第47話 真実と嘘
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進んでいくと、開けたフロアに繋がった。
そこにいたのはモンスターではなく、複数の生徒たちだ。
「――貴様、見つけたぞ!!」
久我が大声を上げた。
この中に襲撃者がいるのだろうか?
「……久我くん!? 良かった。宮真くんたちと合流できていたのか」
「え……? 宮真君……!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
そこには1組のリーダーである大弥のパーティと、扇原子猫の率いる5組の生徒たちがいた。
「大弥! なぜこの女と一緒にいる!」
久我の激怒に大弥は戸惑いを見せた。
「なぜって……話し合って一緒に行動することになったんだ」
「今すぐ離れろ! お前もこの女に襲われるぞ!」
「襲われるって……扇原さんにかい?」
大弥は眉根を顰めながら扇原を見た――その時だった。
現在進行形で襲撃者扱いされている少女が、俺に駆け寄ってきた。
(……なんだ!?)
何か仕掛けられるのではないかと警戒していると。
「宮真君!」
「っ!?」
突然、俺に抱き着いてきたのだ。
「お、お前、いきなり何を――」
「良かった! 本当に無事だったんだね!」
「は……?」
いきなり何を言っているのだろうか?
俺は思わず呆気に取られる。
「九重さんも……三枝さんも、本当に良かった……」
二人の名を口にした扇原の瞳に涙が浮かぶ。
その姿はまるで俺たちを見て、安堵しているようだった。
「扇原さん……?」
「ど、どういうこと……?」
勇希と三枝は一度顔を見合わせ数度の瞬きをする。
激怒していた久我すら、惚けた顔でこの状況を見守っていた。
「宮真君、九重さん、三枝さん……ごめんなさい!」
そして扇原は頭を下げた。
彼女だけではない。
5組のパーティメンバーたちも全員、謝罪の意を示すように頭を下げる。
「ずっと、三人が無事か気になってた。
1階層のボス戦でのことがあったから……心配で……。
もしかしたら、わたしのせいで……みんながって……」
そんな懺悔を繰り返したところで、起こった結果は変わらない。
俺たちは、扇原たちに置き去りにされた結果……1階層のボスに殺され掛けた。
だが……彼女の言葉と態度に嘘があるようには見えない。
「2階層では1組の人に会えなかったけど……でも、3階層でさっき大弥くんたちに会って――それで、宮真くんたちが無事だって教えてもらって……わたし、本当に安心しちゃって……」
扇原は手で涙を拭う。
この姿が演技なのではないか? 俺たちを騙そうとしているのではないか?
警戒心もあってか、そんな考えが浮かんでしまう。
「扇原さん、わたしたちは大丈夫だから顔を上げてよ。
あれはワザとじゃなかった。そういうことだよね?」
勇希は既に許している。
いや……最初から彼女を信じていたのだ。
「当たり前だよ! あの時は階層攻略の条件もわかってなかったもん」
その通りだ。
彼女が【運営側】でもなければ、攻略条件を知りえたはずもない。
「俺たちは、あの時の戦闘で死にかけた。助かったのは運が良かっただけだ」
「っ……」
扇原は言葉を詰まらせる。
そして彼女は理解したのだろう。
俺があの時のことを許すつもりがないということを。
「……大翔くん、もういいじゃない」
「勇希……」
「扇原さんだって、わざとじゃないって言ってる。それに謝罪もしてくれた。だから……」
パチン――と、勇希は両手を合わせた。
「この件はもう手打ちにしよう。
これから先のことを考えたら、禍根を残したくないもん。
それに私としては、みんなと仲良くしたいから」
俺を見て勇希は困ったように笑う。
その顔は俺に【お願い】と訴えているようだった。
勇希の願いなら聞き入れたい。
だが……それでも俺は、扇原子猫を許すことはできない。
一歩間違えば、勇希が、三枝が死んでいたのだ。
何より……久我の発言もあって俺は扇原に対する疑念が深まっていた。
「俺たちの件だけなら許すこともできたかもしれないが……。
――久我、お前を襲ったのは扇原で間違いないか?」
俺は敢えて今、その話を掘り返した。
この事実は俺にとって、多くの使い道があるカードになる。
「はっ!? そ、そうだった! 貴様、なぜぼくを襲った!」
久我は扇原を怒鳴りつけた。
「え……?」
「知らないとは言わせない!」
「そ、そんなこと言われても、キミとは初対面のはずだけど?」
困惑する扇原におかしな点はない。
久我の件とは本当に関係ないのか?
「ちょっとあんた!
子猫は知らないって言ってんじゃん!
てかあーしら、ずっとこの子と一緒にいたんだけど?」
この女王様めいた女は確か……九条秋葉だったか?
当然のように扇原のことを庇い始める。
「てか扇原ちゃんがキミを襲う理由がわかんないっすけど?」
このチャラ男は確か鳳瞬。
「俺たちに戦う意思はないぞ」
スポーツマン風のこいつは波崎功。
「その通りだな。
モンスターの溢れるこの世界で、生徒同士が争う理由はない」
理知的な眼鏡の美男子は遠峯修吾――パーティの副リーダーのような男だったな。
どうやら扇原のパーティメンバーは、前回と変わっていないようだ。
「嘘を吐くなっ! 実際に襲われたぼくが貴様の姿を目にしているんだぞっ!」
久我は自身の目で襲撃者を目撃しているからこそ、一歩も引く気はないようだ。
「あんたさ、ふざけたことばっか言ってるとマジで怒るよ? それともさ、子猫が襲ったっていう証拠があんの? そっちが嘘を言っている可能性もあるわけだけど?」
決定的な証拠がないことを九条に指摘され、久我は顔を歪め歯を噛み締める。
映像でも録画していたならまだしも……この状況では扇原を犯人と決定付けるのは困難だろう。
「……久我くんが襲われているのを見た人はいるかい?」
大弥が俺たちに尋ねた。
「……私たちも見たわけじゃないの。
話を久我くんから聞いただけだから……」
「ダンジョンで気絶していたところをボクたちが見つけたんだ」
「気絶!? 久我くんがダンジョン内で襲撃にあったのは事実なんだね」
話を聞いて、大弥は厳しい表情を浮かべる。
「一歩間違えれば、こいつは死んでたろうな」
言って俺は、再び扇原の表情を確認する。
すると、黙り込んでいた彼女が、逡巡を終えたのか口を開いた。
「……久我君は何者かに襲われて気絶した。
その襲撃者がわたしに見えた……ってことだよね」
「見えたではない! 間違いなく貴様の仕業だろ!」
「……たとえばだけど、そういう能力があるって可能性はないかな?」
つまり――姿を偽ることのできる力を持ったモンスター、もしくは生徒による犯行ではないか? と、扇原は考えたようだ。
「その力で貴様の姿に化けてぼくを襲った人物がいると?」
少なくとも、1組のメンバーと能力確認をした際にそんな力はなかった。
だが……ないと言い切れる根拠はない。
F――自らを亡霊と名乗る少女から、俺はオリジナルスキルが七つあることを聞いている。
その中に、姿を偽る力がないとは言い切れない。
さらに疑うなら、モンスターが変身能力を持っている可能性もある。
「この世界では何が起こってもおかしくはない……そうでしょ?」
「そんなもの言い逃れだ! それこそ証拠を出してみろ!」
「今はない。
けど、久我君が嘘を言っていないなら、必ず見つけてみせる」
扇原は言い切る。
自分が犯人ではないからこそ、襲撃者は別にいると確信しているのだろう。
しかし、互いの意見をぶつけているだけでは、解決の糸口にはならない。
「このままじゃ平行線だ。
扇原……提案がある」
「何かな?」
「無実を証明するためにも犯人の捜索をすべきだ。お前が襲撃者でないなら、だが」
「見つけられる保証はない。でも……そのための努力をすることはできる」
扇原は俺の提案を承諾した。
できることなら、汚名は自らの手で晴らしたいのだろう。
「今回のトラブルは、まるで誰かを疑うように仕向けてるみたい……そんな悪意を感じる。もし故意にクラスを争わせようとする生徒がいるなら……私も放ってはおけないよ」
勇希の発言は、【犯人】の狙いを言い当ているかもしれない。
犯人は久我を気絶させるだけで殺しはしなかった。
つまり、生還できる可能性をわざと残していた……ということになる。
もし襲われた生徒が生還できたのなら――今のようなトラブルが起こるのは想像に容易い。
狙ってそれをやっているとすれば、悪意塗れの危険人物に他ならない。
(……できる限り早い段階で対処しておきたいが……)
姿を偽れる力を持つなら、この犯人を見つけることは困難だ。
今は3階層の攻略を目指しながら、有力な手掛かりを探すしかないだろう。
その間に扇原たちが犯人を特定してくれるなら、これほど楽なことはない。
「ならぼくは貴様と行動する! 必ず貴様の嘘を暴いてやるからな!」
扇原の疑いが晴れたわけではない。
疑いの目を向けておくためには、久我を同行させるのも悪くないか。
「わかった。
必ず襲撃者を見つけて、わたしが犯人じゃないって証明してみせるから」
扇原は承諾したが、九条は物凄く嫌そうな顔をしている。
それでも、文句を口にすることがないのは扇原を信頼しているからだろう。
「僕たちも扇原さんたちと行動を共にするつもりだ。
宮真くんたちはどうする?」
「第一班は別行動させてもらう。
もし何かあれば、後で報告させてもらう」
「わかった。それじゃあ気を付けて……!」
「ああ、大弥たちもな」
俺と大弥が話を終えると。
「……あの、宮真君、九重さん、三枝さん」
タイミングを見計らって、扇原が俺たちの名を呼んだ。
「改めてになるけど……本当にあの時はごめんなさい。
もしわたしが力になれることがあるのなら、必ず協力するから」
「その話はもう手打ちにしたよ。
だから、これからも協力してがんばっていこうね!」
「あたしも扇原さんの気持ちはわかったから。あまり自分を責めないで」
俺は返す言葉を持ち合わせてはない。
今も扇原たちを許すことはできないから。
「でも……これはわたしの自己満足だから」
扇原は寂しそうに笑う。
やはり嘘を言っているように見えない……が、息を吐くように人を騙す奴が世の中には存在する。
だから信じるべきではない。
同じ失敗を繰り返さないためにも……勇希と三枝を守るためにも。
「それじゃあ、わたしたちも行くね」
言って扇原は歩き出した。
皆がその背を追っていく中で。
「……あの時のことは、あーしたちも悪いと思ってる。
でも、あんま子猫のこと、悪く思わないでやってよ……。あの子はさ、ただみんなを助けるために、一生懸命なだけだから……」
去り際、九条秋葉が言った。
何が真実で何が嘘か。
襲撃者の存在あろうがなかろうが、この世界は既に猜疑心に満たされていた。




