11:ピアの事情
ルピカが屋敷の中を捜してみるけれど、シーラの姿はどこにも見当たらない。どこへ行ってしまったのか、まったく予想ができない。
お風呂場にもトイレにも、どこにもいないのだ。
「あとはもう、クラースに任せるしかないですね」
ピアとマギの元へ戻り、シーラがすぐにこないことを伝えるしかないだろう。そしてクラースが早くシーラを見つけて戻って来てくれることを祈るしかない。
ルピカは頭を抱えながら、食堂へ戻った。
***
「おかえりなさい、ルピカさん。……シーラさんは、どうしたのかしら?」
「マギ様、その……シーラは準備に時間がかかっていまして。もう少ししたら、クラースと一緒に来ると思います」
なのでしばらくお待ちくださいと、ルピカは微笑む。
マギはそれを聞いて頷き、問題ないと告げるが……ピアはどうやら納得できないようで未だに涙が止まってはいない。
しゃくりあげるように泣いて、ピアはルピカを睨みつける。
「やっぱり私がシーラに酷いことを言ったから!」
「え? えっと……ピア様はシーラに会ったのですか?」
やっぱり自分が原因だと告げるピアに、ルピカは戸惑う。いったいいつ、二人は会ったのだろうか?
その疑問に答えたのは、アルフだ。
ルピカとクラースが出て行ってしまったあと、必死で場を繋いでくれていたようだ。
「夜中に、裏庭で会ったんだって。そのとき、ちょっと言い争いの喧嘩になってしまっったらしいよ」
「そうだったんですね」
喧嘩をしてしまったことが原因だったのかと、ルピカは納得する。
シーラがベッドから抜け出したことには気づかなかったけれど、普段と違い布団にくるまって寝ていたことも、喧嘩をしてふてくされていたのであれば不思議ではない。
ルピカはできるだけピアを刺激しないように、二人のことを聞く。
「……私たちは、昔からの親友なのよ! さっき会ったときだって、すごく嬉しかったんだから。でも、シーラに呪いを解くように言われて……」
ピアが経緯を話すのを静かに聞き、今回の呪いに関する見解が違って喧嘩になってしまったのかと考えた。
けれど、自体はそれほど簡単なことではなかった。
ピアがぽつりと、呟いた。
「……呪いを解きたくても、その方法がわからないの」
「「え――!?」」
「でも、シーラに『できない』って言いたくなくて……私は酷いことを言ってしまったの。そうしたら、シーラが怒って……」
そして、今に至る――と。
まさか魔王本人から、呪いを解くことができないという言葉を聞くことになるなんて思ってもいなかった。
一気に解決への道が曇ってしまったではないか。
ピアは、シーラに尊敬されていることを知って嬉しかった。
それなのに、シーラの『呪いを解いて』というお願い一つ叶えることができなくて、さらに喧嘩をしてしまい超絶落ち込んでいたのだ。
魔王だったらもっと威厳があってもいいのでは? そう思うかもしれないけれど、これがピアの性格なのだから仕方がない。
シーラと話をしているときも泣きそうだったけれど、泣いたらみっともないと思われてしまうと考え実はぐっと涙を堪えていたのだ。
「驚いたでしょう? お二人とも」
「マギ様……いえ、ええと……はい」
「呪いをかけた本人でも、解くことができないこともあるんですね」
苦笑するマギに、ルピカとアルフは頷くしかできない。
ピアはシーラの名前を呼びながら泣いているので、代わりにマギがこの呪いのことを説明してくれた。
「前提として、ピアはこの呪いを解こうと頑張っているんです。ですから、原因ではあるのですが、あまり彼女を責めないであげてくださいませ」
魔王ピアは、ずっと呪いを解くために奔走しているのだという。
シーラと出会ったのも、呪いを解くための方法を村人たちと考えるために訪れたときだ。何回か訪問し解決策を考えたけれど、結果は見ての通りすべて駄目。
魔女たちも同様に呪いを解く方法を探しているけれど、まだ見つけることができていない。
だから、マギは呪いを解くことはできないけれど、ピアに会わせることはできると行ったのだ。
「光の精霊に協力をしてもらおうと思ったのですが……とても稀有な存在で、滅多に人の前に顕現しないのです」
「わたくしは、シャクア様に光の精霊をめぐりピア様と勇者が戦った……というようなことを伺いました」
それは本当なのだろうか? と、ルピカはピアへ視線を向ける。
先程よりも落ち着いてきた様子のピアは、その問いかけに小さく頷いた。
「そうよ。光の精霊は、人間に力を貸すことをよしとしていなかったから。だから、私が勇者にやめるように忠告したの」
「力を貸したくないということでしょうか?」
「正確には、最高精霊である光は人間と干渉しない方がいいと考えたのよ。それについては、もちろん私も賛成。だから、勇者を止めるために戦ったの」
もし光の精霊が一人の人間に力を貸したのだとしたら、その人、もしくは国が巨大な力を手に入れ各国の力バランスが崩れてしまう。光の精霊は、そういった点も懸念しているのだ。
過剰な力を持った自分たちは、力を貸すべきではないのだと。
「精霊たちも、誰彼かまわず力を与えているわけではないのよ。人を選ぶことはもちろんだけど――無条件で精霊に好かれることもあるの」
「人間が精霊に好かれるということですか?」
「ええ。私の姉、レティアは光の精霊に無条件で好かれていたの。体質なのか、ほかに理由があるのかは私にもわからないけれど……」
「レティア様が……」
マギは少し寂しそうに微笑む。
その視線はどこか遠くを見ていて、今はいないレティアのことを考えていることがわかる。
「私も、姉のように精霊に好かれていたら……いえ、それを言っても仕方がないですね」
「マギ様……」
「姉は、この村から見ても異端でした。村を出て、何をするのかと思えば――まさか、精霊を苦しめる人間たちの方へ回るなんて」
とんでもないことですと、マギは言う。
けれど光の精霊に愛されているレティアを魔女たちがどうにかすることはできなくて、結局放置するというかたちになってしまった。
「レティア様は、光の精霊に愛されていたんですね。まったく知りませんでした……」
「村で光の精霊を見ることはなかったけれど、姉の近くにそれらしい存在はいませんでしたか?」
「あ――パルが、近くにいました」
ただの毛玉のような使い魔だとばかり思っていたけれど、どうやらパルこそが光の精霊だったようだ。
精霊に会うのが夢だったルピカは、もう出会っていたことに軽く衝撃を受ける。
ピアは光の精霊の姿を思い出し、ルピカに問いかけた。
「毛玉のような姿だったか?」
「は、はい」
「なら、それは光の精霊よ」
パルが光の精霊で間違いないようで、マギもゆっくり頷いた。
「精霊に好かれているのに、どうしてあんなことを――あ、申し訳ありません」
「気にしないでください、ルピカさん。私も姉が何を考えていたのか、わかりませんから。……ただ、精霊のことを含め、いろいろ知りたがりな研究者気質ではありましたね」
レティアは王城でも研究者として働いていたため、確かに元来の性格もあるのだろう。ルピカがそう思ったところで、食堂の入り口が開いてクラースがやってきた。
けれど、捜しにいったはずのシーラの姿はなく、彼一人だけだ。
「悪い、ちょっとシーラがどこにいるかわからなかった」
「や、や、やっぱり……シーラは私に愛想をつかしたんだ!」
「いやぁ、そう言われても……」
落ち着いてきたピアが再び泣き始めてしまい、全員が頭を抱えるのだった。




