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語られなかったその後を  作者: えくぼ


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番外編11【狂気よどうか水面に映れ―上】

 世界のどこかに精霊の住む場所がある、という。

 元からあった花々が踏み荒らされることなく咲き誇り、谷と川と湖と森とひたすらに無機物と植物で形作られた自然の中に妖精たちがひらりひらりと舞う。

 そんな妖精の集落の、とある川のほとりで一人の妖精が泣いていた。


「あいつら……許さない……許さないから……!」


 木の実をぶつけられ、羽の端が汚れている。言葉こそ恨みのこもった強いものではあるが、半泣きで川で羽を洗い、唇を噛むその様子からは強がっていることがわかる。

 洗い終わり、近くにあった石に腰を下ろす形になる。柔らかな草をむしるように握りしめた。自然を尊ぶ妖精としてはあまり褒められた態度ではなかった。

 彼女の目の前でじゃぶじゃぶと川の水が盛り上がる。水が形をとるように、川の中から一人の精霊が現れた。透き通るような青、滑らかで潤いのある肌質の少女は魔力に敏感なものが見れば警戒するほどの魔力を持っていた。


「誰?」

「ウェンディーネって言うの」

「ウェンディーネ……」


 少女は教えられた名前を反芻する。その名前には聞き覚えがあった。水属性の精霊の中で今一番話題の精霊の名前である。次代の水精霊の長になるかもしれないと言われ、高い格で非常に強い力を持っているという。その精霊としての強さから初代水の大精霊ウンディーネの名を少し変えていただいたとか。

 ウェンディーネと名乗った精霊は慈愛に満ちた表情で少女に微笑みかける。


「そ。あなたは?」

「……ウタ」

「ウタ……やっぱりウタちゃんなのね?」

「わたしのこと、知ってるの?」

「お姉ちゃんから生まれた二世代目の妖精だって聞いてるわ」


 精霊には自然発生型の第一世代と、第一世代から生まれる第二世代が存在する。精霊と妖精の間に厳密な違いはなく、せいぜい背中に魔力の羽が生えているのは妖精だとか、人型で小さなものは妖精とかその辺りは本人の名乗りや発生、周りの呼び方で変化しているが、精霊の中に妖精と呼ばれる種類がいると考えてよい。


「ママにお姉ちゃん?」


 ウタには姉妹というものが理解できなかった。知識としては知っていたが、自分に姉妹がいないこと、そして周りに姉妹関係にある妖精なとわいなかったことでまるで姉妹についての理解がなかった。


「そうよ」

「どっちも第一世代なのに?」

「同じ場所で似たような感じで生まれて、仲よかったし、ね。だからお姉ちゃんに助けられたときに姉妹の契りを交わしたの」


 ウタは酷く驚いた。

 母はそんな強い精霊が姉妹とどうして自分に教えてくれなかったのか。そんな思いと共に目の前のウェンディーネを見つめた。

 ウタはこの時知らないが、ウタの母は強い者の身内だからといって自分が偉くなったわけではない、そういった分別のつくようになればウタにウェンディーネのことを教えるつもりだった。強い者の力を頼りきりになることを避けようとしたのだ。

 だがウタは母の心配を要らないと切り捨てるどころか全く逆の方向で立ち上がった。


「ウェンディーネおばさん、私に魔法を教えて」


 自らの力で生き抜く決意を共に、ウェンディーネに頼らないですむ力を欲した。



 ウェンディーネは迷った。

 姪であることもあり、魔力の親和性、属性の近似など教えるだけの下地は十分にある。教えることは不可能ではないというのはわかっている。

 彼女の懸念はただ一つ。妖精は年齢の概念がない。生まれたときから自我がはっきりしていても、生きた年月に対して幼い精神性を持つ者も多く、目の前のウタはそういうタイプに見えた。そんなウタに力を与えることになるのはどうなのか。力に溺れることはないか。

 だがそこで考え直す。姉は正義感の強い真面目な性格で、自分は非好戦的な性格である。その血を、というと少し違和感はあるがその娘、姪であるウタだ。大丈夫だろうと。ウタが自身の努力によって身につけると宣言しているのも大きかった。


「どうしてか、聞いてもいい?」

「あいつらを……見返すためよ」

「じゃあ約束。私との修行で身につけた力はその子たちに向けないこと。それが守れるなら教えてあげてもいいわ」

「そんな! どうしてよ!?」

「私はあなたが傷つかないために教えてあげたい気持ちはあるわ。でもね、誰かを傷つけるために教えるわけじゃない」


 ウェンディーネが名実共に水精霊の次期代表とさえ噂されるのには人格面で問題がなかったことも大きく関与している。


「いいもん! 自分で強くなってやるもん!」


 優しく諭そうとするウェンディーネであるが、ウタには届かない。

 ウェンディーネの制止を振り払うようにしてウタは飛び出してしまった。

 その日から二ヶ月、ウタが帰ってくることはなかった。




 ◇


 ウェンディーネがウタを見つけたのは森の中であった。

 かなり妖精の集落から離れた森には危険な魔獣も数多く生息している。妖精にとって魔獣は脅威ではない。攻撃さえしなければ魔獣は妖精を襲わないからだ。だから生まれたての妖精が他の妖精にまず学ぶことは、人や魔獣を見かけても攻撃しないこと、である。人なら隠れる、魔獣なら無視する。どちらにせよ何があっても逃げることをまず考えろと言われる。

 故にウェンディーネがウタを見つけた時の光景は異常と呼べるものであった。


「ウタちゃん……」


 大きな影が木々の間に隠れる。その直後、水でできた刃が枝を切り落として地面に刺さる。


「くそっ! くそっ!」


 薄茶色の体にまだらに黒の斑点がついて耳は三角、鋭い牙と剛毅な四つの足がついた魔獣を相手に息をきらして魔法を行使するウタがそこにはいた。巨大な猫、もはや虎とも呼べるその魔獣の名前はデモニアキャット。単独で森の主と言われる大型魔獣だった。

 ウタは息こそきらしているものの無傷であり、一方デモニアキャットは全身が切り傷だらけであった。ウタの魔法によるものだろう。ウタが一撃でも食らえば瀕死になることを考えれば、決して優勢であるとは言い切れない。

 時間をかければ血を流しているデモニアキャットが不利になるはず、なのだが、さすがの回復力。先ほどつけた切り傷の中でも浅いものはもう治りはじめていた。

 このままではいけない、と加勢に入ろうとウェンディーネが踏み出す。

 だがウェンディーネは動けなかった。殺気と共に魔獣からは威嚇の唸り声を、ウタからは威圧の魔力をもらってしまったのだ。一歩でも動いていれば両者の攻撃はウェンディーネへと的を変えたであろう。妖精と魔獣、わかりあえるはずもない両者の間には何かがあった。

 本来、精霊は戦いに慣れているはずもなかったのだ。魔法こそ巧みに操るが、それを使って命を殺めることなどまずない。

 ここでウェンディーネはウタのその素質に気がついてしまう。


「力を出し切れる……怯えない、怯まない……その集中力……」


 まだまだ魔法は拙い。かろうじて傷つけはすれど、致命傷を与えるには至らない。無駄な破壊も多く、大雑把なものだった。しかしそれを補って余りある何かがウタにはあった。


「我が呼びかけに答えよ、大いなる水よ。全てを委ねしその先に、我が剣となりて貫け」


 多くの魔法使いは詠唱を省略する。そのように鍛えていく。

 声に出すことができれば魔法の発動は安定するだろうが、途中で妨害されることの方が多いとか、単に遅いとかいろいろと理由はある。最大の理由は敵に魔法の内容と発動の瞬間を知らせてしまうことだろう。戦争で後方支援のみをしているならともかくとして、通常の戦いでわざわざ詠唱は行わないで済むように鍛える。ウタが唱えるのは独学で学んだ基礎中の基礎を荒削りのまま使っているからだった。

 そんな原石そのままみたいな魔法でウタは魔獣を倒してしまった。


「なによ」


 ウェンディーネはウタにぎろりと睨まれる。ウェンディーネは目を背けないようにしてウタの前に立った。静かな森の中、血の匂いだけが漂っている。小さな魔物は怯えきって近づきもしない。


「やっぱり足りない」

「何が?」

「魔獣と戦うだけじゃ足りない」

「魔獣はあまり魔法使わないものね」


 ここでの魔法を使う、とは炎や水といった形ある魔法を外に打ち出す行為だ。

 魔物でも魔法を使うモノはいる。しかし少ないのは事実だ。魔力を魔法として外に発生させるには想像力と集中力が必要である。体内で魔法を使って肉体強化するほうが手っ取り早いのだ。


「教えて」

「魔法を?」

「ええ」


 ウタは暗黙のうちにウェンディーネの出した条件を呑むことを承諾した。

 少しは心を開いてくれたのか、戦ううちに何か心変わりしたのか。どちらにせよ距離は縮まったようでウェンディーネは僅かに顔を綻ばせる。同時にウタの行く末を思い、気を引き締めた。かわいいだけの姪ではないのだ。


「厳しいわよ?」

「望むところよ」


 こうして二人は師弟関係となった。



 ◇

 その日からウタはウェンディーネについて修行を始めた。ウタの母親はウェンディーネというしっかり者の妹が面倒を見てくれるならば、と喜んだ。

 ウタの修行は苛烈を極めた。ウェンディーネはウタに厳しく当たった。自らの持つ全てをどれだけ伝えられるか競うようにして。

 ウタはみるみる強くなった。本来、水の精霊が得意とする水の浄化や流れの操作もだが、何より攻撃魔法が上達した。砂が水を吸い込むように。

 一年経ってもウタはウェンディーネに勝つことはできなかった。水の扱いそのものはウェンディーネの技量が卓越していたし、ウタに教えることでそれが完成したというのもある。だがそれは魔法を競い合った場合のもので、もしもウェンディーネとウタが肉体を持っていて、もしも殺しあったとしたら。そんな無意味な仮定ではあるが、その条件ならば負けるかもしれない、とウェンディーネは思っていた。それほどにウタの魔法は妖精の中で攻撃に特化していた。

 その頃にはウェンディーネは水の精霊の中で確固たる地位を築いており、自然とウタの名前も知られるようになってきた。あのウェンディーネの弟子、という肩書きは周りに舐められないのに十分であった。ウタをかつてからかい、いじめた輩も絡んでこなくなった。

 いじめっ子、その主犯以外の取り巻きたちは後悔、いや、いつ報復されるか怯えて暮らしていた。だがウタはそれを知らなかった。ウェンディーネ以外の実力者を知らなかったこと、力を振るうことを禁じられていたことで魔獣相手にしか戦ったことがなかったことがウタが自分の実力を理解しないまま育ってしまった。

 そこにウェンディーネの約束が拍車をかけた。『その力を魔物以外に向けないこと』この約束があったからこそ、ウタの強さへの執着はとどまるところを知らなかった。

 より強くならなければ、いついじめっ子たちが狙っているかわからない。誰よりも強くあらねば。誰もが恐れる絶対的な力を得れば、きっと奴らもからかうどころか見直すに違いない、もう馬鹿にされない、認めてもらえるのではないか。

 そんな風にウタが思い至るまでに長い年月はかからなかった。

 ウタはその暗く無邪気な承認欲求をウェンディーネにバレぬように隠し通した。


「そろそろね」

「何が?」

「精霊の儀、よ」

「あー」


 精霊の儀、とは精霊族が一人前だと認められる儀式である。それを終えた精霊は自らの性質に応じて担当する場所を決められる。土属性、木々の精霊ならどこの大樹だとか、炎の精霊なら火山の火口であったりだ。

 守護する場所がある、というのは野良であるよりも精霊の中では格上とされ、一種の勲章のようなものである。と同時にそれは精霊を縛る身分でもある。守護する場所を一度決めればそこから長い間離れられなくなるのだ。

 そこに住む野良精霊たちの長のような役割を果たすということもあり、どれだけ自然豊かで精霊の多い場所を任されるか競い合うのだ。

 精霊の儀では巨大な岩を囲んで順番に魔法を見せる。その技量を一つの判断基準とするのだ。


「がんばってね」

「うん。まあね」

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