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第16話 確かな証

               ※




「っ……なぁ、この辺りで逃がしちゃくれないか?」

「ウガアアアッ!!」


 鼓膜を劈《 つんざ》くような咆哮がダンジョンを揺らす。

 そして『逃がすつもりはない』と、モンスターは凶悪な笑みを向けた。


「ああ、そうかい」


 遊び足りないなら、とことん付き合ってやる。

 ドシン! ドシン! とダンジョンを揺らして、ホブゴブリンが俺に突撃する。


「くっ!?」


 ぶん! ぶん!

 鉄槌のような拳が振り下ろされた。

 こいつの体力は無尽蔵か。

 俺は動き回りすぎて、心臓が張り裂けそうだってのに。


(……もう十分時間を稼げたろうか?)


 扇原の推測通りモンスターの数には限りがあるのなら、勇希たちが助かる可能性は高いはず。

 後は次の階層に繋がる通路を見つけて、このダンジョンを攻略することが出来れば……。


――炎の矢( ファイアアロー)!」


 俺は攻撃を避けつつ距離を取り、魔法を放とうとした。

 が――発動しない。


(……魔力切れか)


 どうやら、ここまでのようだ

 もう戦う為の手段はない。

 マジックポーションを使って、魔力を回復することも考えたが……。


(……無理だ。飲んでる暇なんてない!)


 その間に殺される。

 後は……限界まで逃げて、時間を……。


「――宮真くん!」


 幻聴だろうか?

 三枝の声が聞こえた。

 ありえない。

 気のせいだ。

 もしここに三枝がいるとしたら、それは幻覚に違いない。

 なのに、ホブゴブリンが振り向いた。


「……嘘だろ……!? なんで……ここにいるんだよ!」


 幻覚だ。

 ありえない。

 戻ってくるはずがない。


「だって、助けたかったから!」


 信じられない答えが返ってきた。


「勇希と一緒に逃げろって言っただろ!」

「言われたよ。でも、聞けない」


 こいつは俺の命令に逆らうような奴じゃない。

 自分の意志も持つこともできない。

 心の弱い人間のはずだ。


「九重さんに素直になれって言われて、やっと気付いた。

 あたしは、逃げたくない! 宮真くんを助けたいんだって! もしこれが最後なら、自分の想いに素直になりたい!」

「助けるって、どうやって! どうせ何も考えてないんだろうがっ!」

「考えなしじゃない。ちゃんと、方法はあるよ! あたし考えたんだから!」


 確かな意志。

 三枝の言葉には今までにないほど感情がこもっていた。

 だけど――想いだけでどうにかなるほど、現実は甘くない。


「いいから逃げろっ! こっちはもう魔力に余裕が――」

「いい加減な気持ちじゃない! 真面目に言ってるの! お願い宮真くん、信じて! あたしを信じて、この化物に魔法を撃って!」


 何回も撃ってる。

 だが、ダメージを与えても直ぐに回復されてしまう。

 俺の攻撃力じゃ、この化物の回復速度を上回れない。


「っ……」


 ゴブリンが俺を無視して、三枝たちに足を向ける。


「三人が助かる方法はあるよ!」

「だとしても、もう魔力切れだ!」

「あたしが時間を稼ぐから、マジックポーションを使って! そうしたら直ぐに攻撃魔法を使ってね! 約束だから!」


 三枝は勇希を下ろして、ホブゴブリンに捨て身で突進していく。

 完全な自殺行為――そのはずなのに、三枝の表情は、諦めている人間の顔ではない。

 何があったのかはわからないが、今の彼女は――生きる為に戦おうとしている。


「クソッ! 信じるからな三枝っ!!」


 三枝が作ってくれた時間くらい――三枝の言う通りに使ってやる。

 俺はマジックポーションを取り出して、一気に飲み干した。

 同時に、ホブゴブリンの拳が三枝に迫る。


「ひいいいっ!?」


 だが、狙ってやったのか――いや、多分偶然だと思うが、ホブゴブリンの股に滑り込むようにして拳を避けた。


「三枝、撃つからな! ――炎の矢( ファイアアロー)!!」


 俺は魔力が回復した確認などせず、直ぐに魔法を口にした。

 瞬間――赤い焔がゴブリンに迸《 ほとばし》る。


「ありがとう、宮真くん! あたしを信じてくれて! ――属性付与《 エンチャント》――水 《 ウォーター》!」


 その赤い一矢がゴブリンに直撃する直前、三枝が魔法を使った。

 それは対象に属性を付与する魔法。

 属性を付与する対象は俺の放った魔法――矢が纏う炎は水へと変化し、水属性の魔法としてゴブリンに直撃した。


「アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 効果があったのか、ホブゴブリンが今までにないほどの絶叫を上げる。


「なんで……?」

「ホブゴブリンは土属性――そして弱点は水」

「そうか! だからダメ―ジが……!」


 矢で貫かれた傷も、回復速度が遅い。

 今なら――。

 俺の考えに気付いたのか、三枝は頷く。

 三枝が作ってくれた、たった一度きりのチャンス――生きることを諦めていた俺の心に、微かな希望が芽生えた。


「ありがとうな、三枝。

 でも、頼みを聞いてくれなかったことは、恨むからな」

「いいよ、恨んで。

 もしこれで死んだとしてもあたしは、それに九重さんも、きっと後悔なんてしないから!」


 勝手なことを――でも、


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 やってやる!

 俺は全力で走った。

 ホブゴブリンの身体に空いた大穴は、まだ塞がっていない。

 接近する俺を警戒するが、ダメージが大きいのか動きは遅い。


「ありったけだっ!」


 俺は攻撃を避けると、至近距離から傷口目掛けて炎の矢を連発した。

 馬鹿の一つ覚えみたいだな。

 でも、今の俺にできることは――これだけだ。


「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「グアアアアアアアアアアッ!?」


 俺とホブゴブリンの絶叫が重なる。

 炎の矢のダメージが重なり、傷口が大きく開いた。

 俺はその開いた傷口に拳を叩き込み――


「ファイアアアアアア――アロオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


 ホブゴブリンの体内に、炎を矢を叩き込んだ。

 ぶわああああああああああっ!!

 化物の全身に炎が回り――


「……」


 炎を纏った肉体から光の粒子が舞うと、ホブゴブリンの身体は消えていくのだった。


「……勝った……のか?」

「た、多分……?」


 俺も三枝も、まだ実感は湧かない。


「かった……んだよ」


 今にも消えてしまいそうな小さな声。

 それは、壁に項垂れる勇希のものだった。

 そして――。


『階層ボスが討伐されました』


 ダンジョン全体にシステム的な音声が響いた。


『あなたのレベルは8に上がりました。また条件を達成した為、オリジナルスキルのレベルが1に上がりました』


 どうやら間違いなく、俺たちはホブゴブリンを倒したようだ。

 安堵したように、勇希の身体が地面に崩れ落ちた。

 俺と三枝は大慌てで駆け寄る。


「……だ、だいじょうぶ。

 すっごく、全身がいたい、けど……死ぬほどじゃ、なさそう」

「直ぐに回復してやるから――」


 だが、今は治癒《 エイド》を使ってやる魔力がなかった。

「あ~くそっ! こんな時に!」

「だい、じょうぶ……っていうのは、やせ我慢かも……」


 勇希の口からこれほど弱気な言葉漏れるのだから、よっぽど痛いたいのだろう。

 だがそれは生きているという確かな証だった。

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