7:ハイ・エリクサー
守り神が一口ハイ・エリクサーを飲むと、すぐにその効果が現れた。
何度か瞬きをすると、ぼんやりしていた瞳が強い意志を持つ。ぐったり地面に倒れていた体は、簡単に起き上がることができた。
どうやら、応急処置とはいえ上手くいったようだ。
――よかった。ひとまずは安心そう。
けれど、このまま魔力を山へ送り続けると再び同じ状態になってしまうだろう。誇り高い行為かもしれないが、見ているシーラたちからすれば心配だ。
クラースがすぐにシーラの元へやってきて、守り神をみる。
「ひとまず、その魔力放出を止めることはできないのか?」
「え?」
「今まで魔力を送ってたんなら、少しくらい休んだって平気だろうと思ったんだよ。これからも呪いを解くまではこの状態は続くんだろ?」
それなら、守り神の休憩と称して一度一緒に魔女の村へ来てもらえばいいだろうとクラースが告げた。
確かにそれは名案かもしれないと、シーラは思う。
「でも、そんなことしてくれるかな?」
「というか、俺たちの言葉がわかるかも怪しいか?」
『……わかるから、心配はない』
「うおっ」
守り神が言葉に反応して喋ると、クラースは驚き思わず一歩後ずさる。
三メートルほどの巨体ゆえか、起き上がった守り神は弱っていたときとくらべて存在感がとても強くなっている。
ゆっくりその視線をシーラに向け、守り神が話を続ける。
『我に貴重なハイ・エリクサーを与えてくれたこと、感謝しよう。魔女の村へ行きたいのであれば、一緒に行こう』
「本当? よかった、ありがとう!」
守り神が自分から快諾の返事をしてくれたため、シーラたちはほっとする。これで魔王ピアの情報を得ることができるだろう。
『しかし、まさか今更このような事態になろうとはな……』
「守り神様は、ご存じだったのですか?」
ため息をつくような守り神の言葉に、ルピカが問いかける。すると、守り神は頷いて昔話をしてくれた。
『もう、だいぶ昔のことだ。我がまだ生まれて間もないころだったか……光の精霊をめぐって、魔王と勇者が戦っていた』
「光の精霊?」
火、風、水、土ならばわかるけれど、光の精霊にシーラは会ったことがない。ほかの精霊たちも話をしないため、存在しないお伽噺のようなものだと思っていた。
――もしかして、光の精霊はそのときに死んじゃったのかな?
そうであれば、シーラが会ったことがないことも頷ける。
『この世界の精霊たちは、光と闇の精霊から生まれている。それゆえか、誰もが最上級であるその力を欲しがった』
この世界に生まれた光と闇の精霊が、火、風、水、土の精霊を生み出した。
それはシーラたちが知ることもできないほど昔の話で、守り神がいなければ聞けなかったかもしれない。
勇者は光の精霊の力を借りたかったようだが、それを魔王ピアによって阻止されてしまったのだと守り神は言う。
『そのとき、光の妖精をかくまったのが魔女たちだ。光の精霊のことを知っているのは、彼女らと魔王ピアだけだろう』
「つまり、魔王ピアと魔女はずっと昔から繋がっていたんですね」
ルピカがなるほどと頷き、同時に呪いの解除は難しいのではないだろうか……という不安が脳裏をよぎった。
魔王ピアと魔女たちは、人間を快く思っていないのかもしれない。
「シーラ……」
「ルピカ?」
不安そうに自分の名前を呼ぶルピカを見て、シーラは目を瞬かせる。そしてすぐに、ルピカを安心させるよう満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。守り神だっているんだから、とりあえず話を聞いてみよう?」
「ああ、それがいい。今からしょぼくれてたって、どうしようもないからな」
「そうですよね」
それにクラースがさりげなくフォローをし、ひとまず魔女たちと話をしてから決めようということになった。
もしかしたら、魔女たちもこの状況をどうにかしたいと思っているかもしれない。
***
シーラたちが守り神を連れて魔女の村へ行くと、先程対応してくれた女性はひどく驚いた。無理だろうと思ってふっかけた条件を、いとも簡単にクリアされてしまったのだから。
下唇を噛んで睨みつけようとしたが、守り神がシーラに懐いているのを見て肩の力を抜いた。
アルフはそんな魔女の様子に少し警戒しつつ、にこりと微笑んだ。
「……これで、条件達成ですよね? 村に入れていただいて、話ができればと思っています」
「私たち魔女は、一度結んだ約束を破るようなことはいたしません。歓迎致しましょう、私たちの守り神様を助けてくれた人間たちよ」
「感謝いたします」
魔女が合図をすると、大きな扉がシーラたちを迎え入れるために音を立てて開く。
すぐに目に入ってくるのは、魔女たちの村だ。
聞いていた通り、その人口はすべて女性のようだ。黒色を基調としたローブを身にまとい、腰には杖をさしている。
赤茶色のレンガを土台にした木造の家がいくつもあり、道の脇には花壇が作られ綺麗な花が咲いている。しかしよく見ると、そのうちのいくつかは貴重な薬草のようだ。
立ち話をしていた数人の魔女たちは、客人であるシーラたちを珍しそうに見た。
――うわぁ、これが魔女!
シーラはすごい! と、目を輝かせる。
自分の村から出ていくつか違う村や街を見てはいるけれど、住民が女性のみなんてはじめての経験だ。
「長のところへ案内いたします」
対応してくれた魔女がそう言って、こちらですと歩き出す。それにアルフが続き、ルピカ、シーラ、クラースと全員でついていく。
案内されたのは、村の入り口から一五分ほど歩いた一番奥だ。
蔦がはびこり、玄関には黒い鳥がいて……いかにも魔女が住んでいそうな家だった。
「やっと魔女と話ができるってわけか」
「クラース、余計なことは言わないで大人しくしていてくださいね?」
「ルピカは俺をなんだと思ってるんだ? そんなことしねーよ」
入る前に注意をしてくるルピカに、クラースは呆れてため息をつく。
「ついこの間まで盗賊をしようとしていたのに、何を言ってるんですか……」
ため息をつきたいのはこちらですと、ルピカが疲れたように言う。
その様子を見ていたアルフは笑いながら、「大丈夫」だよとフォローを入れる。クラースは仲間思いなので、こちが不利になったり危険になるようなことはしないだろう。
「そんなことは、わたくしだってわかっています。ただ、クラースは口調が乱暴ですから……」
魔女の長の機嫌を損ねられたら大変だとルピカは思ったようだ。
それを聞くと、なるほど確かにとアルフも笑った。




