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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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71.空に届く思い

 ディックに呼ばれたのは、天幕から離れた何もない空間、周囲は砂山しかない。


 団員達が皆集合していて、さあこれから何か始まりますという雰囲気だ。

 屈強な男たちが腕組みして立っていて、リンチか決闘、と言われても納得しそう。


 その中に集められた生徒たちも、不安げな眼差しだ。


「――さて、今回の主役。リディア・ハーネスト。儀式の絞めくくりをしてもらおうか」


 ガロがにやりと笑う。これだけ聞けば、〆の挨拶と思うだろうが。


 リディアはまさか、と慌てる。期待の目でリディアを中心にすえて見つめてくる団員たち。生徒は、状況が読めなくて何事かときょとんとしている。


 リディアの心臓が早鐘を打つ。そして決める、正直に打ち明けるしかない。


「すみません! まさか、こんな風にしていただけるなんて思っていなくて……用意してきませんでした」


 始まった時に予想しておくべきだった。

 ただ祝ってもらうだけ、なんて虫が良すぎる。


 男たちが、黙って顔を見合わせる。気まずい、どうしよう。

 

 成人の儀式は、二十歳の誕生日を祝ってもらい、改めて仲間として認めてもらうもの。

 そして、祝われた主役は、最後にお返しをするのだ、とっておきの“魔法”で。


 だが頭を下げたリディアに、気軽に近づき頭を小突いたのは、やっぱりディックだった。


「何言ってんだよ、リディ。お前が、ずっと前から準備していたの、知ってるぞ」


 目を見開いたリディアがディックを見つめると、みんながニヤニヤ笑っている。


「でも……だってあれは、もうずっと前で。持っていないし」


「お前の言ってるのは、これだろ!」


 そして、シリルがリディアに渡してきたのは、美しい装丁のお菓子の箱。


「これ。まさか……」


 慌ててリディアは大事な物入れにしていた小箱を開ける。

 そこからレトロな装飾文字で装丁された石鹸箱を開けて、綿に包まれた乳白色の球根を取り出して絶句する。


「そんな。取っておいて……くれたの?」

「ずっと前から準備していただろ。もうそろそろ成熟してるんじゃないか?」


 リディアは、それに指を触れる。それは、リディアに反応してほのかに白く光る。

 

 ――儀式の後の魔法は、これまでの自分の魔法の集大成だ。

 誰もが一年や二年もかけて大掛かりな魔法を準備する。リディアも、そうだった。

 

 特に慎重な性格なせいもあって、早いうちに少しずつ魔法を重ねて、そして二十歳の時にそれが育つように……準備していた。


 リディアが去った時、私物は捨てられていたと思っていた。


(でも、私の魔法師の衣装も残しておいてくれたし)


 翠色の魔法衣はリディアのトレードマークだった。

 それを捨てないで残しておいてくれて、おまけにこれも。


「ほら早く!」


 リディアはふと、団員たちの奥に佇むディアンに目を向けた。

 彼もリディアを黙って見つめていた。何も言わないけれど、それを許可してくれたのは、リディアを仲間だと認めていてくれたのは、ディアンが団長だからだ。

 

 彼から注がれる眼差しを意識して、リディアは一度大きく頷く。


 そして砂の上に膝をつく。

 真珠のように乳白色の肌に虹色を煌めかせる球根を、砂中に埋める。


 それは――もう失われた魔法。 


 リディアは、蘇生魔法の使い手だった。その属性は「生」


 本来は、命を生み出すもの。


 リディアは新しい命を生み出したことはない。これが、初めてのリディアの魔法の集大成になるはずだった。


(もう使えない、生の魔法。ずっと前に失われたものが、ここには残っていた)


 リディアは、最後の仕上げとして、水の魔法を唱える。


 静寂の中、リディアの歌うような抑揚をつけた詠唱が砂の上にこぼれて行く。


 雨の匂いがして、誰かが掌を空にかざす。

 さっと肌を愛撫するように優しい霧雨が降り注ぐ。身体を濡らすほどではない、湿り気のある風が吹いて、砂漠の砂に恩寵をもたらす。


「芽が!」


 たぶん生徒の声だろう。

 

 まずは、小さな緑色の尖った先っぽがのぞき、それが砂漠の砂を埋め尽くす。たくさんの双葉が顔を覗かせる。

 やがて、それらから長い柄がのび、無音ですくすくと伸び始める、そして葉をたくさんつけて、砂漠の上に緑の絨毯を作る。


「わあ」「へえ」


 誰かの歓声。けれど終わりではない。

 今度は、葉の中央に青いつぼみが生まれて、白みを帯びた鈴のような青いつぼみが一面に緑の上に重なる。

 

 それはゆらりゆらりと揺れながら、リディアの歌にあわせて、やがてつぼみは綻びる。

 風はいつのまにか、涼しく爽やかなものになっていた。


 釣り鐘の形をしたカンパニュラは、風に乗るように揺れて、しゃらしゃらしゃら、と澄んだ音を奏でる。


(カンパニュラの花言葉は――思いを告げる、そして感謝)


 リディアの好きな花だ。


 いまや砂漠は一面の青い花が発光する花畑になっていた。

 視界の端から端まで、ずっと花が続き、砂は見えない。


 --ずっと、ここに緑があったらと思っていた。花で埋められたらと思っていた。


「さすが、『春風のリディア』だな」


 ガロが感嘆の声をあげる。


「それって、なんですか?」


 黙って見ていたキーファが問う。


「リディアを見て、そう呟いた人がいたんだよ『まるで春風だな』って。それがリディアの名称になって伝わった」


 人から自分のことを説明されるって、こそばい。


 リディアは、聞こえていないようなふりで、顔を反対側に向ける。

 そうするとじっと見つめていたウィルと目が合う。今度は彼は目を離さなかった。


「へえ。誰が? あの人?」


 チャスがディアンを指差す。やめて、そういう態度。

 だがガロは、大らかな性格で「人を指差すな」と、でこピンをして、たしなめる。チャスが顔を押さえて、しゃがみこむ。まあ、自業自得だろう。


「違う、そう言ったのは第三師団のワレリー団長だ」

「うちの団長は違うぜ」


 リディアは目を閉じる、魔法は次の段階に移る。


 花が鈴のようにリンリンと鳴りながら揺れて、花が散り始めて宙に舞い散る。青い鐘が風に舞い、そして空へと踊るように舞い上がる。


 目を開けるとまだウィルがリディアを見つめていた。その切ない何かを言いたげな眼差しに、リディアは目が離せなくなりそうになる。


 また詠唱を始めると、ウィルが顔を逸らす。


 ディアンが不意に口を開く。口角をあげて、シニカルな口調で。


「――俺は『芋虫』って言った」


 途端に、団員みんなが爆笑して、リディアは顔を真っ赤に染めた。生徒たちは最初はきょとんとして、それから頭に浸透したみたいにいきなり吹き出す。


(また持ち出す!)


 翠の魔法衣のリディアを指して『芋虫だな』って言ったディアン。幸い誰かがかわいそうだろ、と修正をいれてくれて『春風のリディア』で定着したが、危うく『芋虫リディア』になるところだった。


 リディアは詠唱をしているから言い返せず、ディアンを赤く染まった顔で睨み返すが彼はどこ吹く風で飄々とした顔。けれど細めたその目が笑っている。


 それを見たとたんに、先ほどとは違う理由で顔が熱くなる。


 青い花は、空へ空へと浮かび上がり、そして夜空を染め上げる星になる。灰色の雲は去り、今は青い光で埋め尽くされていた。


(――成功した)


 ホッとして息をつく。


 リディアの思いは、すべて天に届いて――昇華されたのだ。


 みんなが歓声をあげて、時折指笛が鳴らされる。


 リディアは空を見上げる。


「え、星が……」


 空には、帯が広がっていた。空一面に青いカーテンのように光の帯が踊り狂う。


「オーロラ……?」


 リディアがディアンを振り返ると、彼は両ポケットに無造作に手を入れて、夜空に見入っていた。


「すっげー、団長!」


 リディアも言葉を失う。


 二十歳を迎えた主役が特別の魔法を披露したとき、団長は即興でその魔法に自分の魔法を重ねて、祝いの魔法を贈る。

 

 主役は数年かけて準備をするのに、団長はその場で咄嗟に組み立てる。

 主役の株を奪わない、更に引き立て繋ぐ、そんな魔法。どの様な魔法をみせるのかが団長の腕ともいえる。

 

 オーロラが、降ってくる。

 青から緑、そして赤と虹色に色を変えて、光の帯がみんなの上から包み込んでくる。

 そして光の帯が金色の粉を降らせると、月からリディアの足元へと黄金の光の道が照らされていた。


 “――お前の進む(未来)に、祝福を”


 ディアンの声がリディアだけに届く。

 風に乗って届けられた念話は優しくて、穏やかな声を伝えてくる。

 

 リディアは、ディアンに再度目を向ける。

 

 彼はリディアには素知らぬふりで、ただ穏やかな眼差しで、目を細めて空を見上げているだけだった。

 


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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