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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
3章 課外活動編

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8.重なる、すれ違う


 リディアが静かに声を出すと、押さえつける彼の身体が揺れる。


「向き合って話すから」


 拘束する腕から力が抜ける。リディアはウィルの正面を向く。

 一瞬急所を蹴り上げようかと思ったが、それは最終手段にしておけと、師団の男性団員には言われている。トラウマになるらしい。でもやる時は、ためらうな、とも。


 それに、向き合うウィルの顔は、何かを言いたそうで堪えていて、辛そうだった。


「私は本命にはなれない分類にいる女なんだって、そういわれたの、昔。ディアン先輩じゃないけど」


 なるべく、なんでもない風に言うけれど、かえって投げやりにも聞こえる。


「なんだよそれ」

「さあ。でも……理解できていないから、今も成長していないのかも」

「それで好きになってもらえないって、ぐじぐじしてんのかよ?」

「今はしていない!」

「どうせあんたのことだから逃げたんだろ。忘れて、とでもアイツに言ったんだろ」

「言って、ない!」


 リディアはつい反応していた。冷静にならなきゃ、相手にしちゃいけないのに。


「どーでもいい、そんなカスの言うこと真に受けて自分の中の落としどころにして、進もうとしてない」

「……!」


 頭が、顔が、熱くなる。恥ずかしいとも思う、たぶんそれは当たっている。


「アンタ、影響されやすいんだよ、今だって俺の言うことに「そうかも」って思ってる」

「思って……」


 ない、なんて言えない。


「だって、本当じゃない。そういう風に思うんでしょ? だからみんなしたがるんじゃない!」


 男性だらけの団員の中にいたんだから、そんなからかいは日常茶飯事で。挨拶代わりだと思うようにはしても、割り切れていたのかはわからない。


「したがる?」

「……」

 

 黙るリディアに、ウィルは何かを察したようだ。何かを言いかけて、口を一度引き結ぶ。堪えるように目が揺れて、言葉を吐き出す。


「そりゃ思うだろ。気になったら、したくなる。リディア見てたら、そうなるよ。でも思っても口に出す奴はサイテーだ!」

「もうわけわかんないからやめて!」


 リディアのキャパシティを超えていた。言い返す語彙力が足りない、違う精神的な余裕がない。


「俺は本命だって言ってんの! リディアが好きなんだよ」


 いきなり静寂が訪れる。リディアが黙ったからなのか、ウィルはいきなり口を閉ざす。


「あの……」

「……」


 何で黙るの? これに何か答えなきゃいけないのか? 返事? 返事を待ってるの?


「あの、でも、好きじゃないって……言っていたのに」

「好きだって言ってんだろ。あんたが本命だって。そりゃ色々したいけど、大事にもしたいし、俺の特別にしたい」

「……」


 どうしよう。

 ちゃんと答えなきゃいけないのに、何も出てこない。違う、そうじゃない。自分は教師で、彼は生徒だ。


「ウィル。ウィル・ダーリング。あなたは生徒で、私は教師だから」


 既視感に襲われる。ウィルの目が揺れる。悔しそうな悲しそうな目。

 その返事はずるい、リディア自身も逃げている気になってきた。

 立場じゃない、気持ちにちゃんと答えてない。


「それは、アンタの気持ちじゃないだろ。立場しか話してない」

「立場があるから、受け入れられない」

「俺を好きか、嫌いか、リディアの気持ちを聞いてんだよ!」

「気持ちは優先事項じゃないの!」

「今の関係なんて来年には終わる。そん時にはまた逃げ場を探すだろ! 嫌いなら嫌いって言えよ」

「そんな二択の単純な問題じゃない!」


 嫌いじゃない、でも付き合う対象ではない。


「別に付き合えなんていってねーよ!」

「え」

「嫌いじゃないなら、好きなんだろ? それだけ聞けばいい」

「え、え?」

「俺は自分の気持ちを言った。自分がどうするかも言った。リディアは、俺のこと嫌いじゃない。ただ全然意識してない。だから、これからは俺から逃げずに俺への気持ちと向き合う。それでいいだろ?」


 よくない。

 なんか違う。

 自分とは違う。そういう発想はない、そういう展開はリディアの理解の範疇を超える。


「なかったことに、すんなよ! アンタそうするだろ」

「それでも! 考えられない! 受け入れることはできない」


 リディアが言葉を絞り出すと、彼は口を引き結んで、何かをこらえる。そして顔を近づけてくる。


「や……」


 思わず顔をそむけたリディアの両頬を固定して、ドアに押さえつけるウィル。そして、かがみ込んでくるウィルの眼差しは、切ないのか、何かを堪えているのかわからない。


 頬に、リディアの唇の横に、彼の口はそっと優しく触れて離れる。

 抱きしめる腕に、リディアは呆然としていた。


 ウィルはゆっくりと、リディアをドアの前からどかして離すと、すり抜けるように出て行った。


 その目は切なげで、泣きそうだった。

 向き合わないリディアに、彼は傷ついたのだ。

 

 彼は――自分とは違う。重ねてはいけないのに、重なる。


 ――リディア。お前は、大事な預かりもんだ。

 

 あの時の、ディアンの顔は、見えなかった。

 リディアが見なかったからだ。ただ足元しか見ていなかった。落ち着いていて、低くて、苦悩を滲ませて堪えるような声に、ああ、と思った。

 

 言わせてしまった。

 

 私が言わせた。

 そんな必要なかったのに。そんなこと、彼だってわざわざ言いたくなかったはずなのに。

 

 ――忘れて。

 ――……忘れ、て?

 

 その声が、返ってくる言葉が、途切れがちで、明瞭ではなかったのは気のせいだろうか。

 まるで、彼の動揺を示していたみたいだ。

 何を言っても困らせる。

 

 ――そうごめん。今のは全部忘れて。なかったことにはできないけど、忘れて。

 

 そして、リディアは彼を見上げた。見上げたはずなのに、その時の顔は覚えていない。


 ――私も、この感情は忘れるから。


 ただ必死でそう告げて、そして背を向けた。


活動報告で、「恋愛バトン」にリディアが答えています。よろしかったら御覧ください。

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