10:シーラの行方
翌朝になって、ルピカが目を覚ますとシーラが布団にくるまり山のようになっていた。
「……シーラ?」
彼女はこんな寝相ではなかったのにと、ルピカは苦笑する。寝苦しかったりしないのだろうか? そんな風に思いながらも揺らして、声をかける。
「朝ですよ。着替えて顔を洗って、朝食にしましょう」
「…………」
「まだ寝てるのでしょうか?」
山になっているだけで、中身は空……ということはないようだ。いったいどうしたのだろうと首を傾げつつ、疲れが溜まっているのかもしれないと思いルピカはまだしばらく寝かせておいてあげることにした。
ルピカは顔を洗って着替え、一足先に食堂へ行く。今日の予定を決めてから、もう一度シーラを起こしてあげればいいと考えたのだ。
食堂に行くと、すでにアルフとクラースが朝食をとっていた。
八人ほどが座れる長テーブルに二人だけで、マギやほかの人の姿は見えない。
「おはようございます、二人とも」
「おはよう、ルピカ」
「おー、シーラはまだ寝てんのか?」
アルフとクラースが挨拶をしつつ、姿の見えないシーラのことを疑問に思う。ルピカは席に座りながら、そのことを説明する。
「それが、布団にくるまるようにして寝ているんです。いつもはそんな寝方をしないんですけど……」
「今更、守り神にあげたポーションが惜しくなって悔しがってるとかか?」
心配気味に話すルピカに、クラースが冗談交じりでそんなことを言う。ルピカは苦笑しつつ「それはないですよ」と告げる。
「シーラはそういう子ではありませんし。それに、魔王ピアに会うことを含めいろいろ協力はしてもらえるみたいですから」
「そうだね。それにシーラだったら、また自分で作りそう」
「確かに。そのときは、わたくしたちで材料集めや作成のお手伝いをしましょう」
笑いながらそんな話をしていると、食堂のドアが開いてマギと一人の少女がやってきた。その後ろには使用人が三人分の食事を持ってきていて、マギと少女、そしてルピカの前へ配膳して下がっていく。
誰だろう?
というのが、全員の共通意見だろうか。
しかしその疑問が解決するより前に、マギが口を開く。
「おはようございます。皆様、よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで、熟睡させていただきました」
「それはよかったです」
マギはにこやかに微笑み朝の挨拶をしたけれど、一緒にいる黒髪の少女は半比例するように顔から覇気がなくなりどんよりした表情になっていく。
いったい何事だと、ルピカたちは嫌な予感を覚える。
「……シーラさんは、ご一緒ではないのですか?」
ルピカたちを見て、マギが首を傾げる。それにすぐ黒髪の少女が頷いたので、どうやらシーラが目的らしいことがわかった。
しかし残念ながら、シーラはまだ夢の中。
「すみません。シーラは疲れているようだったので、まだ休んでいるんです。今日のスケジュールが決まり次第、声をかけようと思っているんですが……」
「…………私のせいだ」
「「えっ!?」」
理由を説明してすぐに、黒髪の少女が声を発した。それにルピカたちは驚くも、なぜこの少女のせいなのか理由がわからない。
しかし泣きそうになっているので、何かしらの関りがあるのだろう。ルピカはマギへ視線を向けて、少女の紹介をお願いする。
「そうでしたね。彼女は紹介する予定だった、ピア様です。幼く見えますが、私たちよりずっと長い時間を生きていらっしゃいます」
「――っ!!」
時間を作り改めて挨拶を……そう思っていただけに、突然ピアと告げられ戸惑うのと同時に冷や汗をかく。
そんなすごい人物が、こんな気軽に客人のいる食堂にくるなんて。
ルピカは小さく深呼吸をして、何度か呼吸を落ち着かせる。
「初めてお目にかかります、ピア様。わたくしは、ルピカ・ノトヴァルド。シーラの仲間です。いったい何があったのか、教えていただいてもよろしいですか?」
「シーラの、仲間?」
優しくルピカが語りかけたにも関わらず、ピアの目にはめいっぱいの涙が溜まった。それを見たアルフとクラースはぎょっとして、わたわたしている。
――な、何があったんですかシーラ!
ルピカもアルフたちのように慌てたいけれど、今にも泣きそうなピア――いや、たった今、泣き出してしまった。
「わあぁぁぁんっ! 私と会いたくなかったから、シーラは朝ご飯を食べにきてくれないんでしょう!?」
「えっえっ!? そんなことはないと思いますよ、ピア様!」
「嘘よ! 私が酷いことを言っちゃったから……っ」
ぼろぼろ涙をこぼして、それを隠しもせずに泣き続けるピア。これにはルピカどころか、マギまで慌ててしまっている。
「ルピカさん、とりあえずシーラさんを呼んできてください!」
「わかりました……っ!」
シーラ関係で泣いているのであれば、シーラを無理やりにでも起こして呼んでくるしかない。
慌てて部屋に駆け込んで、ルピカは勢いよく山になっていた布団をはぐ。優しく声をかけて起こしている余裕なんてない。
「シーラ、大変なの! 起き――っ!?」
布団をはぎとるのと同時に、ルピカの目が大きく開かれた。そこにいるはずだと思っていたシーラが、いなかったからだ。
「嘘……確かにわたくしが起きたときには、布団の上からでも感触があったのに」
いったいいつの間に布団から出たのだろうか。
見ると、シーラが夜着として使っていた服が畳んでおかれている。いつもの装備はないので、出かけたということは間違いなさそうだ。
「ど、どうしましょう……」
いったいどこへ行ったの!? と、ルピカは心の中で叫ぶ。食堂に戻り、シーラはいませんでした……なんて言ったら、それこそピアが大泣きしてしまうかもしれない。
部屋の中でいったりきたり、おろおろしているとクラースが顔を覗かせた。
「おい、呼んでくるだけでいつまでかかってる――って、シーラはどうしたんだ?」
「それが、わたくしが部屋に戻ってきたときにはもういなかったんです。服がないから、どこかへ行ったんだと思うんですが……」
ルピカは布団の山をぼふんと潰し、シーラがここにいないことをクラースに伝える。
「どこに行ったんだ? 朝飯だって、食ってないだろ」
「だから困ってるんですよ……」
「あー……そうだな。とりあえず急いで捜すしかないか」
「私はこの家の中を見てみます」
「んじゃ、俺はちょっくら外を見てくるか」
二手に分かれ、ルピカが屋敷内、クラースが外を担当することになった。この場にいないアルフには、申し訳ないがピアとマギの相手をしていてもらおう。




