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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
3章 課外活動編

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19.彼らの事情


 気がつけば、最初の真っ白い空間にいた。ただし霧がない。


 もとの姿に戻ったキーファとリディアの前には、その人外の女性だけがいた。

 真横のリディアが膝から崩れ落ちる。キーファは慌ててその背を支える。


「リディア!」

「キーファ……ごめんなさい。私、記憶が混同して……昔と今と……」

「顔色が悪いです、捉まってください」


 大丈夫、と呟くリディアを座らせる。前かがみでキーファはその背を支える。

 そして人外の存在を睨む。


“――怖い目じゃ。助けてやったのに薄情だの”


「彼女をこのような目に合わせたことは許せない」

「キーファ……まって。私の過去はこの方のせいじゃない」


 庇うように言い募るリディアに、キーファは断言する。


「いいえ。追体験させる必要はなかったはずです」


 キーファがきっぱり言うと、妙に人間くさく黒髪の女は肩をすくめる。


“――我の力はいらぬか”


「謝罪をして下さい。話はそれからです」


 リディアがキーファの袖を注意を促すように引く。「言わなくていいから」という声を無視して、存在を見つめる。一歩も引く気はない。


“済まなかった。――これでよいか”


 前半はリディアに、後半はキーファにだろうか。

 リディアが戸惑うように頷いたが、キーファは反応を返さなかった。まだ完全に許したわけじゃない。


 美女はフンと爪を揺らす。


“――この娘が好きか”


 リディアが隣で息をのんでいた。キーファもこんなところで暴露されるつもりはなかったが、それでもはっきり頷く。


「はい。誰よりも」


“――確かに。妹よりもな”


 リディアが隣でうろたえている。何かを言いかけて黙っている彼女。見下ろすその耳が赤い。


 本人に直接告げる前に暴露され、悔しさと腹立たしさと、困らせたことにリディアに申し訳なさが募るが、仕方がない。今は目の前の存在に言い放つ。


「レナは助かりましたから。そして選択を迫られたら――俺は、リディアを取ります」


“――妹を助けられずとも、か”


「選択を迫られ助けようとしましたが、そもそも過去に戻ることは不可能です。起きたことは変えられない」



“――それができる機会を与えたと、言っても?”


 キーファは揺るぎない瞳で答える。


「同時に選択を迫られましたが、それぞれは同時期に起きていません。どちらかしか選べない、そう思わせただけでしょう?」


 ですが、とキーファは女を見据える。これだけははっきり告げておく。


「リディアに害を加えるのならば、あなたでも容赦しません。味方であっても、俺は敵だと思うことにします」

「キーファ……」

 

 リディアが取りなすように紡ごうとした声を遮る。


「申し訳ありませんが、これには口出しをしないでください。そして俺は何があってもあなたを選びます。天秤にかけられることなど無駄です」



 それでも、リディアを選ぶのだ。彼女を選ぶとそう告げておく。そう信じてもらいたい。

 妹を助けられなかったとしても、その責任と後悔を負うのは、また別の問題だ。


”――そう怖い顔をするな。人の恋愛沙汰は嫌いではない“


 そして女はリディアに目を向ける。


”――穢れてはおるがの“


「申し訳ありません」


“――ソナタのせいではないが、少々厄介じゃ”


 リディアが何? といいかけるのを、女は手で制する。


“――循環を保て。偏りを正せ。片方が増せば片方を減らせ。邪には聖を、死には生を。その逆もしかり”


「“等しく”、は公平であれという意味でしょう? 俺は自分の意思で相手を選びます」


”――過去を利用せず、我の力を借りようとせず、とな。ならば、封じた力を解こう“


「あなたは、本当は力を貸す気などないのでしょう? 俺の魔力が使いたいだけだ」


 リディアがその物言いに驚いていると、キーファはなおもリディアを制し女を見つめている。


“――我は均衡を保たねばならぬ。キーファ、ソナタもその役目を負うておる”


「俺は俺の意思で動きます。平等にも助けないし、両方は無理だと思っても傍観もしません。そのかわり俺の魔力はどうぞご自由に」


“――我に名を”


 唐突に話をそらされた気がして、キーファが眉をひそめる。一方でリディアが慌てて耳を塞いでいた。


「私は聞きません。ここを出ていきます」


“――リディアとやら。ソナタも見定めよ。聞かれても我の力に影響はない”


「ですが……」


“――今回の顛末、ソナタも渦の中”


 それを聞いて慌てて立ち上がろうとするリディアの手を、さり気なくキーファは握りしめて、引き上げる。

 不安げに揺らす瞳をキーファは青い瞳を細めて優しく見つめ返すと、女には厳しい目を向ける。


「――『ニンフィア』」


“――ほう”


「『ニンフィア・ノワール(黒睡蓮)』と。あなたは、微睡むのがお好きなようなので」

 

 リディアが隣で肩を揺らし絶句していた。その理由を問う前に、女はくっと笑う。


”――さすが――似たもの同士じゃ“


「どういうこと、ですか?」


“――よい。ただの感想じゃ”


 ところで、とキーファは続ける。


「なぜ俺が聖剣を使うのを止めたのですか」


 女は顔色も表情も変えずに、淡々と告げる。


“――封印がとけかかっておる。まだ知られるわけにはいかぬ”


「どういう意味ですか?」


“――リディア。ソナタのせいじゃ”


 その顔はリディアに目を向けていた。


「待ってください。どういうことですか!?」


“――あやつは動けぬ。もはや、抑えておけるやつがいない”


「あやつって、まさか」


“――さあ、去れ!!”


 空間から放りだされようとしているのがわかる。

 風が襲い来る、キーファがリディアを引き寄せて胸に庇う。


「お待ちを!! お願い――」


 リディアが手を伸ばす、キーファはその身体を抱きしめた。


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