7.準備室にて
演習室には物品を仕舞ってある準備室がある。リディアは、そこでつい物憂げに手を止めてしまっていた。
ウィルにどう話そう、ケイはどうしよう。チャスの問題もある。
みんな自分で解決できる力があるのに、うまく導けないから、足踏みしているのだ。
(……まずは、向き合ってみて相手の反応をみてから、かな)
結局いつもそうなってしまう。それがいいのかというと、もう少し考えていかなくちゃいけない。
(それにしても、本当に物品の仕舞い方が酷い)
この大学は創立五十年で、この領域はまだ五年目。もともと魔法学科全体の行き場のない物品の物置を押し付けられたせいか、謎の物が置かれている。
こういう場所って雰囲気が良くないから、入りたくない。
古いものは良くない気を纏いやすい、特に魔法具は変な念を溜めやすいし、古くなると性質が変化しやすくなる。
(ここで、魔法は使わないほうがいいわね)
生徒には注意をしておく必要がある。
約束の十五時まで後三十分だ。ウィルがみんなに声をかけてくれたというのだから、手順を考えておかなきゃいけないと思ったが、何しろどこに何があるかわからない。
(まずは、全部物を運び出して、何があるのかを確認するのが先決かな)
ノックの音もなく、扉が開かれた音がして、リディアがそちらのほうを見たのは同時だった。
「はーい」
(もう来たのかな?)
返事をしたが、反応はない。リディアは、壁のように並んでいる棚を抜けて戸口に向かう。パチンという硬質な音が響き、明かりが消える。
「誰!?」
いたずらか、それともリディアがいることに気がつかないで親切に消してくれた守衛かもしれない。どちらかといえば、そちらのほうが可能性は高そうだ。以前もやられたことがある、ただしそれは夜だったけれど。
殆ど何も見えない不明瞭な視界の中、手探りで出口へ向かう。
「いたっ」
金属の何かが脛に当たる、リディアは小さく叫んで、足を押さえる。
(いったい! 腹が立つ)
電気を消した人よりも、物品を放置してきた歴代の教員たちに。
手探りでノブに触れる、外鍵は差しっぱなしのはずだけど、まさか抜かれてはいないよね?
と、気配を感じて、リディアは背後に向けて右肘を繰り出すが、それを捉まれる。そして、口を押さえてくる手。
(……やばい)
リディアの中で戦闘のスイッチが入る。とっさに後ろに蹴り出そうとした足を、ドアに向けて押さえつけてくる男の足。
「静かに――何もしないから」
「――」
リディアは唸った後、恨めしげに口を開く。
「……ダーリング、あなたね――」
「何もしない、大人しく、しててくれたら」
「到底信じられない状況だけど?」
「二人きりで静かに話したいんだ」
「――とりあえず、身体を離して」
わずかに黙るウィル。リディアは、じっと待ちながら、彼の反応を探る。鼓動が少し早い、落ち着かなきゃ。
「……俺だとわかって安心したんだろ、リディア」
正直、それは図星だった。
ウィルならば危害を加えてこない、そう思っていたし、いざとなれば彼はリディアに敵わないだろうと。だが、それはご不満のようだ。
「何が言いたいの?」
「明かり消されて警戒もしないで、のこのこ来て。こんなふうに待ち伏せされるって危機感ないのかよ?」
「別にあなたに立証してもらわなくてもいいの。それに、いざとなれば、魔法でなんとでも」
「場所かリディア自身が原因か知らねえけど、魔法が使えない―-だろ?」
言葉を失った以上に、身体をこわばらせてしまい、密着していた身体のせいで、分かりすぎるほど伝わってしまったみたいだ。
「明かりを消されたら、すぐに魔法で何とかするはずだろ、リディアは?」
「何でもすぐに魔法を使うわけじゃない」
「じゃあ、この状況、魔法で何とかしてみたら?」
「魔法で何でもするわけじゃない!」
そう言いつつリディアは考える。
ウィルは、スポーツが万能だ。戦闘経験はないが、スポーツで鍛えた身体能力の高さと体格のよさで、この間の実習でもかなりいい動きをしていた。
彼の足は、リディアの膝裏の箇所で体重をかけて押さえこみ、動かせない。右腕はすでに拘束されていて、リディアの力で外すのは苦労する。左腕はフリーでいくつかの方法があるが、さてそこまでして、彼に反撃をするべきだろうか。
「話って何?」
「このままで、いいの?」
ウィルが、耳元で囁いてくる。身長差がだいぶあるんだから、屈む必要はないだろうに。
「このまま何もしないならね」
リディアは、小柄なほうだ。そしてウィルはそれなりに背が高いし、体格もいい。暴れるよりも、彼の疑問に答えてしまったほうがいい。
「それは保証できないかも」
ウィルの身体が体重をかけてくる、身体全体でドアへと押し付けられる。
「もうすぐみんなが来るわ」
「鍵はかけてあるし、外鍵も抜いてある。ここにいるってわからないよ」
このドアは、外からは鍵で開閉するし、内側からはひねって鍵がかけられる。困らせてくれる。
「ダーリング」
「名前呼んでよ」
「呼ばない。こんな風にしてくるなら」
ウィルは、密着をやめない。ただ他の箇所に手を伸ばしてこないのが、幸いか。
ただ、顔が近い。後から頬が近づくほど、顔を覗き込んでくる。
そして極めつけ。
「あれは、どういう意味? 『本命になれないって』」
「……」
「アイツに振られたこと? アイツの本命にはなれないってこと? 他のだれかもいたの?」
「……それは、授業には関係ない」
「……気になって、何も手につかない」
吐露されるような声。リディアの胸にもわずかな罪悪感を呼び覚ます。余計なことを言ってしまったと。
「“ウィル”。拘束を離して」




