17:シーラの決意
「…………」
何度かまばたきをすると、窓の外から淡い月の光が差し込んでいることに気づく。どうやら、眠っていたようだ。
ここはマギの屋敷で、シーラとルピカに割り当てられた部屋のベッドの上にいた。
「シェイドに会ったのは、夢……じゃないみらいだね」
シャランと音を立てたのは、シーラの左耳についている黒色の召喚石のイヤリングだ。シェイドがいつでも自分に会えるようにと、シーラにくれた。
極力、人に干渉しないためあまり力を貸すことはできないけれどと、釘も刺されている。
加えて、自分の中に強大な魔力があることも感じることができた。
隣のベッドを見るともぬけの殻で、ルピカの姿はない。
「どうしちゃったんだろう?」
いつもなら寝てる時間なのにと、シーラは思う。
――でも、今はそれより先にやることがある。
それはシェイドに教えてもらった方法で、ピアの呪いを解くことだ。そのために必要な魔力は得ているので、理論上はシーラでも行うことができる。
ピアの魔力を、より強いシーラの魔力で打ち破る……という力技なのだけれど、シェイド曰く現状で呪いを解く方法はそれしかないということだ。
でも、それには懸念すべき事柄が一つある。
「…………」
シーラは数回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「ルピカたちには、言わない方がいいよね」
懸念事項を話したら、きっと呪いを解くことを止められるだろう。
そう考えると、今ここにルピカがいないことは僥倖だっただろうか。シーラはベッドから下りて、靴を履き、少し乱れてしまった髪を手ぐしで整える。
「よしっ! ピアのために、頑張らないと」
ふんと鼻息を荒くして、シーラはドアから部屋を出ようとして――足を止めた。
「玄関から出たら、誰かに出くわしちゃうかも?」
シーラは正面突破は駄目だと考え、窓から外へ飛び降りた。綺麗に着地し、屋敷を振り返ると食堂部分の窓に明かりが灯っていた。
どうやら、全員が食堂にいるのだろう。
「呪いを解いて帰ってくるから、待っててね!」
シーラはそう告げて、夜の村を駆け出した。
軽やかな足取りでシーラが走っていると、精霊たちが気づいて近づいてきた。普段のシーラと少し魔力が違うため、不思議そうにしている。
今は相手ができないと言って謝りながら、シーラはどこへ向かおうか考える。できれば人がいなくて、広いところがいいだろう。
ちょうど魔女の村の入口を出たところで、守り神がいることに気づいた。
『我の山を使うといい』
「ありがとう! そうさせてもらうね」
『動物たちも避難させておくから、何も気にすることはない』
シーラは守り神の好意に笑顔で頷き、立ち止まることなく山へ向かった。動物たちがいなければ、かなり気持ちに余裕ができるだろう。
山についてからは、足の速度を緩めてゆっくり歩いて登ることにした。その際に考えることは、先ほどシェイドから告げられた言葉だ。
『僕が与えた魔力とシーラの魔力を使えば呪いが解ける。それは確実だ。でも、もしかしたら体が耐えられなくて朽ち果ててしまうかもしれない』
それはつまり、死ぬかもしれない可能性があるということだ。
まだまだ世界を見たいから、シーラはこれっぽっちも死ぬつもりなんてない。けれど、ルピカたちに話せばきっと止められるだろうなと思ったのだ。
だから、今回は一人で動くことにした。
シーラに危険が伴うのであれば、無理してこの方法にせずとも別の可能性を探せばいい。そう思うかもしれないけれど、シーラはそれが嫌だった。
その理由は、とても単純なものだ。
ピアのことを、親友として助けてあげたいと思ったから。
それにつきる。
真夜中の山は、思っていたよりも暗くはなかった。空に浮かぶ満月が明るくて、逆に動物たちが眠れないのでは? なんて心配になってしまうほどだ。
「場所は、守り神のいた洞窟の前でいいかな?」
あそこであれば、守り神がいた影響で魔力も安定していそうだとシーラは考えた。一時間ほど歩いてそこにたどり着くと、シーラは杖を振り上げハクを呼ぶ。
「おいで、【ハク】」
『はーい、呼んだ? って、シーラ?』
顕現したハクはすぐに、シーラの様子がおかしいことに気づいた、魔力が普段の倍以上はあるだろうか。
ハクが心配そうに、シーラのすぐ近くを飛ぶ。
「大丈夫だよ。実は今からこの呪いを解こうと思うんだ」
『え、そんなことできるのか!?』
「うん。ハクに手伝ってほしいことがあるから、ちょっと頼まれてほしいんだ」
シルフなどの下位精霊に頼んだ方がスムーズだけれど、拒否られてしまう可能性を考えてハクを選んだ。
その内容は、シェイドに教えてもらった精霊たちの習性。いや、その言葉が適切なのかどうかはわからないけれど。
シーラが使った魔法などを今だけ奪わないでほしいという、お願いだ。
「できるかな?」
『それはもちろんできるけど……何するの?』
「見てのお楽しみ、かなぁ。きっとハクもびっくりすると思うよ」
意味深な言葉を聞き、ハクはいったいどうするつもりなのかと不思議そうにしている。シーラがそこまで言うのだから、かなり大掛かりなことをするのだろうけれど……。
シーラはゆっくり目を閉じて、意識を集中させる。
今から行う魔法は、シーラの人生で最も大掛かりなものになる。きっとこれから先も、今回ほどの魔法を使うことはもうないだろう。
解くべき呪いは、この国を包み込む『植物を成長させない』という呪いだ。
元魔王であるピアが行った大規模な呪いで、その本人でさえ解くことができずに苦しんでいる。
その事実を知ったとき、相談してくれたらよかったのに……なんて思いもしたけれど、自分よりずっと年下でもあるシーラに言うことができなかったのだろう。
――まずは、この国に広がっているピアの魔力を捉える。
それを自分の方へ引き寄せるようにしながら、変わりにシーラの魔力で食らいつくすのだ。
「うん、上手くいきそう」
呪いの魔力が集めってきたのを感じ、シーラは目を開いてそれを見る。正確には感じ取るという表現が近いだろうか。
かなりの魔力で、本当に自分がこの呪いを解けるのだろうかと不安になるほどだ。
シーラがゆっくり手を伸ばし、自分の魔力をそれに向かい放つ。
「ぐ……うぅっ!」
そう簡単にいかないのは、呪いの魔力が大人しく喰われはしないということだろうか。呪いの魔力とシーラの魔力が反発しあい、上手くコントロールすることができない。
押されて倒れそうになるのをぐっとふんばり、シーラは意識を集中させる。
――いっそ相手が魔物だったらよかったのに!
それならば、倒して終わりだった。
けれど相手は意思のない魔力の塊で、ただただ強い力をこちらにぶつけてくるだけだ。
『えっえっえっ!? シーラ、大丈夫なの!?』
これほど大掛かりなことになるとは思っていなかったハクが、画面蒼白になりながらシーラへ問いかける。
正直に言えば、シーラが予想していたよりかなりきつかった。
「大丈夫、だよ。この呪いがなくなれば、誰も苦しまなくていいんだから」
シーラは決して無理だよとは言わずに、ハクへ笑顔を向ける。自分がここで弱音をはいたら、ハクを不安にさせてしまう。
けれどシーラが上手くコントロールできていないことは一目瞭然で、このままだとシーラ自身が危ないとハクにもわかってしまった。
どうしよう、誰かに助けを求めた方がいいのではないか。そう思いハクが泣きそうになったところで、山の中に声が響いた。
「シーラ、私のことで勝手は許さないんだから!!」
それは親友を心配してやってきた、ピアの声だった。




