エピローグ:新たな目標
シーラたち一向は魔女の村に別れを告げて、マリアの待っている王城へ向けて出発していた。
がたごと揺れる馬車の中では、女子トークが繰り広げられていた。
御者席にいるのは、クラースとアルフの男二人。
馬車内にいるのは、シーラ、ピア、ルピカの女三人だ。
呪いが解けたため、ピアはやることがなくなってしまった。
今までは解呪するために世界各地を翻弄していたので忙しくしていたが、それがなくなってしまい……正直どうやって生きたらいいんだろうという、漠然とした疑問が浮かんでしまったのだ。
そんなとき、シーラがピアに『一緒にくる?』と聞いたのだ。
ピアは『もちろん!』以外の返事なんて、持ち合わせてはいなかった。
ということで、一人増えた賑やかなパーティになった。
「……ねえ」
「ん? どうしたのピア、お腹でも空いた?」
「違うわよ!」
しばらく雑談をしていたのだが、ピアが緊張した面持ちで話を切り出した。シーラに茶化されてしまったけれど、かなり真面目な話をしたいのだ。
ピアが膝に載せていた手をぎゅっと握りしめたのを見て、シーラとルピカは心配そうに声をかける。
「なんだか顔色悪いよ? 治癒魔法いる?」
「馬車を止めて休みますか?」
けれど、ピアはゆっくり首を振ってそれを否定する。別に具合が悪いというわけではない。
「……私は呪いをかけた元魔王として、何か罰を受けないといけないの?」
シーラはまったく予想していなかった内容だったようで、あんぐりと口を開いた。ルピカは多少なりとも考えていた内容だったらしく、神妙な表情でピアを見る。
今回の出来事ははるか昔のことで、いきさつを知っている人間は数えるほどしかいないだろう。
元はと言えば人間の勇者が光の精霊から無理やりにでも力を借りようとしたのが原因だ。しかもその後は、呪いの効果を打ち消すためとはいえ人間は精霊にとても酷いことをしてきた。
それなのに、一方的にピアを罰することができるだろうか。
もちろんその判断を下すのはルピカではないけれど、きっとマリアも同じように言うのではないか……と、予想している。
黙って考え始めるルピカを見て、ピアと一緒にシーラも焦る。
「うそ、ピアは悪くないよ! そりゃあ呪いはかけたけど、ずっと解くために頑張ってくれてたわけだし……!」
「シーラ……私を庇ってくれるなんて、ありがとうぅぅ」
「わわ、泣かないでピア!」
「だって嬉しかったんだもん!!」
ピアはぎゅーっとシーラにしがみつく。
それを見て、ルピカは優しく微笑む。
「マリアのことだから、悪いようにはしないと思います。ピア様のことを知っている人は少ないですしね」
「本当? なら、よかった」
もしかしたら、その代わりに何かマリアから頼み事か何かされるかもしれないけれど……と、ルピカは思ったけれど。
安心したピアはハンカチで涙を拭いて、とたんにすっきりした顔を見せる。
「大丈夫ってわかったら、なんだかお腹が空いた気がする……」
「やっぱりお腹も空いてたんだ!」
シーラはそう言って笑い、何かあったかなと鞄の中をあさる。
魔女の村で買った保存食や、蜂蜜を使ったクッキー類があった。これを食べたらいいかなと考えていると、ピアが馬車の窓から外を見た。
「なんかこう、ワイバーンでもいたら美味しいステーキになるんだけど……」
「ちょ、恐ろしいことを言わないでください! 街道にワイバーンがいたら、大騒ぎどころじゃないですよ!!」
近隣の街や村の住人は避難しなければいけないし、手練れのパーティでないと倒すのが難しいだろう。
そんな対象を気軽にご飯みたいに言われても……と、ルピカはため息をつく。
「そう? ワイバーンのお肉は美味しいのよ。昔はよく食べてたんだけど、そういえば最近はあまり見かけないわね」
軽い言い方に、ピアが一緒で上手くやっていけるだろうか……と、若干の不安がルピカを襲う。
もしかしたら、シーラのようにお金を知らないなんてこともあるかもしれない。シーラの村は物々交換が主流だったので、お金が使われていなかったのだ。
ルピカは、恐る恐るピアに尋ねてみる。
「ちなみにピア様、人間の街へ行ったり買い物をしたりしたことは?」
「もちろんあるわよ! いやね、ルピカ。私はシーラのように非常識じゃないもの」
「ちょっと、私はもうお金の使い方だって覚えたんだから!」
馬鹿にしないでとピアが反論して、巻き込まれるかたちになったシーラも否定する。今はもう、ルピカたちに教えてもらったのでお金をちゃんと使うことができるのだから。
そんな風に騒いでいると、御者席にいたクラースが「やかましいぞ!」と声をかけてきた。
「王都まではまだ数日かかるんだぞ、大人しくできないのかよ。もうすぐ、今日泊る村に着くぞ」
「それって、魔女の村に行くときと同じ村?」
「ああ、そうだぞ。それがどうかしたのか?」
それを聞き、シーラはぱっと顔を輝かせる。
クラースとしては、小さな村で特筆して喜ぶ点はないと考えたけれど、シーラには違う。
「植物が育たなくて元気がなかったから、元気になってるといいなって」
「ああ……そういえばそうだったな」
街に住む人はあまり呪いの影響に気づいていない様子だったけれど、村に暮らし農業で生計を立てている人たちはすぐに異変を感じ取った。
植物が育たないということは、食べ物ができないということだ。
人々の関係性というものは、そういったストレスが徐々に広がり悪くなっていく。そのことで喧嘩していた人を見ていたシーラは、早く笑って過ごせるようになればいいと考えていたのだ。
今はもう呪いが解けているので、行きしなに見た夫婦もきっと仲直りしていることだろう。
馬車の窓からその村が小さく見え、シーラはピアに「あそこの村だよ!」と告げる。
「私のせいでそうなっていたから、何かお詫びでもした方がいいのかしら?」
「え? うーん、そこまでは考えてなかったけど……どうだろう、ルピカ」
「もし何か困っていそうであれば、助けてあげたらいいんじゃないですか? 別に、自分のせいだという必要はないですよ」
それに、元魔王だと少女の外見であるピアが名乗っても誰も信じてはくれないだろう。
「なるほど、困っている人を助けるのね。いいわね、私……それを旅の理由にするわ! 行く先々で、人から話を聞いて、なにか手伝うの」
「正義の味方みたいで、ピア格好いいね!」
「それはとても素敵ですね」
シーラと一緒に自由に旅をするのはもちろん楽しくていいだろうけれど、新しい理由がある方がピアにとっては嬉しかった。
せめてもの罪滅ぼしと……とえばいいだろうか。人間たちはほとんど何も知らないけれど、別に手助けするのはそれに限った話ではない。
精霊がいたら対話し、必要であれば助けてあげるのだ。
なんだかとても楽しい旅路になりそうだと、ピアは笑う。
「よーし、シーラ! 一緒に世界中の精霊と仲良くなりましょう!!」
「それいいね!」
「わたくしも、仲良くなりたいです!!」
ピアの声に続き、シーラとルピカも勢いよく返事をした。
それにクラースが「やかましいわ!」と突っ込みを入れるまで、きっとあと数秒だろう。
ひとまずこれにて完結です。
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!
書籍版の2巻は、来年の1月25日に発売しますので、こちらもよろしくお願いいたします!
加筆修正と、書き下ろしの番外編が2本ついております〜!




