第50話 3階層攻略
不敵な笑みを浮かべる男が、フロアの出口を塞ぐように立っていたからだ。
その後ろには、十人近い生徒が控えている。
(……誰だ?)
少なくとも1組の生徒ではない。
5組の生徒たちも訝しむように男を見ている。
「ぁ……」
そんな中、三枝が反応を示した。
2組の生徒とほぼ交流がないはずの彼女だが、顔くらいは覚えていたのかもしれない。
「ん……? お前、三枝だったか? ……ってことは、ここにいるのは1組の生徒ってことだ」
この男が口を開く度に、場の空気が重くなっていく。
強者特有の威圧感とでも言えばいいのだろうか?
持って生まれた資質――強いカリスマを感じる。
だがそれは、勇希や大弥、扇原たちのように、人を導いていく力ではない。
そう感じたのは、男に付き従うクラスメイトたちに生気がないからだ。
彼らの瞳は虚ろで、意思のない人形のようだった。
「初めまして。
私は1組の九重勇希。君は2組の生徒なの?」
勇希は憶することなく、男に話し掛けていた。
「……ああ、お前らに世話になった2組だ」
挑発的……いや、好戦的な笑みを男は浮かべる。
こいつが口を開く度に、俺の警戒心は強くなっていく。
「世話って……なんのこと?」
「おいおい、忘れてんじゃねえよ。
1組には、面白いことを考える奴がいるみたいじゃねえか」
面白い――というのは、三枝を引き抜いたことについて言っているのだろうか?
「3階層に入ってからずっと探してたんだ。
お前らに借りを返してやろうと思ってな」
その言葉のあと、男の背後に立っていた生徒たちが武器を構えた。
「なっ!?」
「――やれ」
男の命令に従うように、2組の生徒たちが一斉に襲い掛かってきた。
まさかの戦闘行為に皆の反応が遅れる。
「――全員、応戦しろっ!」
俺は叫びに反応して、皆が武器を取り出す。
迷いなく2組の生徒は俺たちに武器を振り下ろした。
「お前ら、何が目的だ!?」
叫んだのは加原だ。
だが、その疑問に答える者は一人もない。
男に従う2組の生徒たちは全部で8人。
彼らの目は虚ろで意思を感じさせない。
だからこそ、モンスターと戦う時以上の狂気を感じた。
「クソがっ! そっちがその気なら、やってやるよっ!」
襲い掛かって来た2組の生徒たちに、野島は欠片の躊躇もなく応戦する。
――ギン! と激しい剣戟が響いた。
2組の生徒は、明らかに野島に致命傷を負わすつもりで剣を振り下ろしていた。
「どうして、なんで生徒同士で……」
勇希は武器すら構えることなく呆然と佇んでいる。
「勇希、戸惑ってる場合か!」
「……で、でも……」
自分の行動を決めかねている勇希。
だが、相手は待ってはくれない。
「ああああああああああっ!」
絶叫が聞こえた。
2組の生徒の一人が、勇希を狙い剣を振る。
明確な殺意を伴う一撃に彼女は身体を硬直させた。
既に防御魔法は間に合わない。
一瞬の判断――いや、既に身体は動いていた。
「っ!?」
俺は勇希に飛び掛かり、そのまま彼女を突き飛ばし地面に倒れ込む。
背中を切り裂かれたのか熱い感触を感じたが、致命傷には至っていないだろう。
「大翔くん!?」
勇希が心配そうな顔で俺の名を叫んだ。
俺は即座に勇希を立たせて、次の敵の攻撃に備える。
「戦わなければ俺たちがやられる」
「っ……」
小さな悲鳴が勇希の口から漏れた。
それは俺の受けた背中の傷を見たからだろう。
俺の立っている場所に、ポタポタと血が垂れていく。
目前にいる剣を振った相手の刃には、赤い血が伝っていた。
「あ……こ、これは、おれは――違うっ!?」
剣を振った男は脅えるように、剣に付いた血を見て小刻みに震えている。
自分が人を殺し掛けたことへの恐怖を感じたのかもしれない。
男が後退るのを確認しながら、俺は勇希に声を掛ける。
「わかっただろ、今、目の前で起こっているのは殺し合いだ」
どれだけ強い正義感を持っていたいとしても、不可能なことはある。
この戦いは言葉や想いだけでは止められない。
力のない正義に従う者などいないのだから。
「――ごめん、大翔くん」
言いながら勇希は、治癒魔法を俺に掛けてくれた。
大した傷ではなかったのか、直ぐに傷は癒える。
「わかってくれたなら――」
「私、迷ってる場合じゃなかった。
2組の生徒が従うしかないなら、彼を止めれば――」
言って勇希は走り出した。
「勇希!?」
彼女は一目散に戦いの火蓋を切って落とした男に向かっていく。
まさかあの男を説得するつもりなのか?
無茶だ――いきなり殺し合いを始めるような相手だぞ。
対話することなど不可能だ。
向かって行く勇希を見て、好戦的な男は笑う。
そして何かを口にした。
直後――円状の黒い影がダンジョンの中に複数出現する。
その中から呼び出されるように、次から次へとモンスターが召喚された。
「なっ!? この状況でモンスター!?」
こんな異常事態にも関わらず、2組の生徒たちは動揺していない。
まるで最初から、こうなることを知っていたみたいに。
(……まさか?)
偶然ではないのか? 魔法、もしくはスキルによる力?
(……あの男がやったのか?)
その証拠にモンスターたちは動き出そうとはしない。
まるで主からの命を待っているかのようだ。
「殺せ」
再び男が口を開いた。
同時に――勇希に向かって複数のモンスターが走っていく。
(――やはり、こいつの力なのか!?)
襲い来る魔物を迎撃するために、勇希は武器を構えた。
だが、敵の数が多すぎる。
「――炎の矢!」
俺は勇希を守るため、全力で魔法を放つ。
無数の矢がモンスターを貫き一瞬で消滅させた。
「ほう……一撃か」
感心したような声が響くのと同時に、男は初めて俺に興味を示した。
「だが……」
一体一体の強さは大したことはないようだが……影の中から再びモンスターが出現する。
間違いない。
あいつはモンスターを召喚する力を持っている。
万一、制限なく召喚が可能なら戦うだけジリ貧だ。
「此花!」
「了解!」
此花は駆け出して扉に向かった。
だが、階層攻略を防ごうと、モンスターたちが一斉に彼女に押し寄せる。
「――う、嘘でしょ!?」
「構わず走れっ!」
俺は此花を守るために、炎の矢を連射する。
消滅と召喚が繰り返される中――俺は残り魔力を確認した。
ステータス画面には82/210と表示されている。
まだ戦闘を続けることは可能だが――決して余裕があるとは言えない。
「鷺ノ宮、加原――襲撃者の件は後回しだ! そっちも脱出しろ!」
それが今できる最善の行動だ。
「くっ……この状況ではやむを得ないか」
俺の言葉を受けて、5組も撤退を決めたようだ。
そして此花を追うように美鈴が駆け出した。
『1組の生徒が4階層に繋がる扉を発見しました。
よって1組は第3階層攻略完了となります』
ダンジョン内に放送が鳴り響く。
続けて美鈴も扉に触れた。
『5組の生徒が4階層に繋がる扉を発見しました。
よって5組は第3階層攻略完了となります』
あとは転移するまでの時間を稼ぐだけだ。
「……逃げ切ったか」
つまらなそうに男は呟く。
すると地面にできていた円状の影が消えた。
「覚えておけ。
次の階層でも狩りは続ける。
まずは1組――お前らを潰す」
今回で終わりではない。
クラス間抗争――その宣戦布告だった。
「狩り……? なんで、そんなことを……――あなたの目的はなんなの!?」
怒り混じりの叫びを上げる勇希を見つめながら、男は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そんなの決まってんだろうが。
退屈なこの世界を楽しむための――」
暇潰しだ――と、確かにそう聞こえた。
だが既に確認する術はない。
俺たちの強制転移は完了していたのだから。




