番外編1【初代勇者】
こちらに番外編を移動しました。
とある高校に須目極次という男がいた。彼は平凡な男であった。運動ができるわけでもなければ、勉学ができるわけでもない。かといってそれらを捨ててのめりこめるほどの趣味があるわけでもない。
そんな彼が、まさか異世界に召喚されるというとんでもない経験をしたのは現世においては数年前のことであるが、彼が、否彼らが召喚された世界においては何百年も前のこととなる。
そう、これから語られるのはレイルたちのいた時代の何百年も前のこと。
初めて諸国連合によってなされた召喚の儀式が行われ、それによって召喚された勇者が魔王を討伐したことにより初代勇者とか呼ばれた。
しかし彼らは一人ではなく、一つのクラス全員であるという話だったりする。
◇
ある日の朝、極次は一時限のその前に奇妙な浮遊感を感じた。ぐらりと体が引っ張られる感触と、そして何かが自分の行く手を遮るようなそんな隔絶を感じた。
気がつけば彼らは豪奢な王城で兵士に囲まれていた。周りにはクラスメイトが全員揃っていた。それどころか、偶然にも担任の授業の前であったために担任までいた。
困惑するクラスメイトと教師に、連合の代表が前に出て説明を始めた。
曰く。これは異世界と自分たちの世界を繋げ、特定の資格を持つ者を呼ぶための儀式であった。それによって呼び出された彼らは勇者であるはずだという。
曰く。こうして言葉が通じるのは、儀式にそういった術式が組まれていたからだという。神が言語に関する法則をいじってあるからなのだともいう。召喚者に対する配慮の一つであるらしい。
曰く。この連合国は海の向こうにある魔族の国と戦っていて、相手の魔王が強すぎるので勇者に助力を願いたいのだという。
彼らを召喚したのは、ガラスという国で、ガラスがあるこの大陸の西というのは幾つもの小国家が無数に集まっている地域なのだとか。
しかし、人間に敵対する魔族の活動が活発化し、彼らは身内の小競り合いに割く余力はなく、停戦協定を結んでいた。
そんな中、神は異世界から人を入れる時にその世界の不具合を直すことができるように特別な能力を与えるという伝承を思い出した魔導師が国にとあることを進言したのだという。
まるでおとぎ話のような世界に、多くのものが少なからず浮かれてもいた。ただ、数人を除いては。
連合国の代表者の一人が言った。
「勇者様には特別な力が備わっていると言い伝えられています。使い方はわかりますか?」
そんなものがあるはずがない。
そうほとんどの者が諦め、そしてそのことを伝えようとした時に一人の青年が喝采をあげた。
「おい! 俺らステータスがあるぞ!」
その言葉に召喚された誰もが耳を疑った。
兵士たちや国王たちは何のことかわからなかった。
しかし「ステータスオープン」と念じることにより、脳内にステータスが表示されたことで疑う者はいなくなった。
そしてクラスメイトにはそれぞれ、個性があり、ステータスとスキル、職業の三種類があった。
ステータスというのは持久力、筋力、魔力、俊敏、肉体駆動の五つに分かれていた。こちらは魔物を倒せばレベルが上がるとステータス欄に説明があった。
職業というのはスキルとステータスからどの行動に補正がかかるか、どのステータスが伸びやすくなるかの指標であった。
スキルというのは称号系スキル、技能系スキル、固有スキルの三種類のようであった。
最も多いのが技能系で、逆に少なく、扱いも複雑で分類が不可能なものが固有スキルであった。そして称号スキルというのは、常時発動型の人の運命に干渉するスキルであった。
そんなスキルと自分たちのステータス、そしてゲームのようにレベルが上がると聞いて男子生徒は色めきたった。喜んだのは男子生徒だけではなかった。技能系スキルの中には、裁縫や料理などの家事系スキルなどもあった。
固有スキル発動奇妙なものが多かった。空を飛ぶもの、人の趣味嗜好を変化させるもの、他者のステータスを閲覧できる者……中にはこんなスキルも。
<等式切断>
法則改変系スキル。存在と性質を切り離したりできる。例えば、剣=武器という等式を≠に変えることでそのスキルをかけた剣は武器として扱われず、王の前であろうが帯剣を許される。
制限はスキル保持者自身とその敵対者にはかけられないこと。そしてかけることができるのは単独の物にたいして。剣は剣でも一つの剣にしかかけられないし、全ての剣が武器として扱われるわけではない。1日の最高使用回数は100回。
それぞれが仲の良い者同士で自分のステータスを紹介しあったり、逆に自分のステータスを確認してからやたらと人目を気にしたりする者がいる中、一人だけが沈鬱な表情で言葉を失っていた。
そう、須目極次である。
彼は何度も確認した。頬をつねって夢ではないかとも思った。いやしかし、本来ならばないのが自然だ。何度も原因を予想したりしては首をひねる。
そしてようやく認める。
「俺のステータスにはスキルも、そして職業もない。ステータスは貧弱だ」
彼のステータスは人並外れて貧弱なわけではなかった。おそらくは一般人の平均よりも弱い程度である。しかし、周りのクラスメイトや教師は全員、兵士を凌駕するステータスを得ていた。
そして職業、???などと書かれていればまだ期待ができるものの、何もない空白であった。
誰もが技能系スキルを最低でも三つ、多い者は八も持っているというのにそれさえない。固有スキルしか持っていない者や、固有スキルと称号スキルなどの強者もいる。しかし彼にはなかったのだ。
まっさらなステータス欄を見て彼は心が折れかけた。
そんな彼を支えたのはクラスメイトであった。
これがバレたら役立たずだと思われるのではないかと恐怖した彼の心を少しずつ動かし、それでいいのだと思わせるまでにしばらくの時を要した。
そして連合側はクラスメイトたちに紳士的な対応を心がけていた。
召喚した日はパーティーで歓待し、それぞれに個室を与え、訓練を受ければ無理に魔族と戦うことを強要しなかった。
ある意味では最も効果のある懐柔方法であった。無理に贅沢を押し付けるのではなく、ある程度の自由や選択幅を与えつつも、ガラス連合につくしかないとさえ思わせるように。
勇者たちと国側の関係は非常に良好であったと言えよう。
◇
そして城での訓練や基礎知識の習得を終えた後は、個人で旅に出る者と城で後方支援に従事する者や遠征に出る者に分かれた。個人で旅に出る者は固有スキル保持者が多かった。固有スキル保持者の半分がそうした旅に出た。
極次は自然と遠征についていくことを選んだ。
最初は止めた者もいた。
「なあ、ここで戦うための力もつけなかったら本当になんのためにいるのかわからなくなっちまいそうなんだ。きっと守られることも多いと思う。だけどさ、こんな弱っちいのにもできることがあると思うんだ。ダメか?」
悲壮感さえ漂う極次のそんな言葉に、覚悟に言い返すことのできる者はいなかった。
遠征組は約三分の二、それだけの勇者が揃えば極次を守ることはできた。それに、極次自身も鍛錬を通して兵士程度の動きはできるようになっていた。
しかしそこでもまた、極次は一つの壁にぶち当たる。
魔物を倒そうとも他の者に比べて全然レベルが上がらないのだ。上がったとしてもステータスの伸びはほとんどない。
具体的に例えるならば、兵士が鍛錬で上達する速度よりもやや遅い程度である。もちろん、レベルによる伸びと本来の伸びが合わさり、いつしか一般兵士よりは強くなっていた極次であるが、同級生との差は開く一方であった。
どれだけ努力を重ねても、その過程をすっ飛ばすように周りが強くなっていく。
料理も、解体も、スキルのある者には敵わない。
それでもなお、死に物狂いでくらいついた。
彼らは数多の死線を共にくぐり抜けていった。
底なし沼に沈みそうになったり、アルラウネや魔樹木に養分にされかけたり、巨大蜘蛛の巣にかかったり、その度にそれぞれの能力や機転を活かして進んだ。
国に言われたからではない。
いつしか国の兵士は見張りから外れ、自分たちで遠征にいってはその結果を報告しにいくようになった。
魔族との戦争があれば出向き、そこで華々しく戦い、そして勝利をおさめた。
時には失敗もした。魔物の群れを撃退した後、魔物の死体が媒介した伝染病によって滅びかけた村もあった。
そんな時に、助けられなかった人の家族から聞かされる「ありがとう」ほど辛いものはなかった。
彼らはもう、魔王と関係なく勇者であった。
そしてとうとう、魔王と戦うその日がやってきたのだ。
◇
魔王は強かった。魔王の肉体には悪神の魂が入っていたのだ。その圧倒的強さによって、鍛錬を組み重ねた勇者たちは次々と倒れていった。魔法も、武芸もまるで次元が違った。
武芸に優れたスキル、バランスのとれた称号、一見反則的とさえ見える固有スキルも全てがなすすべなく真正面から打ち破られた。
しかも手加減されたことで、誰一人死んですらいなかった。気絶したり、腕を落とされたりはしているものの、かろうじて息はある。
「たわいない。勇者というのはこんなものか」
全ての力を十全に使いこなせる悪神、そこに最強の魔王の肉体が加わったことで起こった結末。
黒いマントの下にいかめしい甲冑を着込んだ魔王はゆっくりと歩いてきた。
「後は貴様だけだな。と、いうよりは最も弱い貴様を残したのだがな」
誰もが膝を屈し、剣を折られて戦うことのできない中、たった一人残されていたのは極次であった。
絶望を与えるためだけに、弱い極次を残していたぶろうというつもりらしい。
極次はこの世界に来てからずっと、自身の無力さに嘆き続けていた。
そんな時、まだ意識のある男子生徒の一人が自身の持つナイフを極次に渡そうとした。
「おい、今更なんなんだよ……無理しなくていいから……」
行動の意味がわからず、血を吐きながら喋ろうとする彼を止めようとした。
悪神は面白がってそれを進めた。
「いいだろう。所詮死にゆくもの。末期の言葉ぐらいは交わす猶予をやろう」
彼は固有スキル保持者であった。固有スキル保持者で残った半分の一人である。彼の能力は等式切断。その特異な力を使いこなしてこれまでの戦いの様々な部分でクラスに貢献してきた。
「なあ、俺の切り札……お前に託そうと思うんだ」
「どうして自分に使わなかったんだよ!」
「これは、俺が使う切り札じゃなくって託すことで切り札に"なる"んだ」
「わけわかんねえよ!」
「俺のナイフに能力を"付与"してあるんだ。このナイフを使えばお前も俺の能力を使える。そうしたら、俺の能力の制限である『自分には使えない』って項目を無視できるんだ」
そう言うと、彼は自身の能力が自分のものだという等式を切り離す。
これをすれば、二度と彼の元には能力が戻らない。
しかしこれで彼以外に能力が使えるようになる。
「悪かった……本当はこの能力はみんなに向かって使うべき能力だったんだ。俺が、俺がこの能力さえあればなんでもできるはず。周りを強くする必要なんてないって驕ってたから……」
「いい。もう喋るな……わかったから」
その言葉を待っていたかのように、彼はナイフを渡して意識を手放した。
ナイフを手に取ると、力の使い方が極次の頭の中へと流れ込んできた。
「もう終わりか?」
「ああ。お前がな」
「その能力は我には通じなかったのだろう。今更貴様が手にしたところで何ができる」
「この能力の本来の使い方があるんだよ」
そう言うと、能力の付与されたナイフを自身につきたてる。
不思議と痛みはなく、自分の中で何かの切られる感覚だけがする。
「お前に勝てるなら、俺は人間をやめてもいい」
そう。彼は自分の性質で自分を人間と定義するようなものを全て切断した。
人間には筋力の限界があるとか、空は飛べないとか、そういった能力的限界から概念的な限界さえも取っ払う。
まさに法則改変系スキルの真骨頂とも言える使い方によって自身を飛躍的にパワーアップさせたのだ。
今まで制限されていたかのような、他の誰にも負けるその低ステータスから全くない適性まで全ての性質がひっくり返って逆転した今、彼は異常とも言える力を有していた。
「貴様……なんだその力は!?」
「わかんねえよ。ただ、なんとなくこうして使うもんだって流れ込んでくるんだ」
こうして、極次は人間をやめた。
◇
激闘の末、悪神を倒した極次の元へと現れたのは神であった。
誰もがひれ伏すような神々しさと光に包まれた神が言ったのは、信じられないことであった。
「だからあなたを止めようとしたのに」
「どういう意味だ」
「あなたが本当の勇者です。あの術式は世界への適性が高い者を喚ぶためのもの。しかしあなたの力が強すぎた。だから私たちは話しあって、あなたをこの世界に来させないようにとしようとした」
極次が最初に感じた隔絶の正体が明らかになった瞬間であった。
「の、わりには俺らは召喚されたわけだけど。どころか俺が一番弱えんだけど」
「あなたを止めようとしたのですが、あなたの適性が高すぎて止められなかったんです。そして止めようとした弊害で、あなたに近い人間をまとめてこちらに連れてきてしまった」
「じゃあこいつらは全員巻き込まれたってことかよ」
「ええ。そして貴方に宿るはずだった力はクラスメイト全員に分割された。あなたの本来の力は法則改変。そのちゃっちい能力なんかよりもずっと格上の力。あなたがここにくる直前に、あなたはあなたの無意識のうちに世界にあるルールを押し付けた」
「なんだそれは」
「あなたたちが享受している、力の鍛錬構造のこと。魔物を倒せば力が上がる、というのはあなたがおそらく無意識のうちに望んでいたこと。努力が見えて形になる、そんな世界をあなたが望んでいたからあなたの仲間とあなたはそういう法則となった」
気がつけば周りにいた仲間の傷が消えていた。しかし誰もが起き上がってくる気配はない。
「おまけです。しかし封印されていた能力を解放してしまったあなたには来てもらいます」
そう、極次は等式切断の能力を鍵として自身が分けて封印してしまった能力を目覚めさせてしまったのだ。
「どこにだよ」
「今のあなたはもう人ではない。よって神の一人として天界へと迎え入れる」
極次は目を丸くした。しばし逡巡したが、ここで断った時の未来を想像して答えを出した。
「はーあ、わかったよ。じゃあ最後にちょっとさせてほしいことがあるんだけどよ」
極次の言葉を聞いて、それなら構わないと神は答えた。
もともと神の側の失態で迷惑をかけているのでそれで流してほしいとも。
「そうか。ならいい」
彼はそっけなくそれだけ答えた。
◇
極次は皆に別れを告げた。
突然のことに誰もが躊躇い、極次に様々なことを聞いた。
極次は隠すことなく全てを語り、その上で残ることが人間をやめてしまった自分の義務だと言った。
二人の人間が責任を感じた。一人はクラスメイトを巻き込んでしまった極次。彼のせいではないが、しかし自分がいなければと責めずにはいられなかった。もう一人は固有スキル等式切断の保持者。彼は自分がその能力によって極次を追い込んだと自分を責めた。
そして最後は誰もが非現実的な現実を受けいれて神と極次によって元の世界へと戻されていった。
極次はその後、世界がもっと平和になるようにと自身の法則操作の力で言語を統一した。
そしてそれを突然の出来事ではなく、初代勇者が何年もかけてしたようにと人々の意識に刷り込んだ。
そんなことをしたものだから、初代勇者の資料は辻褄のあわない部分が出たり、クラスメイトであったことがわからなくなったりして自然とその功績は一人のもののように混同されていった。
魔王は悪神の憑いていない、優秀な魔族がついたことで魔族国家も一つの国家としてだんだんと発展してきている。
「あっ! しまった!」
「どうしたのですか?」
「どうして日本語で統一されてんだよ!」
「あなたが精神干渉がまだまだ未熟だから自分の知る言語に全員を統一してしまったのでしょう」
「聞いてねえよ」
「というより当たり前じゃないですか。何も考えずに自分の知らない言語に統一できると?」
「まあいいか。次に来たのが日本人か日本語を知ってる地球人なら楽になるだろうし」
「はあ……言語統一だけでもかなりの譲歩だったんですけどね」
こうして極次は神として天界の住人の一人となったのである。




