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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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45.挑発

 実習中止となり学生たちは、一角に集められて待機を命じられていた。

 ヤンは合流したマーレンに適当に世話を焼き、チャスはふてぶてしくモニターの前に陣取る。

 それら仲間たちを置いて、キーファはディックに言った。


「僕も協力させて下さい」

「あん?」


 昨今では学生の権利を訴える動きが盛んで、実習でもキーファは常に丁寧な指導を受けていた。

 こんな態度だったら、即苦情が学生からでるところだが、ここは戦場で彼らは指導者ではなく、戦闘員。

 それを理解しているキーファは、彼の時間を取ることを最小限にとどめて、説得できるように言葉を尽くす。


「魔獣には、囮の二人の安全を確保するまで接近を感づかせない、と先程仰っていました。ケイ・ベイカーではなくハーネスト先生に標的が移り、距離が十分に取れた時点で、急襲と同時にハーネスト先生の身柄を確保、と。俺ならば魔力の放出がありませんから、魔獣に気がつかれずに接近ができます。そして、これで先生の拘束を外します」


 キーファはリディアからの魔法剣を示す。

 それを見てディックが鼻を鳴らす。


 その面白くないという仕草、十分に彼の注意は引けたようだ。

 

 普通であればプロフェッショナルの仕事に、学生が出る幕はない。


ましてや魔力の放出がない自分。


 以前であれば、そんなことをわざわざ自己申告することはなかった。だが、リディアが何度もそれは問題ないと言ってくれたから、今はそれを恥じていない。


 魔力のある人間を捉えるという蜘蛛の糸。

 自分ならば、その罠にかかることはなく二人を救出できるのではないか。自分の能力から対策を提示する、それが実習だ。


 とはいえ、リディアの力になりたいという思いと、自分ならばそれができる、という強い顕示欲もあるのは事実だ。


 ディックはキーファの言葉を、腹を掻きながら不機嫌そうに聞き、オマケにリディアの魔法剣を奪って、それを手にして考え込む。


「なあ、ボス。こいつの魔力、感じる? 俺にはわかんねーんだけど」


 ディアンの底が知れない瞳がキーファを見つめる。

 大概の視線には動じないキーファだが、これには緊張をした。


「魔力は高いのに、外部には一切それが出ない。魔法剣からも漏れないな――いいだろう、ルートを検討してやれ」

「ラジャ」


 ディックがキーファに、魔法剣を投げ返す。

 彼らの考えは全くわからないが、自分の挑発は伝わったようだ。

 

 リディアの口ぶりから、この魔法剣が彼女にとってかなり特別なものなのだとキーファは確信していた。元仲間であれば、そのことは十分承知しているだろう。


 魔法剣を譲られたということ。リディアにおけるキーファへのそれが、信頼なのか、それともただの助けなのか、それとも特別視なのか、彼らは図ったのだろう。

 

 興味を引いて、自分の話を聞かせる。あとは結果を示すしかない。


 作戦を検討する卓には、既にリディアが示した蜘蛛の糸がモニター上に表されていて、急襲するタイミングが検討されていた。

 

 ディックとルートを検討しているところで、天幕の後方が騒がしくなる。


「おいキャップテン。まずいことになったぞ」


 砂と土混じりの容貌で、シリルとウィルが戻ってきたところだった。




***




 それは、――永遠ともいえるほど長い時だった。

 

 まだ東の主が西の君を追い求め、かの主が世界全てを光で覆い尽くさんとした時、光から逃れた影だった。


 彼は影から生まれて、闇に紛れ潜んでいた。

 魔王が魔界を造った時には、魔獣が生み出す虚無が溢れ、彼はそれを飲み込んで大きくなった。そうして虚無を食らいつくすうちに、彼は使命を帯びた。


 その使命とは、魔界に封じられた魔物が生んだ虚無を食べ尽くしたあと、また世界に虚無を溢れさせること。


 彼に任されたのは、この世界だった。


 そして彼はまた、子孫を繁殖させて多次元に虚無をまく役目があった。


 彼は、この地でずっと魔力を食らい、虚無を抱える我が子を育ててきた。


 彼が住処としたこの力ある木は養源となり、また捧げ物をする人間を餌として捉えるのにちょうどよかった。


 長かった。

 長い時の果てに、ようやく使命が果たされる。


 我が子を、虚無を他の次元へと送るのだ。


 だが変だ。

 何かが変だ。


 腹の中がおかしい。むにゅむにゅと何かが蠢いている。先程食べた餌が溶けていないようだ。 

 時折、意識が飛ぶ。気がつけば、何をしていたかわからなくなる。


 我が子はどうなっただろう。


 蜘蛛の姿をしながら、鈍重に魔獣は動く。


 カサカサと足を踏み鳴らしていたはずなのに、かの魔獣の通った後の地面は、テラテラと濡れた粘液が照らしていた。





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