9:友達との再会
穏やかな寝息と一緒に聞こえてくるのは、楽しそうに歌う声。
その声が、眠っていたシーラへと届いた。せっかく気持ちよく眠っていたのに……そう思ったけれど、シーラの耳がピクリと動きがばっと体を起こす。
――この歌、知ってる!
懐かしいメロディに、優しい声。
シーラは隣で寝ているルピカを起こさないように着替えて、部屋をそっと抜け出した。
まだ真夜中のため、外は暗闇だ。
月と星の明かりだけを頼りにして、シーラは声がする方へと歩いていく。
「こっちかな?」
声がしたのは、マギの家のちょうど裏手だった。
家を回り込んで覗き込んで見ると、広い裏庭になっていた。そこに一人、闇に溶け込むような黒髪を持つ少女がいた。
シーラが予想していた通りの人物だ。
「……ピア」
「え? ……シーラ!」
ぽつりと名前を呼ぶと、少女はぱああぁっと顔を輝かせてこちらへ飛びついてきた。よほど嬉しかったようで、シーラに抱きついてぐりぐりしてくる。
「わわっ、ピア!」
「だってだって、会えたのが嬉しかったのよ! せっかくシーラの村へ遊びに行ったのにいないし、こうやって捜しにきたけどなかなか会えないしで……まったく、くたびれちゃったわ」
「私だって、会えたことは嬉しいよ」
シーラがピアと呼んだ少女。
見た目はシーラと同じくらいの年代だろう。艶やかな黒髪に、和をイメージした服に身を包んでいる。
今、ここで歌っていたのは彼女だ。
しかし彼女こそが、ルピカたちが捜しもとめていた魔王ピアでもある。
ピアは首を傾げながら、シーラを見る。
「でも、どうして魔女の村にいるの? 捜す手間が省けたからいいけど……」
「実は魔王ピアを捜してるんだよ」
「え?」
「ピアと同じ名前なんて、奇遇だよね」
「…………」
ピアは思った。
この子、もしかして本気で言っているのか? と。
ピアはどうしたものかと考えつつも、特に隠しもせずシーラに事実を告げる。
「特に名乗ってはいなかったけど、私、元魔王なの。だから、シーラの捜し人は私だと思うわよ」
「ええぇっ!? ピアが魔王だったの!?」
知らなかったシーラは盛大に驚き、まじまじとピアを見る。けれど、外見から彼女が魔王であることはわからないし、そもそもシーラは魔王の特徴なんて知らない。
――ということは?
「植物が育たない呪いをかけたのは、ピアだったの?」
それが本当であれば、軽蔑してしまう。
シーラは友達が魔王だと知り、そうでなければいいと思う。しかし現実はそうそう上手くいくものではなくて、ピアは縦に首を振って頷いた。
「そうだよ。ずっとずーっと昔のことだけど」
「でも、そのせいで精霊たちが酷い目に合ってたんだよ。ピアだって、精霊のことは大好きだったじゃない。それなのに、どうしてこんなことしたの!?」
シーラの怒りはもっともだけれど、精霊たちを利用したのは人間たちであってピアではない。そのことは履き違えないでほしいと、ピアはシーラを睨みつける。
「私だって、人間がここまで愚かだとは思わなかったもの! 人間がやったことまで、私のせいにしないでよ!」
荒らげられたピアの声に、シーラが目を見開いた。
「ご、ごめん。そうだよね、ピアが精霊を捕まえたりしたわけじゃないのに……」
「私も怒鳴ってごめんなさい」
別に二人は喧嘩をしたいわけではないのだ。
ピアは気持ちを落ち着かせるように首を振って、深呼吸をした。
シーラはそんなピアを見て、それならばどうして? という、一つの疑問が浮かぶ。それは、精霊のことを好きだと言うピアが、どうして呪いを解かないのかということだ。
――解けたら精霊たちだって解放されたはずなのに。
その点だけは、どうしても納得ができない。
シーラとピアは昔から仲良しだった。
ピアはシーラの村ではなく『外』に住んでいたので、頻繁に会うことはできなかった。たまに村へ来てくれたので、そのとき一緒に遊んでいたのだ。
だから友達だといっても、シーラはピアのことをあまり知らないのだ。その逆もしかり。
さあっと夜風が吹いて、シーラとピアの髪が靡く。
「ねえ、ピア。呪いを解いて? 植物が育たなかったら、この辺り一帯は滅んじゃう。それに、精霊たちも自然からエネルギーを得ることができないもん」
「…………」
そのことに関しては、ピアも知っているだろう。
だからシーラはこの問題はもう解決するだろうと――そう思ったのだけれど。
「それは、無理なの」
「え?」
無情に告げられた言葉を聞いて、シーラの頭の中になぜ? という言葉がいくつも浮かぶ。
「……どうして?」
シーラが声を振り絞るようにして、理由を問いかける。
ピアはしばらく黙ったままで、口を開こうとしない。よほどの理由があるのかもしれないけれど、シーラだって精霊たちを助けてあげたいのだ。
――どうして頷いてくれないの?
「ねえ、ピア? ピアは昔から、私とすごく気があうし、魔法の腕だって一流で……そう、魔法が上手くいかないときに教えてくれたのもピアだったよね」
「……そうね」
ピアが呼びかけに応えてくれたことに対し、シーラはほっとして言葉を続ける。
「私はね、魔法を自由自在に操るピアのことを尊敬してたんだ。だから魔法の練習だっていっぱいしたし、今はこうしてピアみたいに外の世界を見るために旅にだって出たんだよ」
シーラにとって、ピアは憧れだった。
「だから、こんな呪いは解いてよ」
「無理よ。精霊たちはこの地を捨てて、別の場所で生きればいいのよ。残った人間だけが、精霊たちをこき使った報いとして滅べばいいのよ」
「ピア!? なんで、どうして酷いこと言うの? 確かに悪い人もいたけど、それよりいい人にだって私はたくさん出会ったよ」
ルピカたちパーティメンバーはもちろんだけれど、世話をしてくれたメイドもシーラにとてもよくしれくれた。
そんな人たちにまで、滅べばいいなんて……とてもではないが、言えるはずがない。
そんなシーラの気持ちを聞いても、ピアは頷かない。
「……なんで?」
「…………」
押し黙ってしまったピアを見て、シーラはぎゅっと拳を握りしめる。
こんな展開、誰が予想したのだろうか。
「……ピア……っ、部屋に、戻るね」
「…………」
なんて言えばいいかわからなくて、シーラはピアに背を向けて走り出した。
大切な友達が、まさか人間のことをそんな風に思っていて、さらに取りつく島もないほどだったなんて。
――こんなとき、どうすればいいかなんてわからないよ!
シーラの頭の中はぐちゃぐちゃで、叫びたい衝動にかられるのだった。




