45.挑発
実習中止となり学生たちは、一角に集められて待機を命じられていた。
ヤンは合流したマーレンに適当に世話を焼き、チャスはふてぶてしくモニターの前に陣取る。
それら仲間たちを置いて、キーファはディックに言った。
「僕も協力させて下さい」
「あん?」
昨今では学生の権利を訴える動きが盛んで、実習でもキーファは常に丁寧な指導を受けていた。
こんな態度だったら、即苦情が学生からでるところだが、ここは戦場で彼らは指導者ではなく、戦闘員。
それを理解しているキーファは、彼の時間を取ることを最小限にとどめて、説得できるように言葉を尽くす。
「魔獣には、囮の二人の安全を確保するまで接近を感づかせない、と先程仰っていました。ケイ・ベイカーではなくハーネスト先生に標的が移り、距離が十分に取れた時点で、急襲と同時にハーネスト先生の身柄を確保、と。俺ならば魔力の放出がありませんから、魔獣に気がつかれずに接近ができます。そして、これで先生の拘束を外します」
キーファはリディアからの魔法剣を示す。
それを見てディックが鼻を鳴らす。
その面白くないという仕草、十分に彼の注意は引けたようだ。
普通であればプロフェッショナルの仕事に、学生が出る幕はない。
ましてや魔力の放出がない自分。
以前であれば、そんなことをわざわざ自己申告することはなかった。だが、リディアが何度もそれは問題ないと言ってくれたから、今はそれを恥じていない。
魔力のある人間を捉えるという蜘蛛の糸。
自分ならば、その罠にかかることはなく二人を救出できるのではないか。自分の能力から対策を提示する、それが実習だ。
とはいえ、リディアの力になりたいという思いと、自分ならばそれができる、という強い顕示欲もあるのは事実だ。
ディックはキーファの言葉を、腹を掻きながら不機嫌そうに聞き、オマケにリディアの魔法剣を奪って、それを手にして考え込む。
「なあ、ボス。こいつの魔力、感じる? 俺にはわかんねーんだけど」
ディアンの底が知れない瞳がキーファを見つめる。
大概の視線には動じないキーファだが、これには緊張をした。
「魔力は高いのに、外部には一切それが出ない。魔法剣からも漏れないな――いいだろう、ルートを検討してやれ」
「ラジャ」
ディックがキーファに、魔法剣を投げ返す。
彼らの考えは全くわからないが、自分の挑発は伝わったようだ。
リディアの口ぶりから、この魔法剣が彼女にとってかなり特別なものなのだとキーファは確信していた。元仲間であれば、そのことは十分承知しているだろう。
魔法剣を譲られたということ。リディアにおけるキーファへのそれが、信頼なのか、それともただの助けなのか、それとも特別視なのか、彼らは図ったのだろう。
興味を引いて、自分の話を聞かせる。あとは結果を示すしかない。
作戦を検討する卓には、既にリディアが示した蜘蛛の糸がモニター上に表されていて、急襲するタイミングが検討されていた。
ディックとルートを検討しているところで、天幕の後方が騒がしくなる。
「おいキャップテン。まずいことになったぞ」
砂と土混じりの容貌で、シリルとウィルが戻ってきたところだった。
***
それは、――永遠ともいえるほど長い時だった。
まだ東の主が西の君を追い求め、かの主が世界全てを光で覆い尽くさんとした時、光から逃れた影だった。
彼は影から生まれて、闇に紛れ潜んでいた。
魔王が魔界を造った時には、魔獣が生み出す虚無が溢れ、彼はそれを飲み込んで大きくなった。そうして虚無を食らいつくすうちに、彼は使命を帯びた。
その使命とは、魔界に封じられた魔物が生んだ虚無を食べ尽くしたあと、また世界に虚無を溢れさせること。
彼に任されたのは、この世界だった。
そして彼はまた、子孫を繁殖させて多次元に虚無をまく役目があった。
彼は、この地でずっと魔力を食らい、虚無を抱える我が子を育ててきた。
彼が住処としたこの力ある木は養源となり、また捧げ物をする人間を餌として捉えるのにちょうどよかった。
長かった。
長い時の果てに、ようやく使命が果たされる。
我が子を、虚無を他の次元へと送るのだ。
だが変だ。
何かが変だ。
腹の中がおかしい。むにゅむにゅと何かが蠢いている。先程食べた餌が溶けていないようだ。
時折、意識が飛ぶ。気がつけば、何をしていたかわからなくなる。
我が子はどうなっただろう。
蜘蛛の姿をしながら、鈍重に魔獣は動く。
カサカサと足を踏み鳴らしていたはずなのに、かの魔獣の通った後の地面は、テラテラと濡れた粘液が照らしていた。




