42.天敵再臨
リディアは、他の団員に事実確認を依頼しながらも、慌ててキーファへ通話を試みる。
けれど、何度かけても応答しない。
(どうして?)
目の前のモニターでは、ケイが巨木を見上げて、ウロウロしている。
団員に救出を依頼し、リディアは学生のもとに戻ろうとしながらも、振動する胸ポケットのPP取り出す。
メッセージはともかく、通話をしてくる友人はいないから不審に思って着信画面を見る。
その相手を見て、リディアは腰を抜かしそうなほど驚いた。
「なんで、教授!?」
そう、その名前はベニー・エルガー教授。
「学会じゃ……?」
「全員、任務中断。ガジ自治領の禁止領域にチームXの学生一名が徒歩で侵入。聖樹に触れさせるな。至急、事態の収拾にあたれ」
隣でディアンが団員に命令を下し、天幕を出て行く。
リディアは立ち上がり、騎獣の方に向かいながら、ディアンの背中に告げる。
「私も学生のところに向かいます!」
そう言いながら、通話をオンにする。
『あのね、ハーネストさん!? 今何しているの?』
「――実習中ですが」
『その実習よ! ベイカーから苦情が出ているわ!! 即効やめなさい! 何、危険なことをやっているの!!』
リディアは愕然とした。
なぜ?
どうやって?
しかし名前のでた張本人は、画面に写っているとも知らず、夢中で本人のPPを操作している。
(ああああああ、もう!!)
リディアは、この状況の元凶を悟った。
何を聞いたか知らないけれど、なんでこんなときに。
『学生から連絡があったわよ。ちゃんと指導してくれないとか、危険な目に合わせても無視しているとか。あなたね、自分がそこの出身だからって気を抜いているんじゃないの?』
「教授。いま実習の最中なので、後でかけ直します。実習計画書の内容の通りです。先生も許可を出されました」
『そんなの! 私は見ていないから知らないわよ!!』
なぜ?
なぜ提出されたのを見ていない。出された書類を“見ていない”のは職務怠慢ではないのか。
(――なんて言えない!!)
“見ていないから知らない”そう言えばこの業界の人達は、許されてしまうと知ってるのだ!
責任者としての自覚はない。責任者だと思っていない。
いいや、“知らなかった”といえば、責任者としての責任を免れると思っている不思議な人達だ。
『いい? 実習は形だけでいいのよ。捕まえた魔獣を倒させなさい! 大事なのは魔獣を倒した件数よ、内容はいらないの!!』
驚愕した。
リディアは腹の底からこみ上げてきて、頭の中でぐるぐる沸騰しそうな怒りを飲み込む。
喉に言い返したい言葉がせり上がり、飲み込むとまた胃の中でひっくりかえり、全く消えない。
『教育に内容はいらないの! いい、わかってる? 大事なのは形だけよ!!』
(――ううう、くたばれっっっ!!!!)
「教授のお言葉を! しっかりと! 参考にさせて、いただきます!」
リディアは全ての怒りを飲み込んで、通話を切る。
リディアはPPを地面に叩きつけたい衝動にかられる。しかし、これをしても自分のPPが壊れるだけ。
ああもう、何かを叩きつけたい。地団駄踏みたい!!
なんで、正論顔で堂々と?
アンタ、教育者だよね。
リディアが異星人のように、わかってないわねと怒鳴られる理由がわかりません!!
幸いにも、周囲は誰もいない。皆緊急事態に出動してしまった。
リディアは固い顔のまま、無意識に目の前のモニター画面を見据える。
そこにあるのは画面一杯に地面に這う、いびつな巨木。
(落ち着け、私、落ち着け)
大きく息を吐いて、心を冷静に冷静にと、整える。
(駄目だ、ぜんぜんっ。気持ちが治まらない!!!!)
どっちみち実習は中止だ。
あとはケイを助けてから考える。
禁止領域に侵入したケイは電話を終えたらしい。しかし、実習中に突然チクるか?
なんて、自分の常識で考えてはいけない。
電話を終えたはずの彼は、さっさとでていかず、巨木に寄りかかり足を伸ばす。
ああもう、なんで休憩しちゃってんの。
ともかく、彼を回収すべく団員は調整に入っているし、リディアは他の生徒のところに行こう。
そう思いながらリディアはモニターを見ていたが、その視点が一点で固まる。
――巨木の、枝の位置が変わっている。
リディアは探知計を確認するが、魔獣の存在は距離があるからわからない。
ただ――上級の魔獣ほど魔力を隠すのが上手い、というか機械を欺くことができる。
あの魔獣はずっと長い間、巨木と一体化していたのだ。その間は魔力も放出せず、本当に巨木の一部となっていた。
だが、獲物を感知した途端に、突然魔獣としての本性を表す。
ケイはまだ気づかない、呑気に休憩中。けれど、彼の背後で、巨木が枝を伸ばす。
それは――木ではない、魔獣だ。
リディアは、通信機を下ろして、意識を切り替えて即座にディアンに念話で話しかける。
“――どうした”
緊迫したディアンの声にリディアも端的に予測を伝える。
“禁止領域の巨木――魔獣が擬態していた可能性あり。ケイ・ベーカーが捕われました”
“了解。お前は他の生徒の回収を急げ”
禁止領域の立ち入りはまだ許可がでていない、部外者は中に入れない。
そして魔獣が動き出している。ならば魔法師団の優先順位は、魔獣退治になる。
リディアはケイを見つめて、それから提案を口にした。
あけましておめでとうございます(2回目)
皆様にとって良い一年になりますように!
番外編を短編にあげてますので、よかったらお読みくださいー




