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語られなかったその後を  作者: えくぼ


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番外編9【緋と金の】

生きてまーす

 長い通路を歩く者がいた。手入れの行き届いた金色の髪は滑らかに輝き、深い海のような碧眼は静かな光を湛えている。薄い唇、整った造形美の極致にあるような、その姿は見る者全てを惹きつけた。まだ幼さの残る少女の愛らしさと大人の風格の中間で揺れ動くような彼女の名前はレオナと言った。

 レオナは建物の奥、その扉の前に立つと深く息を吸って軽く吐いた。そして扉を静かに叩いて名乗った。返事を聞くことなくそのまま扉を開き、中へと入った。

 そこにいたのはアイラだった。アイラもまたレオナと同じほどの年齢ではあるが、身長はやや低く、その無愛想さの強い表情がレオナより幼く見せている。手には一冊の本があった。


「レオナちゃんか。レイルくんなら今日は帰ってこないよ。さっき出ていったから」


 レオナの目的を見抜いて端的に聞きたいだろうことを返した。アイラが座っていたのはベッドの上である。

 アイラのいるここは専らレイルの部屋として認識されており、ここにレオナが一人で訪ねてくる理由など一つしかない。アイラでなくとも予想はつくというものだ。


「それは残念ですわ。ギャクラから美味しいお菓子をいただいたのでお茶でもお淹れしようかと思ったのですが」

「そう。レイルくん、美味しいもの好きだしきっと喜ぶと思う」


 レオナに席を勧めながら言ったアイラに悪意はなかった。だからレオナもそれに気分を害することはなかったが、それでも少しだけ、自分の方がレイルを知っている、と言われているような気になった。


「美味しいものが嫌いな方もなかなか珍しいと思いますわ……アイラ様は本日もレイル様と同衾の日でらしたの? 羨ましいかぎりですわ」


 そして嫌みともとれるかどうか、といった少し自嘲のこもった羨みを向けた。


「前から思ってたんだけど……アイラでいいよ……友達でしょ? レオナちゃんはお姫様だから……結婚してからね」


 この言葉にレオナは目を丸くした。


「ではアイラ、と。この話し方は癖ですので抜けはしませんが呼び方だけはなんとかなると思いますわ。それにしてもアイラ……貴女ともあろう人がレイル様のことで負けを認めるなんて……珍しいこともあったものですわね」


 結婚してから。その言葉の裏には、レイルとレオナが結婚する可能性が込められていた。アイラはレイルを一番に、というのは出会った時からそうであったために恋愛方面でもまたそうだとレオナは思っていたのだ。それを自分以外の、しかもレイルと親しく、冗談では済まない相手に向かってそのことを口にする、というのはレオナにとって予想外のことだった。

 そんなレオナの返答にアイラはやや不機嫌そうにジロリと睨む。こうやってレオナを睨むのはアイラぐらいのものであった。その新鮮さがレオナは嫌いではなかった。


「別に譲ったつもりはないけど」

「でも私がレイル様と結婚したら同じように同衾を許されるのでしょう?」

「それはあくまで客観的な事実として。結婚がありえないとは思わないし。あと言っておくなら、同衾同衾って本当に一緒に寝ただけだからね」

「でもレイル様ももう結婚されてもおかしくないお年なのですね……」

「外から来たのは全部断ってるみたいだけどね。レイルくんなら一応貴族だったし、今はユナイティアの一番だし、勇者だし……」


 アイラが前向きだか悲観的だかわからないつぶやきの状態に入ったところでレオナが両の手をパンと打ち鳴らして雰囲気を変えた。


「やめときましょう、アイラ。やっぱり私たちがこの話をするのはあまり愉快なことにはならなさそうです」

「ま、レイルくんのことだから。好きでもない人間とは絶対に流されて結婚したりしないし、逆に好きならどんな障害でもねじ伏せるだろうから心配はしてない。信頼してる」

「私は外堀を埋めるので精一杯ですのに……アイラみたいな強さが欲しいですわ」


 レオナは何かを欲しがる人間ではない。それは望めばほとんどのものが手に入るからでもある。既に美貌を持っていて、地位も権力も金もある。本人は頭が良く、姫という立場でありながら政治に関わることさえできるほどには能力が高い。

 それほどまでに全てを持っているようなレオナではあったが、彼女が本当に欲しいものは努力や才能では手に入らない場所にあった。だがそれは欲張りさえしなければそっと転がり込んでくることもよく知っていた。そして目の前の赤い髪の友人がそれを手に入れる方法を最もよくわかっていることも。


 二人はそれでいて、自らの望む結末が来ることを信じて疑わずにいた。お互いに。


「一緒に学校で過ごした期間の方が長いのに、学校はあっという間で、冒険の方がギュッと濃かった、なあ……」

「私も、お話だけではなくて一緒に行ってみたかったの……ですけれどね……」

「今のレイルくんならどこでも連れていってくれると思うよ。頼んでみたら?」

「アイラ。淑女はあまり自分から頼まないものなのですわ。だからこそ殿方は聞かずとも女性の望みを察することができるようにならなければいけないと教えられるのです」

「レイルくんはそんなこと言わないよ。したいことはすればいい。自分だけでできないのなら言えばいい。ってそう言うよ」

「わかってませんわね、アイラ。でも貴女はそれでいいのかもしれません。同じように応対してくる小賢しい女ばかりだとレイル様もお疲れになるでしょう」


 そしてアイラとレオナは同時にふと気がつく。自分たちの共通点に。そして気がついたからこそ話題を変えた。


「そうだ、ガラスに魔導書専門店ができたんだって」

「それは素晴らしいですわね」

「魔導書ってどんなのだろうね」

「恋のおまじないとかも売ってるのでしょうか」

「恋の魔導書、ねえ。そんなのがあったら精神系統の高位術だろうから、神様やレイルくんが慌てて回収にいっちゃうかもね」

「違いますわよ。おまじないっていうのはもっと効果が効くかどうかもわからないような、そんなものですわ」

「わざわざ効くかどうかわからないものに高いお金を払って試すの?」


 そこはアイラ。レイルのせいで女の子らしい甘酸っぱいあれやこれやに手を出すどころか興味も示さず生きてきた。説明を受ければ理解こそできるものの、ピンとこないようだ。


「恋する女の子、はそういうものに縋りたいときもあるのだそうですよ」

「レオナちゃんはそれよりも早く外堀埋めるもんね」

「ギャクラではもう私はレイル様に嫁いだ扱いになってるかもしれませんわよ」


 レイルはそういう噂がたっても平気で放置している節がある。レオナはギャクラにいたシリカという元同級生もそのことを利用して縁談を避けていたと聞いたことがあった。


「でもこうして貴女と私が二人きりでゆっくり話すことは珍しいですわね」

「私たちはレイルくんで繋がってるからね……もしもレイルくんを通さず出会っていたら……友達にはなってなかったかもね」

「私は案外素直に仲良くなってたんじゃないかと思いますわよ?」

「そう?」

「そうですわよ。貴女の私相手でもズケズケと言うところや、誰相手にも怯まないのは元からの素質だと思っていますし……それにもっとあっさりと仲良くなっていたかもしれませんし、ね……」


 最後の言葉に残した含みの意味をアイラは察していた。

 アイラはふと考える。レイルと出会っていなかった自分のことを。もしも出会っていなかったらそれは自分ではないな、とすんなり想像を諦めるほどには人格形成の中に強く根ざしていた。


「無意味な仮定、だね」

「それについては同意ですわね」


 二人はしばらく何も話さなかった。レオナはそっと伏せるように部屋の隅に視線を走らせ、アイラは閉じた本の背表紙を指でなぞった。

 レオナは無言で持ってきたお菓子のうち幾つかを開けた。


「えっ? いいの?」

「言ったでしょう。お茶を淹れて食べてしまうつもりだ、と。何種類か用意したのですが、こちらは半日も放置すると乾燥してしまいますので。どうせならここで美味しいうちに食べてしまおうかと思いまして」


 そう言いながら手慣れた様子で持ってきた茶器に茶葉を入れた。そして用意した魔導具で水を発生させ、加熱しながら注いだ。単純ではありながら繊細な加減の必要なものである。使い手の技量が求められる上に高度な技術。魔導具としては一級品だった。まともな金銭感覚の持ち主ならばお茶を淹れるためだけにどれほどのお金が使われているのか頭の痛くなる光景だった。

 幸か不幸か、アイラはまともな金銭感覚どころか常識すら疑わしい人間であった。保存に気の使う茶葉は旅先では使えないとされているが、レイルたちと旅をしていたときは当然のように茶を飲んでいた。淹れたてを用意してもいいし、その場でいれることもできた。彼女の腕にある銀色の魔導具があればそれは可能だった。伝説に近い魔導具が何気なく腕におさまっているとは誰も思うまい。

 アイラのお茶をレオナが淹れた後は、アイラも淹れてみたいと言ったためにお互いのお茶を淹れあうということになった。交互にお茶を淹れてお菓子を並べて、すっかり女子会の様相を呈してきた。


「美味しい……さすが」

「私からすれば宮廷作法も家政も習わぬ貴女があれほど器用に淹れられたことが納得いきませんわ」


 アイラは魔導具を使うことは得意である。そして旅の途中で淹れた経験、合わせれば慣れているレオナほどとはいかずとも失敗の危なっかしさもなく熱々のお茶を淹れることができた。

 菓子をつまみながら、レオナの注意は赤色の小瓶に移った。


「ところでアイラ、その机の上にあるものはなんでしょう? 綺麗な赤色ですがお茶に入れるものでしょうか? それとも化粧品の類でしょうか?」

「ううん。竜の血」

「……聞かなかったことにしますわ」


 一滴が金貨幾らで取引される高級素材。薬品、装備品の素材、お守り、直接飲んでよし、魔導具の媒体から魔力から何まで上質なそれが無造作に置かれているとは思わなかったのである。


「たくさんあるから実験に使いたいって言ったらカグヤちゃんがいいよって」

「常識破りなのはレイル様だけではありませんでしたわ……」


 常識破り。その表現にアイラはわずかなズレを感じた。自分たちの歩んできた軌跡は確かに存在し、カグヤのそれから考えれば龍や竜と関わりがあったところでカグヤが常識を破ったわけではないからか。

 結局のところ、知らないから唐突に感じるのかもしれない。そんなことを思いながら新たな菓子の一つに手を伸ばす。

 世間一般ではそれこそが常識破りなのだが、何が起きてもおかしくない、そんな心構えで生きてきたアイラだからこそそのカグヤの数奇な運命もあっさりと受け容れてしまっていたのだろう。

 レオナはある感情を抑え込んだ。目の前の少女だけではない。レイル、そして共に旅した三人は、誰か一人だけでも莫大な利益をもたらす能力、可能性を持っている。だがそれを欲にとらわれ打算だけで近づいたその時、レイルは表面上は笑みを絶やさぬままに利用し合う関係として一歩離れてしまうだろう。利用する気概と心からの好意、その天秤が傾くことがないように。

 アイラがレイルにこれほどまでに信頼されている理由が、アイラがレイルの側にいることを利益としていて、逆もまたそうだから、だ。その場所に立ちたいと願うレオナはそれをよく見てきた。


「……改めて、理不尽さを感じますわ……」


 気がつけば随分と時間が経ってしまっていた。


「ではそろそろ」

「じゃあね。また」


 扉から出るその前に振り向いて一言。


「そうですわね、アイラ。私は貴女のこと、手放しで認められないかもしれませんが好きですわ」

「多分似たような気持ち」


 一応、二人の仲は良いのだろう。

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