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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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34.彼の国のしきたり


 マーレンがここまで魔法を暴走させたのは、魔力増強薬の影響が大きいだろう、あれほどの殺意は結晶のせい。

 でも、その原因、心の動揺は薬のせいじゃない。


 先程の彼の心の叫びを思い出す。


「お前は――どうして戻ってきた。あいつらについてなくていいのか」


 ぼそぼそと、彼は呟く。


 ――本当に付き添うべきは、現在実習中の学生。リタイヤした生徒には、他の団員を付けて見張ってもらえばいい。 


 でも――。


 マーレンは先程助けを求めていた。リディアの腕を掴んだのだ。


 その意味を、見逃してはいけないと思った。


(――話したくなった瞬間を、タイミングを、逃しちゃいけない)


 壁を作っている人が、胸に抱えている何かを漏らしたくなった時、それを後回しにすると、その人はもう話してくれない。


 ――人は、漏らしたくなる瞬間がある。


 フッと訪れたその瞬間を、自分に対して向けてくれたことを、自分がその瞬間を作れたことを、リディアはありがたいと思う。


 だから、ちゃんと応えたい。


「――気持ちが激高したのは、ご家族のご不幸のことを聞いたから?」


 リディアはなるべく穏やかでありながら、空気に溶け込むような声音ですっと入り込んだ。

 

 マーレンは、なにかモゴモゴと口ごもっていたが、いきなりリディアに質問されて背筋を伸ばす。

 緊張した面持ちで見返して、けれどリディアの近い距離に、覗き込む緑の瞳に驚いたように身を仰け反らす。


「あ、えと?」

「驚いたでしょうね? それから、ご愁傷様」

「――別に。兄弟は大勢いるからな、それほど困ることじゃない」


 ぶっきら棒にいうのは、本音なのだろうか。リディアには王族の家族愛がわからない。


「敵だし、むしろ好都合だ」

「――そう。でも、あなたの気持ちは?」


 推測できないなら、聞くしかない。


「そうだな……」


 マーレンは、頭の後で腕を組む。それから足を投げ出す。


「王位が近くなった。が、敵が減り、俺が殺される率も高くなった」

「その環境は、心が休まらないわね」


 マーレンもここにいなければ、殺されていたのかもしれないと思うと、やっぱり心配だ。

 だが彼はフンと笑う。


「今更だ。それは日常だからな、何も感じない」


 ただ、と彼は続けた。


「王位を手に入れたその先に何がある? そう考えたら、――虚しくなった」


(この年齢で、そう達観するのは――少し、悲しい)


 彼は立ち上がり、リディアを見下ろす。


「お前は不思議だ。お前といると――その」


 マーレンはリディアを見下ろして、それから顔を真っ赤にさせて口ごもり、また座る。


 黙ってしまった彼に、リディアはズバリと口を開いた。


「その環境では、闘争心がむき出しなのは無理も無いけど。――あなたの中に、抑え続けている何かがあるんじゃない?」


 いきなり踏み込んでみる。拒絶されたり、言い繕う暇を与えない。


「誰かに――何かを言いたいのでしょ?」

「俺は――」


 リディアは、彼の手を取る。

 びくっとわかりやすいほど彼は驚いて、肩をあげる。その瞳を、警戒を呼び起こさないように、そぅっと下から覗き込む。


「我慢は、し続けると――爆発するの」


 感情を制御するほど難しいことはない。

 できているはずだと思うのに、いきなりできなくなる。我慢は、続くものじゃない。


「――ずっと頑張ってきたのでしょう。全部」


 彼はうっと唸って。それから、黙って……大きく息を吐いた。


「あなたの魔法は凄い。風の攻撃も、火球の魔法も、殺傷能力は、学生の自己流にしてはレベルが高い。魔力増強薬は関係ないわ。――努力したのね」


 マーレンは、殺戮王子とか色々言われている。けれどあの魔法は彼のオリジナルの攻撃で、充分戦力になる。もと魔法師団の一員から見ても高いレベルだ。


「ようやく――認めたかよ」

「あなたが認められたいのは、私ではないでしょ」


 彼の父親と母親。王はともかく、母親に認められたいのだ。

 マーレンを認めない彼女に、怒りをぶつけたいのだ。


「私はその人じゃないから、何かをしてあげられない。でも――あなたは努力をして今の力を得たの。努力ってね、全員ができるわけじゃないのよ。努力をできない人もいる。努力ができること、それも才能よ。あなたは本当に努力して、ここまで自分を高めた、自分を誇っていい」

「そんな――こと」


「あなたはすごいわ。私はそう思う、あなたを尊敬している」


 マーレンは呆然としてリディアを見ている。言葉を発すること自体を忘れているかのよう。


「俺は……この先、どうすればいい」

「そうね。怒りのコントロールを覚えるのが大事だけど」


 リディアは、口を閉ざす。


「……どう、やって」


 自分が話を聞いてあげてもいい。発散相手になってあげてもいい。

 けれど違うのだ、彼は母親に今までの感情をぶつけたいのだ。


 代わりはいない。いくら他人にぶつけても、彼の怒りは解消しない。


「わからない。でも――、一緒に考えるわ」


 自分も、悩んで、もがいていたとき、とことんまでつきあってもらったから。

 

 彼の耳がピクピク動く。

 だんだんわかってきた、これ、彼の感情を示している。今は興味をそそられているのだろう。


「一緒に……」


 目元が赤い。目尻の赤い入れ墨も相まって、今日は一段と赤いようだが……照れてるの?


「もしあなたが――望むのならば」

「の、のぞむって……」

「あなたは薬がなくても、十分高い能力を持ってる。むしろ使うほうがリスクが高いわ」


 ここまで踏み込むことは躊躇する。軽々しくは、言えない。言うならば、自分は責任を取らなくてはいけない。

 でも、今しかない。



「だから、もし魔力増強薬を止めるなら……抜くまで付き合うわ」

「え、あ? ぬ、ぬく?」


「離脱症状っていうのかな、反動がくるわ。止めた後に心身への負担が結構来るの。薬が抜けるまで、できるだけ付き添うし協力する」

「付きそうって、俺に……」

「勿論王宮のほうが手当は厚いでしょうけど。あなたがあまり知られたくないなら、誰にも言わない」

 

 王宮が敵だらけならば、弱みを見せたくないだろう。

 魔法師団の医療部の施設を借りて、そこで数日間付き添ってもいい。

 

 正直付きそうリディアも結構辛いのだけど、生徒だし、敵だらけの現状を見ると放っておけない。

 選ぶのは彼だけど、選択肢を示す。


「お前が、俺に……」

「一緒に、頑張ろう?」


 マーレンは黙ってしまった。いや、うつむいて肩を震わせている。

 そして絞り出すように声を発した。


「俺は、今、すっげえ我慢している。だが、――我慢は続かない」

「え、なに?」

「だから我慢はやめた」


 いきなり彼はうつむいたまま、リディアの手をぎゅうっと握る。

 驚いたが、そのままにしていたら、いきなり片膝を地面について跪いて、リディアの手を引き寄せて。

 

 ――リディアの手の甲を舐めた。


「は、え?」


 え――吸われた? じゃ、なくて、噛まれた!?


「な、何をすんの!」


 自分の手を引き寄せると、もれなく彼の手もついてきた。やだこれ、このおまけ。


「俺の国の求婚だ。俺は今、――お前に求婚した」


 変わった“球根”、じゃなくて――求婚?

 なにその求婚の仕方? 意味がわからないのですけど!


 そして、何でそんな目にあってるの私?


 リディアが呆然と見ていると彼は眉をギュッと寄せた。


 苦しげで切ない、必死な目。


 ――初めてだ。

 初めて見せた必死な顔なのに、なにそれが求婚? 授業で見せてほしい。


「お前は我慢をするなと言った。だからお前に言う。お前が欲しい、お前と一緒にいたい、俺と生きてくれ」


 え、我慢しない? 何が、どうしたの? どうしてこうなった?


「言っておくが、これは最上級の求婚の仕方だ。返事は、俺の国のしきたりでしてくれ」


 最上級? 中級や下級もあるの? 


「え、いや、私の国の方法で断る」

「王族の求婚だ。お前の国の方法は無効だ。でも望むならお前の国の方法で求婚してやってもいい」

「それは、私の国の方法でしてくれたら――って、そうじゃない」


 我慢やめたの? なんで? あれ、薬はやめるの? やめないの?


 リディアは懐の中の手榴弾を意識する。

 今こそ、あれを使う時?


 マーレンはぐいっと勢いをつけて起きあがり、まじまじとリディアの顔を覗き込む。


「お前、与しやすいな」

「!」 


「めちゃくちゃ、お前が欲しい。我慢できねぇ」


 リディアは、彼の手を振り払いその手で彼の顔を掌で押しのける。

 もう片方の手で彼の長い耳を掴んでぎゅうっっと引っ張り上げた。


「頭のてっぺんに付け替えてあげましょうか?」

「いて、いてっ。お前、さっきから! 耳に触れるのは恋人同士の証なんだぞ。求婚の了承の印で、性感帯――」


 リディアは、それをぱっと放す。そして、顔を赤くしてマーレンを睨むと懐に手を入れた。


「やっぱお前、チョロい――じゃなくて、な、なにそれ」

「手榴弾。私の国での、求婚の断り方」

「待てよ! お前にとっても悪い話じゃねぇし。その――嫌な思いもさせない」


 いい話でもない、とリディアは言いかけて、黙る。

 彼の気まずそうな顔に、一般論的なものではない、何かを感じた。


「……何を、言っているの?」

「いや、その――」


 彼は口ごもり、結局はリディアの視線に負けて話すことを決めたようだ。


「お前が魔法師団を辞めた後のことだ、お前の国のなんたらとかいう公爵が漏らしたお前の噂だよ。すべて削除されていたが、うちの情報網が見つけて」


 彼はそこまで言いかけて、リディアの顔を見てギョッとした。


「顔色わりーぞ、平気か? って、平気なわけねーよな」

「――漏らした噂? 削除……」


「俺は別に気にしてねーぞ。それがホントでも嘘でも。それに、全て抹消されていたんだ、ただ俺の手下が優秀だっつーだけで。それも公爵の友人のいとこの叔母の妹の旦那の姉がちょい呟いたのを見つけただけで、ほんとに全部全く普通なら見つけられないって!」


 彼はそこまで一気に言って、それからリディアの両肩を押さえた。


「俺はホントにそのことは、どうでもいい。そんな噂、今度こそ抹消してやる。どうせ見合いした公爵は、お前に振られた腹いせに、好き勝手に言ったんだろ」


 リディアは、マーレンを押しのけるように立ち上がる。


「ごめん、ハーイェク。ちょっと私……」

「じゃなくて。だから! お前が魔法師団で何があったとかどうでもいい、奔放でも男グセが悪くて、遊んでても! だって俺はお前を知ってるからな」

 

 それに、とマーレンはリディアの腕をまた掴んだ。


「お前が処女だって確信してる」


 リディアは、彼の足の甲に思い切り踵を落した。


「っつー!!」 


 強化素材入りの踵は、魔獣の硬い装甲をも踏み砕くことができる。とはいえ、彼の靴も強化素材だから骨は守られたはず。


「この話は終わりにして。あなたは、ここで実習が終わるまで待機。魔力増強薬服用のことは、団長と相談する。その箇所を抜かして、今回の問題を起こした経緯を時系列に述べて、その対策をレポートで提出」

「は?」

「本当に、この話は終わりにして。二度と……しないで」


 リディアは背を向ける。ヤバイ、声が震えている。目にふれそうになるのをこらえる。

 涙目になっているのは、見られたかもしれない。


「わる、かった。ただ俺は――」

「あなたの感情コントロールも、薬の話も、実習が終わってからにしましょう」


 彼は自分に似ていると、だから力になりたいと、そう思ったのは――近づきすぎたのは失敗だったのだろうか。


(違う。これは、自分の問題)


 リディアは大きく息を吐いた。

 呼吸を戻して、感情を平坦に戻して。


「みんなの所に戻るから、あなたはレポートをやるのよ」


 リディアは、彼から離れた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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