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語られなかったその後を  作者: えくぼ


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番外編12【夫婦喧嘩はりゅうも食わない】

 ここはとある湖の近くにある社、その奥にある場所である。岩と木がまばらに点在するそこは常人が足を踏み入れること叶わぬ秘境。それもそのはず、なんせこの場所には――


「今日という今日は我慢ならねえ!」

「あんたみたいなガサツなオスに言われたくないね!」

「おーおー、そろそろどっちが優秀な個体か決めとく必要があるんじゃねえかい!」


 人ならざる怪物、その頂点に存在する巨大生物の声が響きわたる。何気ない仕草で地響きが起こり岩が砕ける。頑強な鱗に身を包み、金色の瞳と白亜のごとき牙が赤く染まった口からのぞく。

 この二体は龍と竜であった。龍は蛇のように細長く深緑の胴体に鹿のような角をしているが、竜はどちらかというとトカゲが二足歩行、つまりは恐竜などに近い。龍には翼がないが、竜にはあるなど見た目には大きな差がある。その二体が魔力の暴風を纏うようにして激しく言い争っていたのだ。周囲に動くものはおらず、飛んでいた鳥がその場を避けるようにして方向転換していく。

 しかしその内容は犬も食わない夫婦喧嘩であった。


 きっかけは些細なことであった。

 ものぐさで自由きままな龍ケヤキと几帳面で世話焼きな竜コロモは夫婦ではあるがその性分の違いからことあるごとに言い争うことがあった。

 ある時、コロモは失敗をした。失敗そのものはたいしたことがなかったが、その負い目よりケヤキにしばらく頭が上がらなくなった。そこからはしばらく小さなことは我慢を続けた。この前私もやらかしてしまったし、と。だがそれが何度も続くとだんだんと怒りは蓄積されていった。そしてそれが一定の基準に達すると爆発してしまった。

 とこう言うと深刻に聞こえるが、この時点ではまだ負い目を取っ払って元に戻っただけであった。だがしばらくコロモが怒らなかったことで少し調子にのっていたケヤキはいつもより強気に口答えをした。そこで口論になり、お互い引けなくなったのだ。


「ええい、じゃあこうだ! どちらがより優れたものを作れるかで勝負だ!」


 しかし両者は感情に任せて暴れるようなことはなかった。

 最後の境界線を踏み越えない理性、それこそが最強生物が最強のまま滅びず君臨し続けられる証である。彼らは自身の力との向き合い方をよくわかっていた。

 そんな二匹の喧嘩としてケヤキが持ち出したのは物作り対決であった。


「お題は衣服だ。一月後、人間を集めて判断してもらうぞ!」

「望むところよ!」


 なんとも平和な解決方法であった。



 ◇


 その日からケヤキとコロモは自らの作れる最高傑作について考えていた。

 竜と龍の違いについて、魔法の属性の傾向もあげられる。竜は炎と地、龍は風と水が得意になりやすいという。ケヤキとコロモもその傾向から逸脱していなかった。つまりはケヤキよりもコロモが炎と地の魔法が得意で、コロモよりもケヤキは風と水の魔法に秀でていた。

 相手の得意分野で勝負するのは馬鹿らしい。両者共に同じ前提があったことは必然であった。


 それから二匹は素材集めへと出かけた。山へ海へと飛び回り、現地の魔物を怯え脅かしていた。

 そして彼らは持てる技術を結集して同じ衣服を百揃えた。

 これはただ単に素材が余ったこともあるが、一着では判別がつかないこともあるからだ。偶然できた奇跡の一着ではなく、安定して作ることができるまでに習熟した技術でもって競うということもあろうか。


「ケヤキ様、コロモ様……我らを集めたのはいかなる御用でございますか……?」


 集められた村人たちの中から村長と思わしき老人が前に出てまるで許しを請うかのように問いかける。

 ケヤキとコロモが衣服の出来で勝負をすると説明すれば、皆一様に安堵の溜息をついた。


「私の作品はこれね」


 コロモが取り出したのは火鼠の皮衣と名付けられた。ファイアーラットと呼ばれる火山地帯に多く生息するネズミの魔物、その背中の皮をふんだんに使っている。


「もともと炎に強い魔物だったのを私が魔法で強化してあるわ。どんな炎魔法だって防いでみせる皮衣よ。私の翼と同等、って言えばわかるかしら? ドラゴンの炎でも燃えないってことよ」

「おおおお………」


 コロモの流れるような解説に感嘆の声が上がる。そして口々に褒めそやす。

 炎魔法が防げるともなれば、これは単なる衣服にとどまらない。もはや防具とさえ言えるだろう。だがこれはあくまで衣服である。魔石や魔法陣を刻み込んだ鎧とは違うのだ。つまり筋力がなく近接戦を行わない魔法使いや、速さが命の斥候職の冒険者にとってありがたい軽さなのだ。冒険者に売ればいったい幾らの値がつくかわからない。それだけの価値がこの衣にはあった。

 そして着てみてその心地よさにも驚く。


「しっかりと包み込んでくれますな……」

「暖かい……」

「防寒、防熱両方に対応してるから」


 そして今回集まってくれた褒美として、この皮衣を十ほど譲るといったところで村人たちは地に伏して礼を述べた。


「次はケヤキの番ね」


 ケヤキもまた自らの最高傑作と呼べる作品を取り出した。

 水色を基調として緑が、そして縁取るように金の糸が編み込まれた軽く透明感のある衣だった。


「水神の羽衣。これはな……なんと水中でもまるで空気の中のように動ける!」


 ケヤキがドヤ!と言い切ったあたりで村人たちの反応は実に微妙であった。

 しかし相手は龍。機嫌を損ねればここにいる二、三百の村人など一瞬で吹き飛ばせるのだ。彼らもその内心を悟られぬようにして羽衣を身につけた。


「ところで龍神様、この羽衣は水中で息ができるようになるのでございますか?」

「おお! それならば漁も楽に――」

「いや? 水の中で濡れない、動きが地上のままなだけでずっといれば苦しくなるぞ?」


 ケヤキのトドメに村人たちの評価は決まった。なんだ、欠陥品じゃないか、と。息ができないならたいしたことがないんじゃないのか? そんな風に侮った。

 どちらが良い衣だ? とケヤキとコロモに聞かれ、ほとんどがコロモの火鼠の皮衣に手を挙げた。パラパラと、申し訳なさそうに。それでも数人はケヤキの方を評価したが、数えるまでもなくコロモの圧勝であった。


 落ち込んだケヤキは不貞腐れて、こんなもの捨ててやるか……と返却された水神の羽衣をみて呟くと村人の中から一人の男が前に出た。


「お待ちください!」


 それは村人ではなかった。人間ですらなかったのだ。彼は獣人であった。一人武芸を極めて旅をするいわゆる冒険者に近い者であった。

 龍であるケヤキには何の獣人かはわからなかった。というよりは彼にとって獣人か人間かということはかなりどうでもよかった。大きさは同じぐらいだし、たいして強いのもいないならどれも同じようなものだ、と。

 獣人の言うことには、彼の親戚が海の底に住んでいると。海の底ならばその羽衣も役に立つのではないか。そんなことを言った。

 ならば、と他にも声をあげた者がいた。


「私は以前、海で溺れかけたところを人魚の方に助けられました。もしも喜んでもらえるならそれをかの海の底へと贈るのはいかがでしょう? コロモ様の方が評価されたとはいえその羽衣も素晴らしいものです。捨てるなんてとんでもない!」


 村人たちには水神の羽衣は無用の長物であった。役に立たないことはないだろう。しかし龍が作ったというだけでよからぬことを考える輩は出てきそうだし、その危険性を負ってまで使うほどの価値を見出せなかった。

 しかしさっさと売ろうとしてもどんな値段をつけていいのか分からない。安く売れば龍の衣を軽んじているかのようである。高く売っても、いったい買い手がつくのかどうか。

 ならば贈り物としてしまえばいい。箔だけはあるのだから。とそういう思考回路にあった。

 もちろん言い出した二人は、純粋に役立てるなら、という思いであったが。


 兎にも角にも、彼らの説得により水神の羽衣は海の底へと贈られた。


 ◇


 最後に付け加えておくとするならば、決してケヤキの水神の羽衣はコロモの火鼠の皮衣に負けてはいなかった。使われている技術も素材もコロモのそれとなんら見劣りするものではなかったし、それから遥か先の未来にレイルが証明するその隠れた有用性は皮衣よりも優れているかもしれない。

 何が悪かったかといえば時期と対象であろう。

 単純に少し寒い時期であったことで、着ていることがわからなくなるほどに軽やかな衣よりも、体をしっかり包んで防寒に役立つ皮衣の方が好まれやすかった。

 ケヤキが水神として湖の主になっていたことで、管理者である精霊との二重の加護がかかっていた。それによりその付近の村ではここ数百年、水害どころか水で困ったことがなかったのである。ケヤキの羽衣は水の害を減らすとあるが、水への恐怖が薄れ、むしろ水神が守ってくれていることから水を神聖なもの、味方としての認識が強かった当時の村人からすればあまり魅力的には映らなかったのだ。つまりケヤキは自分で自分の作品の有用性が正しく評価されない環境を作り上げていたことになる。


 勝負こそついたものの、ここまで差がつくとは思わなかった二匹。もちろんお互いの作品を認め合っているからこそ、勝ったはずのコロモでさえ腑に落ちない結果に。

 それからしばらく社の奥では落ち込むケヤキを「あんたのも凄かったじゃない」と励ます姿が見られた。

 仲直りするという当初の目的は達成されているのでめでたしめでたし、というべきか。

 それからこのいつまで経っても勝手気ままで子供っぽいところの抜けきらない伴侶にコロモも少しずつ付き合い方を覚えていく。

  首飾りをつけて帰ってきたケヤキにコロモがどんな反応をしたかとか、まだまだ語りつくせぬほどに彼らの夫婦の話はあるがそれはまた今度ということに。


 遠い遠い、とある龍と竜の夫婦のお話。

設定集でしか語られてなかった二人の夫婦喧嘩により生まれた、かぐや姫の話の「火鼠の皮衣」とアイテムボックスと並んで重要アイテムな「水神の羽衣」の話でした。

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