番外編8【とある勇者のトラウマ】
ガラスの冒険者ギルドはいつも騒がしいが、今日の騒がしさは少しだけ違うところがある。幾人かの視線が一人の男に注がれていた。
その男は背中にハルバードを担いでいた。ただでさえ重く、迅速な判断と器用さに加えてそれを扱いこなすだけの力も必要であるハルバードだが、彼が背負うのは通常のものより大きく、重い。何より特徴的なのはその瞳と肌である。瞳は金色に輝き、中心は爬虫類を思わせる縦で鋭い。緑と金が混ざったような鈍い光沢な鱗が重なるようにしてところどころ肌を覆っている。
彼はテナー。先祖返りの竜人である。人間は様々な種族と子孫を残すことができる。かつて竜がもっと身近だったころ、人と竜が交わることもあったという。現在でも竜と人の子はいるのかもしれないが、確認はされていない。8歳の頃に徐々に鱗が生えてきて、10になる頃には今と同じほどにまでになったという。
その類稀なる身体能力と暴風のごとき魔法の才を活かして冒険者となった。いつしか半竜人、暴風などの二つ名がつき、勇者候補として認められるようになった。
勇者候補、それはいわば聞こえのいい鎖である。人並み外れた力を持つ者を野放しにして、戦争などの時に雇われたりすると被害が大きい。そうしたことがないように冒険者を勇者候補として認定し、軍事力としての運用をしない、という決め事を盾にするのだ。
その支援の采配は国によって、そしてその勇者候補によって大きく異なる。
ギャクラなんかは旨味の少ない勇者候補だと有名で、ギャクラから勇者候補が出たというときは酒の肴になったものだった。そう、だったのだ。
今でも彼のことは別の意味で話題になっているのだが。
テナーはおさまりの悪い木椅子に座りながら今日の活動を考えていた。
彼は別にもう無理に働かなくとも遊んで暮らせるだけの金を持っている。名誉も、そして正真正銘の勇者という肩書きもある。
それでも彼がこうして冒険者ギルドにいることに、前から彼を知ってる者たちは少し安堵している。
中にいた弓を携えた中肉中背の男と黒い柄の斧を持った青年が近づいてきた。
「テナーの旦那は世界を救ったってのに相変わらず気楽な格好だな」
「兄貴は防具なんざいらねえんだよきっと」
腕っ節が強ければ人気が出る冒険者において、わかりやすく強いテナーは羨望の的だった。
「ああ……まあ俺が一人で救ったわけでもねえっつーか……俺がいなくてもなんとかなっただろうしな」
「随分謙遜するもんだね」
そう言ったのは弾き語りを生業とする男だった。魔獣の頭部の骨に弦を張った楽器を持っている。
テナーは謙遜したつもりなどなかった。役に立たなかったとか、足手まといになったとは言わない。ちゃんと戦ったとは思っている。しかし重要な役割だったかと言われると困るのだ。もしあの戦いに主役なんてものがいるとすれば……
「いや、そうじゃねえんだ。お前らにも言っておきたいんだが――」
テナーは邪神と戦った時に見たとある人物について話そうとした時、ギルドの扉が開かれた。
そこに立っていたのは普通の青年だった。体格が大きいわけでも、筋肉で覆われた強靭な肉体なわけでもない。しかし装備は剣一本で軽装の前衛であることがわかる。服装が冒険者にしてはこぎれいなのが違和感を少し与える。
「ぷっ、なんだあれ。貴族の坊ちゃんが冒険者ごっこか?」
「護衛もつけずによくやるぜ」
昼間から酒を飲んでいた冒険者の二人が馬鹿にして笑う。
ギルド内には椅子と机が多くあり、休憩する場所としても人気がある。特にする仕事のない者が酒を持ち寄ることもあるのだ。そうした輩だろう。
しかしテナーはその冒険者を見て顔を青ざめさせた。
「おい! てめえら!」
制止しようと声を荒げたが、その制止が届くよりも前に一人がこんな質問をした。
「おい、名前なんて言うんだよ。聞いといてやるよ」
テナーはここでほっとする。彼が偽名を名乗る理由はないし、そもそも自分がここにいることを気がつかない相手ではない。
尋ねられた青年はこともなげに答えた。
「レイル・グレイだ」
同時にギルド内に爆笑の渦が巻き起こる。机を叩くもの、飲んでいたものをむせるものと反応は様々だが概ね信じられていない。
「ぎゃはははは!」
「本気かよ!」
「まさかあのレイル・グレイを名乗るとか」
「おい! 姿形が出回ってないからバレねえと思ってんだろうがよ。今ここには本物の英雄がいるんだぜ?」
「悪いことは言わねえ。やめとけやめとけ!」
その野次にテナーは頭を抱えたくなった。せっかく危機を回避したと思えば、状況は悪化しているのだから。
「なあテナーさん!」
「言ってやって……」
テナーがその男を青ざめた顔で真剣に睨みつけているのを見て、周りはようやくただならぬ状況にあると認識したようだ。
「テナー……さん?」
「いいか……てめえら、そいつは本物だ。絶対に逆らうな……」
テナーは何かを押し殺すように低く、抑えた声で忠告した。
その言葉にギルドにいた冒険者たちは一気におとなしくなる。
「おっ、テナーさんじゃん。久しぶり。邪神討伐戦以来だったっけ?」
「ああ、レイル。こんなとこでお前と再び会うとはな……なんの用だ。ユナイティアで忙しいんじゃねえのか?」
「いやー。忙しいからこそ一番移動と話が早くて身軽な俺が来たわけで」
物腰こそ丁寧だが口調は軽い。最低限の敬意とまるで友達に会うかのような親しげな様子で話しかけてきた。あくまで対等だと言わんばかりのへらへらとしたその様子は世界を救った英雄の一人には見えないが、それでもレイルと名乗ってテナーに向かってそのように接することが本物であることの証明だった。
「今はお前に釣り合う依頼なんざねえぞ」
「あははは。違うな。買いかぶりすぎというかなんというか。俺は依頼を受けにきたわけじゃねえ。ギルドに依頼を出しにきたんだ」
「ギルドに依頼? それこそ自前でなんとかできるだろうが」
「違う違う。ギルドそのものに依頼だ。ギルドを通じて冒険者に依頼を出しに来たんでもねえ」
「そういうことかよ……」
元来、依頼を受けて生計を立てるのが冒険者であり、勇者候補といえど似たようなものである。依頼を出す側なのは団体であり、貴族であったりだ。
それをこともあろうことか、ギルドに依頼を出すという。一冒険者の行動を逸脱していると言える。
それもそのはず。レイルはユナイティアの代表でもあるのだから。とテナーは自分を納得させる。
「ギルドに依頼……?」
と納得したものの、それでもわからないことはある。その依頼内容についてだ。
「幾つかあるけどな」
とレイルは先に行ってしまった。
後でわかることではあるが、この時レイルはギルドに「人間族以外の冒険者登録に関する規制の緩和」と「ユナイティアに冒険者ギルドの支部を置くこと」の二つを要求しにきていた。
テナーにはレイルの行動が、世界を救った勇者、というよりは国の発展に東奔西走する官僚などに似ているように見えて、その面倒くさそうな生き方を想像するとため息が出るのだった。
レイルが去ったあとで、納得がいかない冒険者がテナーに不服そうに話しかけてきた。
「レイル・グレイっていやあ、強いかどうかもよくわからねえのに何を解決したとかそんな噂ばかり一人歩きしてる奴だろう? 暴風ともあろうあんたが随分な言い草じゃねえか……」
「てめえらは邪神と戦ったあいつを見てねえからそんなことを言ってられるんだ……」
「最初とトドメ以外攻撃してねえって俺は聞いたんだがな」
「それは間違っちゃいねえが、少々悪意が混じりすぎてるな。お前、邪神大戦は多くの犠牲者が出たが、邪神そのものと戦ったところでは犠牲が出なかったのは知ってるか?」
「あ、ああ」
「何故だと思う?」
何故。そう聞かれて男は思わず「邪神が思ったよりも弱かったのではないか」とそのように言いそうになった。
そう考える者は少なくない。というのも、古来から強大な悪を倒す英雄譚で魔王などに挑むのは四〜五、少ないときは一人だ。魔物の群れは軍に任せて大元を叩きに少数精鋭で乗り込むというのもあるだろう。とにかく人数は少なく描かれている。
そうした英雄譚を聞いてきたこの時代の人々にとって、どんなに強大な敵でも英雄がそれぐらい揃えば倒せるのではないか、と思ってしまう。そんな先入観があったのだ。
実際、人間でも獣人でも一握りの英雄の資質を持つ者たちは怪物揃いだ。素手で岩を砕き、剣をふるえば魔物の群れが吹き飛ぶ。魔法で地形さえ変えるとくれば、負ける想像もできないわけだ。
そんな中、レイル・グレイがとったのは様式美も何もない集団戦だ。特に人間の中で英雄と呼ばれる者たちどころか、他種族からさえ強者をかき集めて挑んだ。
過剰戦力だったのではないかとさえ言われてもおかしくはなかった。
「邪神は強敵で、あの戦いは激戦だった」
「それは……やっぱ人数が多かったとか……」
「戦争において戦力差がいくらあっても激突すればそれに応じて死者は出んだろうが」
「じゃあ……何が……」
「あいつだよ。レイル、あいつが全ての攻撃を捌いたんだ」
「そんなこと、できるはずが」
できるはずがない。その言葉は続かなかった。テナーの目を見てしまったからだ。
「なあ、邪神の攻撃は一撃食らえば俺でもキツイ。そんな攻撃をまともに防げそうなやつ、どんなやつが思い浮かぶ?」
「えーっと、あんたより強い可能性があるのっていうと、光の勇者アランとか?」
「そうだな。邪神の攻撃をまともに剣で受けれたのはあいつぐらいだった。他の種族にも数えるほどしかいなかった」
「じゃあそれ以外は一撃でも食らえば戦えなくなるってことか?」
「ああ」
短い肯定を受け、男達は鳥肌が立った。一撃でも食らえば戦線離脱。そんな化け物相手にどれほど戦ってられるだろうかと。
逆に、そんな中でどうやってほとんどが無事に生き残ったのか。
「レイル・グレイは空間術を使えた。奴は攻撃を空間ごと捻じ曲げて防ぐことができたんだよ。だがそれだけではかわしきれないものがある。そうした奴を、受けきれる奴に押し付けていた」
「そんな真似っ……!」
「そうだ。受けさせられる側からすればたまったもんじゃねえ。だがな、邪神の攻撃を時折受けさせられるアランや他の奴は文句一つ言わなかった」
「それは……」
「レイル・グレイの采配は完璧だった。無理な攻撃はこねえんだ。ほとんどの攻撃はまず回避させられ、反応できるものだけ割振られる。それに、自分が攻撃を受ければ確実に背後を守れる。そういうのもあっただろうな」
「じゃあなんであんな悪評が……」
「それもまあ事実にゃ違いねえ。人質をあっさり殺そうとしたり、敵の部下を洗脳する指示を出したりする奴だ」
そして続けた。
「わかるか? 何をされてるのか、何をしているのかよくわからないままに、邪神の猛攻の中であいつだけが無傷だった。全てがあいつの手のひらの上のような恐怖が。あいつは英雄十人以上の動きと邪神の動きを全て把握して最適な動きを導きだしていた。そんな怪物に、知性と悪意があることを知った時の俺の気持ちがお前らにわかるか?」
先祖返りしたこの瞳は人一倍敏感で、よく見えた。長年の冒険者としての観察眼と、事前に聞かされていた作戦の中のレイルについての説明、それらを組み合わせ、照らし合わせて辿り着いた結論がレイル・グレイには逆らうな、だった。
「の、わりに俺らバカにしたのに平気でしたね」
「ありゃあお前らあれぐらいじゃ敵対とみなされなかったんだよ。命拾いしたな」
「そういうあんただって随分気さくに親しげにしてたじゃねえか。表向きは」
「あれはああいう奴なんだよ。対等に話されることを拒絶しねえ。王子様だろうが冒険者だろうが、魔族だろうが獣人だろうがあいつを対等に扱い、友好的に接する間はそいつに危害を加えない」
じゃあ俺らも仲良くできるのか? と至極もっともな疑問があがったところでテナーは一言「ただし」を付け加える。
「親しくなればなるほどにあいつはよくしてくれるだろう。頼めば何かしてくれて、何も言わずとも利益になるように動いてくれる。だがな、それはあいつを受け容れつづける相性あってのもんだ。アランはあいつとソリがあわなくて敵対したこともあるってよ。あの人格者が」
噂は噂だ、と割り切れるほどに評判と中身が違えばよかっただろう。悲しいかな、レイルはとった方法よりもその中身の方が自己中心的で卑怯な男だった。
「だから俺はあいつにへりくだらねえが、同時に敵対もしねえ。……お前らも今の生活が気に入ってるなら関わるこったねえ」
とテナーが締めくくったのであった。




