12:もやもやの理由
人が生身で雲より高い場所へ行くのは大変だけれど、大きな翼があるとそれがなんと簡単になるのだろうか。
冷たい風がシーラの頬に触れて、その寒さに少し体を震わせる。
それに気遣うように言葉をかけたのは、赤竜のシャクアだ。
『そろそろ地上に下りるか? ピアも、お前の仲間も心配していると思うぞ』
「……もう少しだけ、飛んでほしいな」
『それはかまわぬが』
空の高い場所にいるのは、シャクアとシーラだ。
マギの屋敷を抜け出し、シーラがやってきたのは友であるシャクアのところだった。
布団の中で悩んでもすっきりしないし答えは出ない。そんなとき、長い時を生きているこの竜ならば何か答えをくれるのではないか? そう、思ったのだ。
『お前たち二人も喧嘩をするのだな。して、原因はなんだ? 別に無理に言う必要はないが、このままではずっとすっきりしないだろう』
「……そうだね」
シャクアに話すよう促されて、シーラはゆっくり口を開く。
「実は夜中ピアにあって、お願いをしたの……」
シーラはゆっくり口を開き、どうしてピアと喧嘩してしまったのかと、なぜ呪いを解いてもらえないのかがわからなくて辛いということを話した。
シャクアはシーラが話すことに何か反論することなく、すべてを聴いてくれた。
『なるほど、そんなことがあったのか。仲が良いお前たちには、ちと酷な問題だったのかもしれないなぁ』
「え? どういうこと、シャクア」
『……我から理由を告げていいのかどうか、迷うところだな』
シーラとピア、二人ともが現在辛い思いをしているのだということが、シャクアにはすぐわかった。
ほんの少しのすれ違いというか、理由を話してしまえば至極簡単だろう。けれど、それをピアが告げなかったのは彼女なりのわけがあるのだろうとシャクアは考えた。
なので、それをピアに無許可で教えることが憚られてしまう。
シーラはシャクアが理由を知っているのだとわかり、「なんで?」と再び疑問の声を口にする。
『うぅ〜む、どうしたものか……』
「お願い、教えて。ピアはどうして呪いを解いてくれないの? ちゃちゃっと解いてくれると思ってたのに!」
『シーラ……』
いとも簡単に言うシーラに、シャクアはなるほどこの期待が告げられなかった理由かと苦笑する。
すごいすごいと持ち上げられているのに、できませんとはピアも言いづらいだろう。
シャクアはシーラをじっと見て、『考えるのがいいだろう』と告げた。
「考える? 私が、その理由を……っていうこと?」
『いいや。もしシーラがその呪いを使ったとして、どうやったら解けると思う?』
「え? 私が呪いを……? そんなこと、ありえないよ」
『仮定した話だ』
シーラが呪いをかけるなんて、シャクアは微塵も思ってはいない。だから仮定の話で、シーラだったらどうやって解呪する? そう問うたのだ。
今度はシーラが「むむむむ?」っと唸る。
「自分でかけた呪いを解くには、えっと……どうするんだったけかな」
普段あまり考えることをしないが、以前に一度そのことを聞いたことがある気がする。シーラはどうにか思い出そうとして、唸る。
――村にいたとき、お姉ちゃんが教えてくれたような気がするんだけど……。
確かあれはそう、シーラの姉に結婚を迫った男がいて――断っても断ってもすごくしつこくて、お腹を下す呪いをかけていたのを覚えている。
男が数日苦しんだのち、呪いはきちんと解かれているが。
「呪いをかけるには、その内容によって材料が必要になることがあるけど……術者本人が解くためには……思い出した! 呪いをかけたときよりも、純粋に魔力が二倍以上必要になる!」
『そうだ』
「よかった、合ってた。シャクアに言われなかったら、思い出せなかったよ」
シーラは笑顔で頷くも、それならばなぜ解けないのか? と、首を傾げて――一つの可能性にたどり着く。
それはあまり考えたくないが……もしそうだとしたら?
――私、ピアに酷いこと言っちゃった。
画面蒼白になったシーラを見て、シャクアは優しい笑みを浮かべる。
『どうやら、理由がわかったようだな』
「うん。国一つにかけた呪いを解くのに、どれだけ魔力が必要かなんて予想もできないよ。ピアでも、きっと魔力が足りない……んだよね?」
『……どうする、まだ飛んでいるか?』
「うぅん、下して!」
理由がわかってしまった今、シーラの中にもやもやした気持ちはない。それどころか、ピアと一緒に呪いを解こうということで頭はいっぱいだ。
――でも、いったいどうすればいいんだろう?
魔力が足りないからといって、今更増やしても効果は薄い。そもそもピアが何百年も一人で呪いを解こうとしていたのに、できていないのだからそんな簡単な解決方法は無理だろう。
「……そうなると、必要なのは魔力をふんだんに含んだもの?」
『確かにそれであれば、呪いを解く可能性はあるかもしれないな』
「うん! ただ問題は、その当てがないっていうことなんだよね……」
どこかに魔力を含んだ鉱石か何か落ちていないだろうか。
シャクアが翼を大きく羽ばたかせて、降下するために体の向きを変えたところで、シーラはふと山頂に光があることに気づく。
守り神の住む、魔女の村の横にある大きな霊峰だ。
「待って、シャクア」
『うん?』
「あそこに何かある!」
『山に、か? ――あれは、ヒヒイロカネか!』
さすがのシーラでも、それが何かまではわからなかった。けれどシャクアはそれを簡単に言い当てて、『いいものを見つけたな』と告げる。
「ヒヒイロカネって、おばば様がペンダントにして付けてた。確か、歴代の村長が身に着けてる……って。魔力がすごく多いことは知ってたけど、自然にあるものはこんなにも魔力が潤沢なんだね」
『守り神のいる山だから、ということもあるだろう』
「…………」
『シーラ?』
突然黙ってしまったシーラに、シャクアは戸惑いの声をあげる。絶対に何か企んでいると、瞬時に理解できてしまった。
そしてシャクアが予想していた通りというか、なんというか。シーラは背の上で立ちあがって、眼下を見る。
――きっとあれを手に入れることができたら、呪いを解ける。
それほどまでに、あのヒヒイロカネからは魔力を感じることができた。もし魔力が足りなかったとしても、また別のものを探せばいい。
「シャクア、行くね」
『シーラ!? せめてピアに一言――って、遅かったか』
言ってすぐ、シャクアの返事なんて聞かないままシーラはその大きな体から身を投げた。高い霊峰の頂上が見下ろせるほど高い上空から大地までなんて、いったいどれほどの距離があるだろうか。
けれどシーラの表情は涼しく、むしろ笑みすら浮かべている。
シーラは冷たい空気を全身で感じながら、左手につけているブレスレットを見つめた。
これはシーラの宝物の一つ、シルフの召喚石のブレスレットだ。
「私をあの頂に連れていって、【シルフ】」
シーラがその名を呼んですぐに、突風が吹いた。シーラの体は宙を踊るように舞って、その手にシルフの美しい指が触れた。
『私を呼ぶなんて、何か困りごとかしら? ――って、こんな高い場所で呼ばれるとは思わなかったわ』
シルフは驚きながらも、風を操りシーラの落下スピードを緩めていく。
「ありがとう、シルフ。実は、あそこに行きたいんだ」
『山頂に? 何かあるわね、何かしら? すごい魔力は感じるけど……』
「ヒヒイロカネだって。あれが必要なの」
『へぇ、ヒヒイロカネなの! 伝説に近い鉱石をこんなところで見れるとは、思わなかったわ』
風を操り、シルフはシーラと共に山頂部分へ降り立った。
本日ネットサイン会をするので、活動報告を書きました。
よろしくお願いします~




