73.After the festival
目が覚めたら、第一師団の本部だった。
仮眠室に泊まったリディアは、洗面所で顔を洗う。生徒も泊まらせたが、すでに解散しているから、勝手に帰っているだろう。彼らは今日は休みだ。
「うえ」
嫌な夢を見た。――吐き気がする。
(これが、二日酔い?)
あのせいだ。昨日の男性からの言動に呼び起こされた夢。
なんで、あんなことを言われなきゃ、いけないんだろう。
(傷ついてなんかいない、傷つく必要もない)
――大丈夫だから。
リディアは、スーツに着替えていた。
内線で医務室に確認したら、ケイも元気に帰宅したと言うし、バーナビーも退院したようだ。
後は、団長に暇を告げるだけ。
「それは、二日酔いじゃねえ」
横を歩くディックに断言される。
「二日酔いは、断続的に吐き気がこみ上げて来る。終わったと思うとまた来るんだ」
そんな地獄、嫌だ。
「それにお前、そんなに飲んでねーだろ、一口か二口で。ほとんど瓶に残ってたぞ」
リディアのビールの残りはディックが飲んでいた。
「むしろ具合が悪いのは他に原因があるんじゃね?」
「アレルギーかも。会いたくない……」
「うちの団長?」
「違う。…………きょうじゅ」
ボソッと呟いたのに。
「誰が誰にアレルギーだって?」
地獄の門番が、地獄ではなくそこに居た――って、あれ?
「ディアン先輩? 制服?」
なぜかディアン先輩は、いつもの彼のトレードマークの黒装束ではなく、正装である制服を着用していた。片側の肩を覆う真っ白のハーフマント、金ボタンは襟元までしっかりしめ、階級章やソードの徽章。式典や、王宮を訪ねるとき以外に見た事がない。
髪も今日は前髪を軽くあげ、左右に固めている。
「連絡を入れておいた。第三師団の団長が待ってる」
「……はい。……行ってきます」
うえええ、と呻きたいのを堪える。そうですよね。第一師団のほうには寄って、本来の所属だった第三師団をスルーなんて許されるわけがないですよね。
「先輩はどこに行くんですか?」
彼は呆れたようにため息をついて、手にしていた白い手袋を仕上げとばかりにはめた。
「何言ってんだ、俺がついて行かないわけないだろう」
「ちょっ! ええ!? それは……大丈夫です! ちゃんと一人で行って謝罪してまいります!」
彼の眉がわずかに上がる。それが怖い。
「あの件での謝罪で。俺が、お前を、一人で、行かせるとでも?」
そんな一言一言、区切らなくても。はい、お願いしますと頭を下げるしかない。怖い人が二人になってしまった。
正直、大学で待っている教授より怖い。いや、あの人は待っていないか。お昼にならないと出てこないし。
「リディ」
呼びかける声に振り向くと、放物線を描いて飛んできたのは、イオン系飲料のボトルだ。
「二日酔いにはそれがいいぞ!」
相変わらずお兄ちゃんだ。リディアがありがとうと返すと、ディックは励ますように親指を立てた。
歩き出すリディアの横で、ディアンが呟く。
そういえば、昔は背中しか見ていなかったから、横を歩くのなんて新鮮すぎる。
「お前、酒飲んだの……昨日が初めてか?」
「え? あ、え、あ、は、い」
夢を思い出した。
封印していたのに思い出した、あれはなかったことにしていたけれど。
あれを入れると、飲酒は――初めてでは、ない。
だが、返事が不審すぎた。そして、第一師団は未成年の飲酒は、めっちゃ厳しいのだった。
「あ、の」
リディアが見上げると、ディアンが珍しく穏やかな瞳で見下ろして手を伸ばす。
「別に、責めちゃいない」
そして、頭をぽんと叩かれる。
――ああ、ばれている。
あの時から、ばれていたのだ。
あの最悪の誕生日のあと、任務から戻ったら、自称ソウルメイトの彼はいなくなっていた。どこへ行ったのかは知らない。
それからリディアの任務は、ずっと団長のチームに入らされた。
いつもディアン先輩がいて、そのせいか悩まされてきた男性団員からの変な目つきや、卑猥な言葉もなくなった。
そして、暇さえあれば彼はリディアの組み手に付き合った。徹底的に、体術含む護身術以上の防御を再度叩き込まれた。
ふった相手には普通、距離をとるはずなのに。
恋愛感情の挟まない方法で徹底的に構い倒されて、リディアはもうなんだか、吹っ切れたのだ。




