27.マーレンの豹変
「ダーリング――ウィル、ウィル!!!」
いきなり重みがなくなった腕。
ウィルの姿が見えなくなる前に、リディアはすかさず詠唱を済ませる。ウィルを掬うように風が吹き上げる。
「ウィル、返事をして!」
リディアは迷わず、身を躍らそうと足を淵にかける。その腰にしっかりと腕が回されて、リディアの行動を阻むものがあった。
「先生、待ってください」
「コリンズ!」
リーダーのキーファ・コリンズがリディアを押し留めていた。
「ウィルは平気です。光球を、もう少し左壁に寄せてください。――ウィル!」
キーファの促しにリディアが光球を穴の内壁に向けると、壁面に沿い螺旋階段状になった足場にウィルがいて手を振っていた。
「今、助けるから!」
「いいえ、僕が行きます」
「コリンズ!?」
「先生は、みんなを見ていてください」
キーファが己の腰にファイバー原糸をまき、下りる準備をしていると、その肩を後に引く存在がいた。キーファと共にリディアが振り返ると、シリルが不敵な笑みを見せる。
「リディは、あいつらについててやんな。こっちは、私が下りるよ」
「ありがとう。お願い」
リディアは即答だった。シリルならば間違えはない、リディア以上にウィルを守ってくれるだろう。
頼りにしている元仲間に頼むと、キーファに大丈夫だと頷き返す。
「わかりました、俺はあちらに戻ります」
急降下してくる魔獣たち、その下にいるのは生徒だ。だが様子が怪しい。巨大な魔力が渦を巻いている。
その下にいるのは、王子のマーレン・ハーイェク・バルディア。
「ハーイェクはどうしたの?」
「わかりませんが、マーレンを説得します。難しければ、とりあえず彼を引きつけておきます、先生はみなの避難を。僕は防御魔法を使えませんから」
「ちょっと、コリンズ!?」
素早くキーファは身を翻し、騒動の中心へと向かってしまう。
慌ててリディアは彼を追いかけた。
***
「てめえら、どいてろ!」
マーレンの怒声が響き渡る。
周囲を渦巻くのは彼の魔力により引き起こされた暴風。
キーファに魔力は感じ取れないが、異様な気配に満ちている。
コカトリスが風に煽られて、羽ばたきながら暴れる。
どこにいたのかケイが姿を見せたと思えば、悲鳴をあげて蹲る。
「マーレン、止めろ!」
キーファが声を張り上げる。
「まどろっこしいんだよ、お前ら!! 全員死ねよ」
マーレンが、ケイを蹴り飛ばす。周囲の風がうねりを上げて渦をなし、竜巻をつくる。
「なあ、バケモン。俺様が遊んでやるよ」
人間を餌だと喜んでたかりにきていたコカトリス。
鶏の頭だが翼は別の生物のもので、高い飛行能力を持っている彼らは、マーレンの攻撃に怯えたように首を仰け反らせ、雄叫びを上げ一斉に飛び立とうとする。
その一匹の片羽がいきなりスパッと切り落とされる。
雄叫びを上げる鶏の魔獣。転がる魔獣の嘴が落ち、また他方では鶏冠がスパッと無くなった魔獣が絶命する。
あちこちに肉の塊が転がり、片羽だけで何度も砂地を掻く化物の嬌声は凄まじい。
砂埃が巻き上がり、吹きすさぶ凶暴な風にチャスやバーナビーが崩れた建造物に慌てて隠れる。
まだ息のあるコカトリスは動けず転がったまま、その身に繋がる巨大な蛇が鎌首をもたげて、憎しみの目で人間たちを威嚇している。
砂嵐の中から怨嗟の瞳で見つめ口を大きく開き、喉を不気味に鳴らす。
動けない蛇に、マーレンが狂ったように笑い出す。
「ははっはああああはっ。馬鹿めっ、動けねえのかよ、バケモンがっ」
飛んでくる風は殺傷能力のあるもので、人間達も切り刻もうとしている。外套で顔を隠すが、鋭い風は布地を切り刻んでくる。
「ケイ、シールドを」
「無理!! できないっ」
キーファの声に、ケイが半泣きで叫び返す。
風が、頬を、腕を切る。防護性の高いマントがあちこち切込みが入る。庇うように前に出たキーファにケイが腰にしがみつく。
「ど、どこに行くのさ!」
「マーレンを説得する」
「――は! 俺をどうするって?」
聞こえたのかマーレンが振り向いて手を翳す。と、風圧そのものが襲ってくる。
キーファが剣を横に薙ぎ払うと、キンという金属音が響いた。そして足元に、カミソリのような黒くて薄い刃が転がる。
「やるじゃねえか」
「マーレン、落ち着け。僕たちは敵じゃない」
「うぜえよ、避けられねえなら隠れてな。出てきたら容赦なくぶっ殺す」
マーレンの言葉と共に剃刀様の小さなものが集合し、黒光りする巨大な刀剣となり、マーレンを中心として放射状に広がり浮かび上がる。
狙いは、向かい合うキーファだ。
「ケイ、隠れてろ!」
「い、言われなくても」
思い切り背中を見せて、ケイは街の斜面を駆け上がりながら叫ぶ「ヤンは何してんだよ!!」




