20:ルピカの召喚石の欠片
全員で笑っていると、「楽しそうね」という声とともに食堂へマギが入ってきた。
手には赤色の宝石が三つ並んで付いた杖が握られていて、その一番上の部分には少しくすんだ色の召喚石の欠片らしきものがついていた。
「お待たせしました。これは誰も使っていない杖なんですけど、もしかしたら召喚石の欠片かもしれません」
シーラはマギから杖を受け取って、じっと見つめる。
「これは、サラマンダーの召喚石の欠片ですね。精霊の眷属が宿ってるから、名前をつけてあげたら火の精霊として顕現すると思うよ」
「なら、きっとシーラさんに持っていていただいた方が精霊も喜びますね。差し上げますので、ぜひもらってください」
大切にしてくださいというマギに、もちろんだと頷く。
けれどシーラは、この杖を自分で持とうとは思っていなかった。元々杖は使っていなかった上に、今はハクの召喚石の欠片が付いている杖をもっている。
申し訳なく思いながらも、シーラはマギに杖のことを相談する。
「実はこの杖、ルピカに使ってもらおうと思ってるんです」
「ルピカさんに、ですか?」
「えっ、わたくしに!?」
きょとんとするマギと、まさか自分がもらえると思っていなかったルピカが声をあげる。
二人の言葉を聞いて、シーラは頷く。
「うん。ルピカも精霊魔法を使いたいって言ってたからね。精霊を呼ぶのは、私がやり方を教えてあげられるし」
特に問題はないと、シーラは告げる。
「で、でも……本当にわたくしに? 今回、わたくしは何もできませんでしたし……」
「別にそんなの関係ないよ。精霊を大切にしてくれる人が持ってくれたら、それが一番いいと思うし」
お礼という名目でもらった杖を自分へ……ということに、どうも納得ができないようだ。けれどシーラは、そんな細かいことは気にしない。
それよりも大切なのは、精霊の意思だ。
マギは申し訳なさそうにしつつも嬉しそうなルピカを見て、くすりと笑う。
「私は構いませんよ。ルピカさん、杖を大切にしてくださいね」
「シーラ、マギ様……ありがとうございます。もちろん大切にします!!」
ルピカはシーラから杖を受け取って、それをぎゅっと抱きしめて幸せそうにする。自分もいつかは精霊を召喚できるようにと思っていたけれど、まさかこんなに早くその夢が叶うなんて。
感極まってしまったようで、ルピカは目元に涙を浮かべている。
シーラたちも、それを見て嬉しくなる。
「いいなぁ、ルピカ。僕も精霊を呼んでみたいよ」
「アルフ! これは杖ですし、もうわたくしのものです」
羨ましそうにアルフが告げると、ルピカは慌てて杖を自分の後ろへ隠す。
「いつか剣とかがあったら、そのときはアルフが持ったらいいよ」
「本当? 嬉しいな」
人が気づいていないだけで、召喚石の欠片のついた武器や装備品はまだたくさんあるだろう。
これからもたくさん見つけられたらいいなと思う。
「それじゃあ、ルピカ。火の精霊サラマンダーの眷属が一人って唱えて、名前を呼んであげて」
「わたくしが名前をつけていいんですよね?」
「もちろん」
ルピカと共に戦う火の精霊になるのだから、名前を付けるのは当然だ。
「名前をあげると、精霊はすごく喜んでくれるよ」
「そうだといいんですが……。気に入ってもらえる名前を付けたいですね」
ルピカはむむむと悩み、よしと深呼吸する。
どうやら名前を決めたようだ。
「火の精霊サラマンダーの眷属が一人――【ファラン】」
ルピカが名前を呼ぶと、杖に付いていた火の精霊の召喚石の欠片が輝きごうっと小さな炎が一瞬だけ舞い、赤色の髪が美しい男の火の精霊が姿を見せた。
初めての召喚だからか、それとも緊張からか。ルピカは少し呼吸が乱れている。けれどその表情はとても満足そうだ。
ファランと呼ばれた火の精霊は、クルッと宙で回転してルピカの前へいく。
『お前が俺の相棒か? 魔力量は……人間にしちゃあ、まあまあってとこかな。よろしくな』
偉そうに言うファランだけれど、ルピカは自分で精霊を呼ぶことができたという感動もあって、そんなことはまったく気にならないようだ。
「わたくしの呼び声に応えてくれてありがとう、ファラン。わたくしは魔法使いの、ルピカ・ノトヴァルドです。どうぞよろしくお願いしますね」
『おう! 俺は強いからな、大船に乗った気でいていいぞ!』
「それは頼もしいですね」
自身満々の様子のファランは、魔力を得ることができてはしゃいでいるようだ。かなりテンションが高く、ルピカのことも気に入ったらしい。
「ファラン、いつでも呼んでいいんですか?」
『え、うーん……まあ暇だから、いつでも呼んでいいぜ! どうしてもって言うなら、別に毎日だてかまわないからな!』
「ありがとうございます」
ファランの言葉にお礼を言って、ルピカはハッとする。
「召喚したことに浮かれてしまって、紹介がまだでしたね」
『ああ、そこにいる人たちだね。俺は今、ファランの名をもらった。よろしくな』
「私はシーラだよ」
「ピアよ!」
「僕はアルフ」
「クラース」
「私はマギです」
全員が挨拶して、ファランが仲間として迎え入れられた。
するとファランはシーラの方をじっと見て、近寄ってくる。どうやらシーラのことが気になったらしい。
『下位精霊の召喚石! すごく気に入られてるんだな……』
「みんなよくしてくれる、私の友達だよ。それから、ここにいる人たち全員もね。みんないい人だから、ファランもよろしくね」
『ああ!』
シーラの言葉に、ファランはもちろんだと胸を張る。
「ファランはすごく頼もしいですね」
『まあな! 俺の召喚石の欠片を持ってることが、誇りだと思えるようになるぜ!』
ルピカがファランを褒めると、これからどんどん活躍するというニュアンスで返事をくれた。でも、ルピカにとってはすでに誇りだ。
「わたくしは、ファランがこうしていてくれるだけで誇りです。けれどあなたがそれも足りないと言うのでしたら、わたくしももっと頑張らないといけませんね」
『二人で頑張ろうぜ!』
「はい!」
『世界の果てにだって、連れてってやるよ!』
ファランの言葉に、その場にいた全員が笑う。
世界の果てにあるのはシーラの村だが……ここでそれを告げるのは無粋というものだ。いつかみんなを招待するのもいいなぁと、シーラは思う。
ルピカはマギを見て、改めて礼を述べる。
「ありがとうございます、マギ様。ファランと出会えたのは、マギ様のおかげです」
「いいえ、私は大したことはしていません。ルピカさんたちがここまで来ることができたのは、今までの努力があってこそでしょう」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
今まで勇者パーティの一員である魔法使いとして、ルピカは努力を怠らず生きてきた。それを会ってみたいと思っていた魔女であるマギに言ってもらえたのは誇らしい。
「わたくし、実はずっと魔女と呼ばれる人たちにお会いしてみたかったんです。……いったいどんな魔法を使っているのだろうとか、偉大なんだろうか、とか」
妄想のようなものがどんどん膨らんでいたのだとルピカは告げる。
「ルピカさんのお名前は、魔女の村でも有名でしたよ」
「わたくしのことが……?」
「勇者パーティの魔法使いですから、知らない者を探す方が大変ではありませんか?」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
マギに自分の存在を知っていてもらえたことに驚き、ルピカは微笑む。
「それに……姉が迷惑をかけているだろうとも思っていましたから。魔女の村として、何度お詫びをしても足りないことでしょう」
魔女の村の中でも、レティアをどうすべきかという意見は大きく二つに分かれているのだとマギは告げる。
「光の精霊に愛されている姉がすべきことは、すべて不問であるという考え。そしてもう一つは、魔女たちが責任をもって罰すること」
マギはその間に挟まれて、苦しい思いをしてきたのだろう。
少し疲れたような笑みでそう告げ、「ですが……」と言葉を続けた。
「魔女としてもそうですが……私は妹として、どんな理由があったにせよ、精霊たちを傷つけるための一端を担っていた姉を許せそうにはありません」
「マギ様……」
「落ち着いたら、エレオノーラ陛下の下へ参ろうと思います」
今は街の復興などもあるだろうから、それにもできうる限り手を貸しましょうとマギはルピカに約束してくれた。
「はい、お待ちしています。わたくしたちも一度王城へ戻りますので、陛下にお伝えしておきます」
「お願いします」
すべてが解決し、魔女たちとも上手くいき――エレオノーラ――マリアが統治するこの国は、いい方向へ発展していきそうだ。




