第15話 最後かもしれないなら
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「はっ、はっ――」
あたしは必死に走っていた。
なんの為に?
生きる為……?
違う、そうじゃない。
託されたからだ。
あたしの恩人――宮真くんに、彼女――九重勇希さんを。
でも、今も迷ってる。
本当にいいのかって。
あのままじゃ、宮真くんがモンスターに殺されちゃうかもしれない……。
だけど、あたしの助けを宮真くんは望まなかった。
そうだよね。
あたしと違って、頭の良い宮真くんだもん。
あたしが助けに入っても、無駄なことを知ってたんだ。
ちょっと戦力が増えても、あの化物には勝てない。
必死に自分に言い訳をする。
あたしは悪くない。
弱いから、仕方ない。
逃げることが最善だ。
助けに戻っても、きっと無駄なんだ。
「ごめん、ごめん、宮真くん!」
どうしてか、視界が歪んだ。
涙が溢れて止まらない。
悔しい。
どうしてあたしは、こんなにも弱いんだろう。
昔からそうだ。
あたしは心が弱かった。
勇希なんて名前を貰っておいて、誰よりも勇気がない。
子供の頃からイジメられて、泣いてばかりだった。
どうした強くなれるんだろう?
泣くたびに、そんなことを思っていた。
小学校、中学校――環境が変わっても、あたしの立場は変わらない。
みんながあたしをイジメの標的にした。
理由を聞いたこともある。
すると悪魔のように顔を歪めて、『あんたをイジメるのが面白いから』と言われた。
地獄だった。
だから、誰もあたしを知らないところに行きたかった。
やり直したかった。
なんども失敗していたけど、今度こそと願った。
そして選んだのがこの高校だった。
興味もないのにない今時の女の子ぽっい格好をして、高校デビューをするつもりだった。
今度こそ、変わりたかった。
でも、その願いは叶うことはなかった。
その理由は単純で――中学校時代のイジメの主犯格だった生徒が同じクラスにいたのだ。
最初に顔を見た時、同じクラスに彼女がいるのか理解できなかった。
受験の時には気付かなかった。
誰もあたしを知らない高校を選んだはずだった。
なのにどうして?
戸惑うあたしを見て、彼女は心底おかしそうに微笑んでいた。
その歪んだ顔を見るだけで、今でも身体が震える。
今までされてきたことが脳裏によみがえる。
思い出すだけで涙が溢れてしまう。
そんな恐怖と絶望の象徴は、あたしを放っておいてはくれなかった。
『モンスターがいるのか確かめて来い! 出来ないないなら……どうなるかわかってるよな?』
まるで奴隷に命じるような物言いだった。
当然、あたしは拒絶した。
――イヤだ! イヤだよ!!
でも――叫んでも、泣いても、無駄だった。
罵声を浴びせられ、頬を叩かれ、髪を引っ張られた。
無理矢理、教室を追い出された。
そしたら直ぐに教室の扉が消えてしまって、わけもわからずダンジョンの中を彷徨《 さまよ》っているうちにモンスターに襲われた。
もうダメだ。
きっと、ここで、一人寂しく死ぬんだ。
そんなことを思っていたわたしを――宮真くんは助けてくれた。
あたしにとって、生まれて初めて手を差し伸べてくれた人だ。
暗く淀んだ世界に、光が生まれた。
(……いいの? 本当に、いいの?)
宮真くんは、あたしを見捨てなかった。
ダンジョンの中で一緒に行動してくれた。
こんなダメなあたしを傍にいさせてくれた。
対等に話をしてくれた。
それだけで、あたしは不思議と救われた気がした。
――そうだ。
彼はあたしを、救ってくれたんだ。
なのに――
「……さえ……ぐさ、さん……」
背中越しに、今にも消えてしまいそうな、か細い声が聞こえた。
「こ、九重さん!?」
「もどって……やま、と……くんを、たすけに……」
「だ、だけど……」
「おね……がい……」
「でも、でも……! あたしは九重さんを助けるように、宮真くんに言われて……約束してて……」
「やま……と、くんは、たた……かって、くれ、てる」
「だけど、あたしたちが戻っても、できることなんて……」
「ある、よ……きっと、ある……」
「ないよ、何もない! ないもん!」
あたしは、自分に言い聞かせるように、叫んだ。
無駄だ。
あたしは何も出来ない。
今までだってそうだった。
だからきっと――今回だって。
「……まよって、るんじゃ、ないの……?」
「え?」
「たすけ、たいって……きこえた、きがした……」
「そんなこと……」
「かんが、え……よう……いっしょに……きっと、ほうほう、は……」
え……?
あれ……?
「九重さん? ねえ、九重さん!?」
「っ……」
大丈夫だ。
ちゃんと生きてる。
でも、早く治療しないと……宮真くんがいれば、回復魔法で……。
「もし、宮真くんを助けられたら……」
さっきから宮真くんのことばかり、考えてしまう。
ダメだダメだダメだ!
無駄なことはするな!!
あたしには、何も……。
『正直になって――』
不意に、さっきの九重さんの言葉が耳を霞める。
あたしは……本当は、あたしが本当に今したいことは――。
「あたしは、あたしは、宮真くんを――宮真くんを助けたい!」
でも、助ける為の方法が思い浮かばない。
今のまま戻れば、きっと無駄死になる。
何か、何か方法があれば――。
ステータスを確認する。
何か、何かないの……!?
魔法、スキル――その効果の詳細を再確認する。
宮真くんに頼るだけじゃダメだ。
今のあたしにできることを必死に考えた。
獲得した魔法もスキルも少ない。
できることは限られてはいるけれど……。
(……そうだ!? これなら……!)
鑑定スキルを使った時の、あのホブゴブリンのステータス詳細で、気になることがあった。
あたしのすることは、無駄になるかもしれない。
だけど……。
だけど、あたしは――。
「ごめん、宮真くん、九重さん!!」
心の底から謝った。
これが最後かもしれないなら、あたしは――。




