第48話 共闘
※
大翔たちが行動を再開した頃。
3階層では複数のトラブルが発生していた。
「グガアアッ!」
ゴブリンたちは狩りを楽しむように一人の少女を追い掛けている。
「いや! やだぁ――」
恐怖に表情を歪めながら、ダンジョンの中で逃げ惑っているのは――1組の七瀬奈々果だ。
七瀬は一人切りで仲間の姿はない。
(……なんで、なんでアタシがこんなことに――)
心に渦巻く感情は後悔と苛立ち。
パーティでの行動中、前衛を務めていた彼女は、転移の罠にハマり孤立してしまったのだ。
さらに追い打ちを掛けたのは、転移先で複数のゴブリンが待ち構えていたことだ。
冷静に立ち回れば勝機はあっただろう。
だが、罠に掛り激しく動揺していた七瀬にそんな余裕は欠片もなかった。
結果――逃げ惑いながら無鉄砲に魔法を放ち、自らの窮地を招いている。
(……やだ、やだやだやだやだ! 死にたくない! 死にたくない!)
希望に溢れていたはずの高校生活――幼馴染の少女と同じ高校に入学できた。
きっと、楽しい毎日が過ごせるはずだった。
(……こんなはずじゃなかったのに!)
友達をいっぱい作って、みんなで遊びに行って、したいことはいっぱいあった。
中学でやっていたテニスも、高校ではもっとがんばりたかった。
お父さんや、お母さんに……親孝行だってしたい。
まだ恋人だって作ったことないのに……。
七瀬の視界が涙で歪む。
そのせいで前がよく見えなくなって――。
「――っ!?」
焦り過ぎていたせいで、足が縺れ――そのまま地面に倒れ込んでしまう。
「ぁ……あああっ!」
直ぐに立ち上がろうともがく七瀬に、ゴブリンが飛び掛かった。
そして彼女に馬乗りになって、暴れる身体を押さえ付ける。
「ヒィ――」
上がったのは声にならない叫び。
七瀬の視界には棍棒を振り上げるゴブリンが映った。
ニヤッ――と小さな鬼が笑う。
その顔は恐怖する七瀬を楽しんでいるようだった。
(……こんな化物に!)
終わりを覚悟しながらも、七瀬の心は怒りに震える。
(……ここで死ぬとしても、ならせめて――)
一体くらいは道連れにしてやろうと、平凡な少女が捨て身の覚悟を決めた――その時だった。
「――氷槍」
「グガッ!?」
刃物のように鋭利な氷柱が――ゴブリンの胸部を貫いた。
それは七瀬が使った魔法ではない。
「獲物発見~! テメェら、さっさと仕留めてこい」
七瀬はその声を知っていた。
命令に従うように、数人の生徒がゴブリンに襲い掛かっていく。
(……アタシ……助かったの?)
生徒たちが戦っている様子を、夢のように呆然と見つめる七瀬。
「もしかしたらって思ってたけど、やっぱり奈々果じゃん」
背後から声を掛けられて、七瀬は振り向いた。
「……ゆ、友愛」
「よ。死ぬとこだったみたいじゃん」
立っていたのは七瀬の幼馴染である柊友愛だった。
助かった感激と幼馴染との再会。
それは七瀬にとっては奇跡にも等しい出来事。
「友愛~~~~~~!」
「っと……急に抱きつくんじゃねえし」
うざそうに柊の声……だが、七瀬はそれでも嬉しかった。
「だって、だって……助けてくれる人がいるなんて思ってなかったから」
「そ……なら、アタシに感謝してる?」
「してる。めっちゃしてる! それこそ今なら、なんだって頼みを聞いちゃうってくらい!」
「へぇ……」
この時、七瀬には柊の顔は見えていない。
もし見えていたのなら――また違った結果を生んだかもしれない。
「奈々果って確か1組だよね?」
「……そうだけど?」
「ならさ、ちょっと頼みがあんだけど……」
そう口にした柊友愛の表情には、抑えきれない狂気が浮かんでいた。
※
扇原たちと別れた後、俺たちも3階層の探索に戻った。
「……この階層で、久我くんを襲った犯人を見つけられるといいんだけど」
「でもさ~、ココノエ。
もしオウギハラが言っていたみたいに、襲撃者が変身能力を持っていたら特定は難しくない?」
此花の言う通り、犯人の発見は容易ではないだろう。
姿を変えた放題なのだとしたら、手の打ちようがない。
「その場に同じ人が二人いるなら話は別だけど、そんな状況を意図して作り出すのは難しいよね」
「……作れたとしても、見分けがつかねえじゃねえか?」
見た目だけならまだいい。
気になるのは能力の具体的な効果だ。
もしも性格や声まで変化するのだとしたら……あまりにも質が悪い。
使う人間次第じゃ、最凶の能力になりかねない。
勿論、使用者が人間だと決まったわけではないし、そもそも久我の記憶違いという可能性もある。
情報の少ないこの状況では、3階層の扉を見つけることを優先するべきだろう。
その間にボスを討伐できるなら理想的だ。
犯人の特定はそのあとで構わな――
「くそっ! なんだって言うんだ!」
「先に仕掛けて来たのはお前らだろっ!」
男たちの喧噪がダンジョンに響く。
スキルで複数の気配があるのはわかっていたが……。
「これって、生徒同士のトラブルなんじゃ……!?」
勇希に言われ、嫌な推測が頭に過った。
もしかしたら既に、久我以外の生徒も変身能力者の襲撃に合っているのではないか?
それが原因で生徒間の大きなトラブルに発展しているのではないか?
首を突っ込むかはさておき、何が起きているのか知っておく必要はあるだろう。
「――雷撃!!」
この先にいる生徒が魔法を使ったのか、ダンジョンの通路に眩い光が走る。
(……まさか)
人間相手に魔法を使ったのか?
それを確かめるべく、俺は足を速める。
進んだ先で膝を突く生徒が見えた。
さらに数名の生徒が争っている。
喧嘩……などという生易しいものではない。
「……う、嘘でしょ……どうしてこんな……」
武器を持った生徒同士の殺し合い。
その光景に三枝は大きなショックを受けたようだ。
「止めないと!」
勇希が駆け寄って行く。
初めて顔を見る生徒たちだが、死者が出る前に止めるべきだろう。
モンスター相手に犠牲者が出るならまだしも、人が人を殺せば大きな禍根を残す。
勿論、バレなければ――それを完璧に隠蔽できる手段があるなら話は別だが……俺たちのような目撃者がいるこの状況では、それは不可能。
この閉鎖的な空間で憎しみが広がれば――本当にクラス間抗争が起きかねないだろう。
「戦いをやめて! 何が原因でこんなことになってるの!」
抗争を止めるため、勇希が声を張った。
だが、どちらのパーティも武器を下ろそうとはしない。
「探索の途中で、こいつが攻撃を仕掛けてきたんだ」
「だから、おれは何もしらないと言ってるだろっ!」
「嘘吐き! こっちは怪我人だって出てるんだからね!」
不意打ち――と聞いて、久我の一件が思い浮かぶ。
扇原の推測通り、変身能力を持った生徒がいるのだろうか?
「ちょっと落ち着きなって!」
「せ、生徒同士で戦っても意味ないよ」
「やるんだったら素手でやれや! テメェらは殺し合いをしてえのか!?」
此花、三枝、野島が戦いを止めるため、必死に訴える。
だが、憎しみに駆られた生徒たちにその声は届いていない。
(……こういう状況で役立ちそうな魔法があればいいが……)
少なくとも今は、そんな都合のいい力はない。
かと言って、攻撃魔法を使うわけにもいかないだろう。
暴力というのは最終手段だ。
必要になる状況はあるだろうが、安易な手段でリスクも大きい。
なら、この状況で俺にできることは一つしかない。
「――お前らは騙されてる。
この争いを作った原因を知りたくはないか?」
俺は言い切った。
すると……。
「……どういうことだ?」
怒りに身を任せていた生徒たちの視線が俺に集まる。
(……とりあえずは狙い通りか)
言葉とは便利なものだ。
それは時に争いを生むことにもなれば、争いを回避するための手段にもなる。
だが、言葉が届かなければ話もできない。
そのためにもまず、どうにかして関心を引く必要があった。
だからこそ俺は――彼らが今、最も関心のある話題を利用したのだ。
「……騙されているというのはどういう意味だ?」
襲われたと主張する側のリーダー格が俺に尋ねる。
これで第二段階成功。
話を聞く準備を向こうが整えてくれた。
後は互いに生じた誤解が解けるよう、話を進めてやればいい。
「お前らは不意打ちされたと言ってたよな? 今、ダンジョンで同じトラブルが発生してる」
「……どういうことだ?」
俺は彼らにクラスメイト――久我に起こったトラブルについて説明した。
そして、それは変身能力を使った第三者の犯行かもしれないと。
「……状況が全く同じなのはわかった。だが、答えてほしいことがある」
話を聞き終えると、争っていた生徒の一人が口を開く。
「俺がわかる範囲でいいなら」
「……変身能力を持つ第三者がいるというのは……推測ということだな?」
「少なくとも今は、確定と言える証拠はない」
この説明だけでは納得してもらえるとは思っていなかった。
もしこれで「そうなんですか、わかりました」と口にしたら、そいつはただの馬鹿だろう。
「なら、彼が僕たちを襲った可能性は否定できない。
そういうことだな?」
再び疑いを掛けられ、被疑者である男子生徒の顔が戸惑いに揺れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! おれは本当にやってないんだ!」
「あたしたちずっと一緒にいたけど、加原くん、マジで何もしてないって! そもそも同じクラス同士で争う理由がないじゃん!」
襲撃の疑いを受けた生徒は同じクラス?
彼らの主張を聞き、俺は再び視線を戻す。
「お前たちは、5組の生徒なのか?」
「……どちらのパーティも5組だ」
「そうか。まだ伝えていなかったが、俺たちは1組だ」
話しながら俺は、この戦闘は既に回避されたと確信した。
理由は――彼らが5組の生徒だったからだ。
「さっきは名前を伏せたが、うちの久我を襲ったのは5組の扇原だ。
――つまりお前たちを襲った犯人も彼女の可能性がある」
「馬鹿な!? 扇原さんがそんなことするわけがない!」
「うちのクラスのリーダーが暴力を振るうなんて絶対に有り得ない!」
この口振りからするに、扇原が5組の中心人物なのは間違いないようだ。
これなら、彼女を襲撃者だと考える生徒はいないだろう。
「俺も扇原が生徒同士の争いを企てたとは思っていない」
「当たり前だ!」
「そう、お前らにとっては当たり前のこと――だがその場合、久我を襲ったのは誰だ?」
「それは……」
5組の生徒たちは言葉を詰まらせる。
「俺たちのこの疑問に対して扇原自身が口にしたのは変身能力者、もしくはそういった力を持ったモンスターがいる可能性だ。
そして彼女は今、真犯人を捜索している。自分の無実を証明するためにな」
「扇原さんが……?」
「似たようなトラブルが連続で起こってる。そんな状況で、クラスメイトが争っても無意味だと思わないか? 犯人の狙いだと考えたほうが自然だろ?」
彼らはパーティメンバーと視線を交差させた。
自分たちがどうすべきか悩んでいるようだ。
が、きっと彼らは扇原の考えに追従するはずだ。
扇原の存在は5組の生徒たちにとっては、それだけ大きいはずだから。
「……わかった。被害にあった1組が彼女を信じてくれた以上……僕たちも戦いをやめよう」
「こっちも構わない。
怪我人が出たわけじゃねえからな。
それにこっちも悪かった……突然疑いを掛けられて、頭に血が上っちまって……」
どちらのパーティも戦闘継続の意思がないことを表明した。
緊迫した空気が消えて、生徒たちが武器を下ろす。
「樹……だったよな? 大丈夫か」
魔法を放ったという加原が、怪我をした樹を気遣う。
俺たちがここに駆け付けた時、地面に膝を突いていた少女だ。
「だ、大丈夫です。
ちょっとよろけちゃっただけで、そんなに痛くないですから……」
「彼女は魔法でダメージを受けたのか?」
俺が尋ねると。
「あ、足に霞めた程度です。でも、少ししびれちゃって……」
「それだけじゃない。
さっきも結花が最初に襲われたの。
大きな怪我はなかったんだけど……」
活発そうな少女が樹を心配そうに見つめる。
どうやら樹にとっては、災難が続いたようだ。
俺は彼女に近付き、その場で膝を突いた。
「……ちょっと待ってろ」
そして、治癒魔法を使ってやる。
樹を助けたいわけじゃない。
あくまで初対面の相手に対して、友好的に接しているだけだ。
敵を無駄に増やす必要はないし、これで少しでも恩を感じて、俺たちを信用してくれるなら安いもの……という打算もあった。
「……ヤマトが優しい……」
俺の考えを無視するように、此花は下心でもあるのか? と、言いたげな眼差しを向ける。
「宮真くんはもともと優しいよ」
「困ってる人を放っておけないんだよね」
三枝と勇希は、そもそも俺を誤解しているようだ。
わざわざそれを否定するつもりもないが。
「どうだ? 大丈夫か?」
「あ、ありがとう。
もう平気みたいです。
不思議……痺れがすぐに治まっちゃいました」
「治癒には、軽度の状態異常を治す効果もあるから、それでだろうな」
「えと、宮真君……って、言うんですか?」
「ああ。もし、また顔を合わせる機会があったらよろしくな」
「は、はい……。
わたしは樹結花です。
本当にありがとうございました」
樹は立ち上がると、深々と頭を下げてお礼を言った。
「それで、お前たちはこれからどうする?」
5組の生徒たちに確認を取った。
「……扇原さんが犯人を捜索している以上、僕たちもそれを手伝うつもりだ」
「おれたちも同じだ。
真犯人がいるってわかった以上、同じクラスで争う理由は何もないからな」
既に気を取り直しているらしく、彼らは前向きな発言を口にした。
少なくとも、表面上はそれが尾を引いてはいない。
1組内で似たようなトラブルが起こったとしたら、これほど早く和解できるだろうか?
5組には、真面目で誠意のある生徒が多い印象がある。
だが、そんな彼らですら、少しの誤解で冷静さを失い争い合ってしまう。
今回のトラブルは、人の心の弱さを浮き彫りにしたと言えるだろう。
扇原という絶対的な支柱がいるからこそ、今は上手くまとまっているが……もしも彼女を失うことになれば、5組の崩壊は一瞬かもしれない。
「俺たちも探索を続けながら、犯人の捜索を続けるつもりだ。勇希、それでいいよな?」
俺は彼女に話を振った。
これはパーティのリーダーが、勇希であることを5組の人間に伝えるためでもある。
「うん! これ以上のトラブルを避けるためにも、みんなで協力して誤解の原因は解いていこう」
行動方針を伝えておくことで、彼らは襲撃者の捜索に力を入れてくれるだろう。
その間に俺たちが扉を見つけ出す。
いつでも階層を攻略可能な状況を整えておくために。
「1組の方針はわかった。
名乗るのが遅くなったが、僕は鷺ノ宮弘武だ。
……もしよければ、キミの名前を聞いてもいいか?」
それは勇希に向けられた言葉だった。
「私は九重勇希、これからよろしくね」
「九重さん……か。覚えておく。
また顔を合わせる機会があればよろしく頼む」
「こちらこそ」
話はまとまった。
これでようやく、探索へ戻れ――
「そうだ! もしよかったらなんだけど、少しのあいだ一緒に行動しない?
そうすれば、犯人に襲われるリスクも減らせると思うんだ」
俺の考えとは裏腹に、勇希の口からまさかの提案が飛び出した。
「……なるほど。
捜索の効率化だけでなく、互いを見張り合うことで牽制にもなるな」
「襲撃者の件は勿論だが、三パーティで行動することでモンスターも討伐しやすくなるだろうからな」
断ってくれればいいものを、5組のメンバーは快く承諾した。
(……最悪だ)
これでは俺たちまで、襲撃者の捜索に力を入れなくてはいけなくなる。
今からでも別行動するよう提案したいが……。
「それじゃあ協力関係成立! これから一緒に頑張ろうね」
勇希はこれが、皆にとってもベストな選択であると信じているのだろう。
笑みを浮かべる彼女を見て、俺は思考を切り替える。
(……仕方ないか)
最悪であっても、デメリットばかりではないことも事実。
無理にそう納得して、俺も表向きは協力に賛成しておくのだった。




