第30話 約束
「――はやい!?」
後方から声が聞こえた。
自分でも驚くほど身体が軽い。
レベルが上がり速さが向上しているからだろうか?
それにしても、
(……まさかまた、あいつの叫び声を聞くなんてな)
俺たちには、変な縁があるのかもしれない。
(……見つけた)
通路の先は行き止まり。
壁際に追い込まれて尻餅を着いているのは、1階層を共に生き抜いた協力者の姿。
「三枝!」
「!? ――宮真くん!?」
俺の声に反応しモンスターがこちらに目を向ける。
モンスターは人型の巨大な狼――1階層では見ていないモンスターだった。
そしてゴブリンよりも遥かに強力な気配。
これは間違いなくボスモンスターだろう。
(……試してみるか)
俺はオリジナルスキルを発動した。
瞬間――
(……なんだ?)
周囲の時が止まったように感じた。
が、そうではない。
狼の化け物がゆっくりと、俺に向かって動き出した。
しかし、遅い。
(……なんだ? これが階層のボス?)
思わず笑ってしまいそうになった。
なんだ? なんだこれ……?
正直に今を感じていることを言うのなら、
「負ける気がしねえよ」
魔法なんて使うまでもない。
俺はモンスターの目前に迫り、顔面に拳を叩き込んだ。
瞬間――ドガアアアアアアン!
爆弾が破裂するような強烈な音をダンジョンに響き渡る。
叩き伏せられたモンスターは地面にメリ込んでいた。
「え……?」
三枝が唖然とした声を漏らす。
何が起こったのか理解できない。
そんな顔をしていた。
同時に、巨大狼の身体から光の粒子が舞う。
どうやら、俺はボスモンスターを瞬殺したようだ。
(……マジか?)
俺自身、自問自答してしまった。
これほどか。
ステータスが10倍になるというのは、これほどまでの効果があるのか。
『階層ボスが討伐されました』
『ドロップ:ワーウルフの牙』
『ドロップ:ワーウルフの爪』
いつものシステム音がダンジョン内に響いた。
『あなたのレベルは18に上がりました』
一気にレベルが10も上がった
続けて俺は、獲得したマジックポイントとスキルポイントを確認する。
レベルが10上がったことで得た両ポイントは500p。
(……間違いなく、効果が発揮されている)
経験値10倍。
レベルアップ時の獲得マジックポイント、スキルポイント10倍。
(……この力があれば……)
この世界を生き抜くことができる。
強力な力を得た自覚と共に、俺は揺るぎない自信を得ることになったのだった。
「……三枝、大丈夫か?」
「え……あ、う、うん」
三枝はまだ動揺していた。
そして、目をパチパチさせた後……安堵したように大きく息を吐いた。
「……また、助けられちゃったね」
「たまたま……だけどな。でも、約束を守れてよかった」
「約束……?」
「お前が困ってたら、助けるって約束したろ?」
「ぁ……」
三枝は、泣きそうな顔でキュッと唇を噛み締めた。
「忘れてたのか?」
「……ううん、覚えてたよ」
泣き笑いを浮かべる三枝。
もしかしたら彼女は、俺の言葉を覚えてはいても、信じ切れていなかったのかもしれない。
俺は彼女が気持ちがわかってしまう。
イジメを受けたことで、人間不信になっているのだろう。
俺も同じだった。
だけど……それでも、胸のどこかかには、人を信じてみたいという想いはあるのだ。
信じれば傷付くことになると、わかっていても……。
「ありがとう、宮真くん」
もしかしたら俺は、三枝に余計な希望を与えたのかもしれない。
人を……もう一度、誰かを信じてみたいと思わせてしまう、そんな希望を。
「感謝なんていらない。約束したからな」
俺は嘘は吐くことはあっても、約束は守る。
「それでも、本当にありがとう」
「……ああ。ところで三枝、お前……」
「うん?」
「その髪はどうした?」
「っ!?」
三枝が、慌てて髪を押さえる。
長かった髪がバッサリと切られていたのだ。
「……」
何も答えない。
聞いてほしくない。と表情が語っている。
だが想像が付いてしまう。
三枝はまた、ダンジョンに一人ぼっちだ。
クラス内でイジメにあっているとも聞いている。
それだけで……答えは出たも同然だ。
「……抵抗はしたのか?」
「え……?」
自分で何を言っているのだろうと思う。
でも、まるで過去の自分を見ているようで。
「やられっぱなしでいたんじゃないか? ただ暴力に屈して、従わされて、だから一人でダンジョンに来たんだろ?」
「……っ……そ、そんなこと……」
「情けない自分がイヤにならないのか?」
「宮真くん……どうして、そんなこと言うの?」
「いいから答えろ」
少し威圧的な態度を見せるだけで、三枝は震えあがった。
「……イヤだよ。イヤに決まってるよ! 情けないと思ってる、暴力に屈することしか出来ない自分が悔しいよ。だからあたし、変えようとしたんだもん!」
「だが、変わってない。このままじゃ一生、お前はいじめられっ子のままだ」
「やっぱり……そうなんだ」
三枝の目が虚ろに変わる。
希望などどこもない。
「……だったらあたしは……どうすることも出来ないんだね。頑張って、努力しても、全部無駄なんだよね……」
「ああ。
今のお前のやり方じゃ、何も変わらない。だけど、それでも変わりたいと足掻くのなら――」
こんなこと、言うべきじゃないけれど。
「俺ならお前を救ってやれる」
「……え?」
「三枝は、今の状況を変えたいか?」
「あ、あたしは……」
目を伏せる。
だが、それも一瞬で……。
「変えたい。変えたいよ……弱い自分はもうイヤだもん!」
三枝は感情を解き放った。
「暴力で従わされて、屈してしまう弱いあたしはイヤ! イジメられて、泣いてばかりいるのもイヤ! 強くなりたい。変わりたい……あたし、イジメられて生きる毎日は、もうイヤだよ!」
それは心の底からの叫びだ。
「……なら、約束だ。俺はお前を救う。
だが状況は変わっても、子供の頃に植え付けられた人間の本質を変えることは容易じゃない。
だけど、それでも変わりたいと願うなら――強くなりたいと願うなら、そう想い続けられる限り、強くなることを諦めるな」
「強くなることを……?」
「そうだ。
誰の力でもなく。
いつか、お前自身の力で変わる為に。
約束できるなら、俺は――今のお前を取り巻く環境を変えてやる」
俺は手を差し出した。
これが三枝にとって、絶対的に正しいことなのかはわからない。
だが、もし彼女が自分の意志で俺の手を取るのなら――。
「……あたしは……変わりたい。変えたい。だから――」
三枝は手を取った。
「あたしは――強くなってみせる! 弱い心に、負けないように!」
「OK――約束だ」
本当に何をやっているのか。
余計な重荷が一つ増えてしまった。
だが――こいつが、どう変わっていくのか、俺はそれを見届けてみたいと思ったんだ。




