見てくる。そしてバッといきなり顔を逸らす。


「やっぱいい!!」

「?」

「あのな! そういうの真に受けんな!」

「先生、だそうなので」


 キーファに促される。それどころか、わざわざキーファはリディアの腕を手をかけ、外させる。

 ――してほしいっていうのに、男の子は難しい。

 

 チャスはわざと怒ったようなふて腐れた顔をしていたが、人形に集中して魔力を注ぐうちに目に真剣みが帯びてくる。大気に彼の魔力が満ちる。

 

 すると人形の残された片方の目がぐるりと回転して、目が開かれる。


 意外にかわいい。もう片方は、虚ろだけれど。


『ご主人様。――お帰りなさいませ』


(――おかえり、なさいませ?)


三人が一斉に黙ったのは一瞬だった。


チャスが叫ぶ。


「すっげー、しゃべった」

「いや、さっきまでも喋っていた。ですがこのセリフって――何をプログラミングされたのでしょう?」


キーファが珍しく突っ込む。


「さっきまでのは呪いね。今は本来の傀儡人形としての役目を果たしている――ハズ」

『ご主人様、御用をお申し付けくださいませ』


「ねーね、俺に言ってんの? 俺、主人? でもかわいくねー」

『ご主人様。何をお望みですか?』

「センセ、これって、もっとリアルな女の子バージョンないの?」

「ありません! ていうか、何を求めて――」


『ご主人様、私ではご不満でしょうか?』

「うーん。俺、もっと肉感的つーか、胸がおっきくて柔らかいのが好きなんだよね」

『ご主人様は、小さい胸はお嫌いですか?』


「――ちょっと、あなたも何を聞いてるの?」

『ご主人様は、この人の胸はお好きですか?』


 人形はリディアを指差してくる。


 な に き い て ん の?


 チャスがリディアの胸を凝視するから、リディアはその首をぐりんとつかんで、横を向かせた。


「な に み て ん の?」

「ご主人様は、この人の胸も嫌いじゃないけど、もう少しでかいほうが……」

「ロー!? いい加減にしなさい」


 チャスのつかんだこめかみをぐりぐりとすると、いてえいてえと叫ぶチャス。


『ご主人様は、そういうプレイがお好きですか?』

「あなた――どういうプログラムがされているの?」


 リディアは、ため息混じりに漏らす。人形を作った魔法具士の性格が出やすいとはいえ、ちょっとこれ……。


『私はご主人様の奴隷です』 

「うっわーーー」


 チャスが叫んで、そして頭を地面に伏せる。


「もっと最新版のかわいい子に言われたかった!!」

『私はご主人様の言うことを何でも聞きます』

「--先生」


 キーファが落ち着いた声で入り込むから、助かった。


「このあと、どうするんですか?」


 そうだった。話がもう、ずれてずれて、反対の方向に行くところだった。リディアは人形に向き直る。


「あなたを呼び出したのは、謝るためよ」

『謝る?』


 リディアは、人形の手首を握り締めてその頬に手を触れる。


「そう。ずっといままで仕舞ったままでごめんなさい。そして、傷つけてしまってごめんなさい」

『私は、人形です。何も感じません』

「そうね。だけど、今はこうやって命がある。だから、あなたも私たちと対等なのよ。誰かから不当に扱われていい存在ではない。大事な世界の一員」


 年月が経ち、人工の髪の毛は手触りも悪くぼろぼろになっている。最新型のものは、もっと人に近い外見なのに。


『ご主人様。私に命令を与えてください』

「ごめんなさいね。あなたは、もう寿命がきているの」


 こうやって触れれば、髪の毛が抜ける。関節のゴムも崩れている。使われずにいて、こうして終わってしまう。


「あなたは、今目覚めたけれど。もう眠らなくてはいけない」

『ご主人様、それが私への命令ですか』


チャスは、何で自分に魔力を込めさせたのか、とは訊かなかった。

リディアの横に座り、もう片方の人形の手を取って、握り締める。


「遊んでごめん。色々いじって、ごめん。えーと、アンタが眠った後は、ちゃんと仕舞うから」

『ご主人様。ご命令を』

「もう、寝ていいんだ。ありがとう、『お休み』」


 人形がかくりと力なく崩れる。チャスは少し黙って、それから手を離した。


「俺、傀儡人形を動かしたの、というか、見たの初めてだ」

「昔は傀儡人形を操るカリキュラムがあったけど、今はなくなったからね」

「生きてねーのに、話しかけてくるんだ」


 リディアは、チャスの肩を叩いて、「さ、もとの場所に仕舞いましょう」と促した。


「傀儡人形の破棄は年に一回。その時になったら、指定の倉庫に運ぶけど、それまではここで保管しておくから」

「――うん」

「かなり時間もたってしまったし、コリンズも力を使って疲れたでしょう? 今日はここまでにしましょう」


 掃除もリスト作りも、全然終わらなかったけれどね! 


「――先生。片づけは全然終わっていませんが?」


 キーファは本当に気が利く。

 チャスは、すでにお帰りモードだ。鞄を背負い、早速ドアに向かっている。


「これ以上はやめましょう。ところでロー? 体調は?」

「ん? ヘイキー。じゃね、センセ」


 チャスは、ドアノブを回して、動く! と感動して部屋を出て行ってしまった。

 


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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