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エリクサーの泉の水を飲んで育った村人  作者: ぷにちゃん
第一章 世界のはじっこからの旅立ち
35/59

34:聖女誕生

 この国を立て直すのだと告げたマリアの目は真剣で、シーラはこれ以上自分が何か言うべきではないだろうと口を閉じる。


 ――ただ、どうか精霊たちとマリアのこれからに幸あらんことを。



 シーラは周囲を見回し、「負傷者が多いね」と言葉をもらす。苦しそうにうずくまっている人に、死にそうになっている人。

 死んだ人間を蘇らせるほどの治癒力はないけれど、かろうじて生きている人たちならばシーラの治癒魔法でも助けることができるのだ。


 じっと押し黙ってしまったシーラに、マリアが声をかける。


「シーラ?」

「うん。治癒魔法を使うね」

「……ありがとう、シーラ。お願いするわ」

「任せて」


 大きく深呼吸をするも、大丈夫だろうかと少しの不安があった。

 誰かに治癒魔法を使うことはあったが、こんな大勢に使ったことはない。範囲ヒールを使えはするけれど、上手くいくだろうか。


 ――まぁ、なんとかなるよね。


 シーラはばっと手を広げ、いったいどこまで負傷者がいるのだろうかと視線をめぐらせてみるが――わからない。

 困ったな……と思うも、それなら全部を癒してしまえばいいのではないかと考える。

 王城が全壊しただけであって、街に被害はいっていない。ならば、治癒魔法の範囲は王城の敷地内で問題ないだろう。

 それくらいであれば、更地になった周囲を目視することで魔法の範囲にすることが可能だ。


「よっし、《エリア・ヒール》」

「――っ!」


 シーラが治癒魔法を使うと、その光景を見ていたルピカとマリアが息を呑む。

 淡い光に包まれながら癒しを与えるシーラの姿は神秘的で、まるで神の使いではないかと錯覚してしまうほどだ。


 そしてすぐに、倒れている人たちの傷が治り始める。

 小さなかすり傷はもちろん、折れてしまった腕や足、瓦礫で潰れてもう動かないだろうと思っていた体の一部。それがみるみるうちに、本来の姿を取り戻す。

 シーラは一息ついて、額にじんわり浮かんだ汗をぬぐう。


「よかった、ちゃんとできた」


 範囲ヒールを無事に使え、ほっとする。


「これでみんなの怪我は治ったよ! 死んでなければ、だけど」

「なに言っているの、十分よ。……感謝するわ、シーラ」


 マリアが感極まり、シーラにぎゅっと抱き着く。そして何度も「ありがとう」と繰り返し、涙を流す。


「シーラがいなかったら、この国はこれからも精霊たちを苦しめていたのね。感謝しても、しきれない」

「大袈裟だよ、マリアさん。私は別にそんなすごいことをたわけじゃないし……」


 あははと笑うシーラに、そんなことはないと盛大に言ってやりたい。そうマリアが思い、声をあげようとした瞬間――わっと歓声が起こった。


「すごい、奇跡か!? 怪我が治った、痛くない」

「私の足が動く……っ!」

「どうなってるんだ、治癒魔法……?」


 誰もが助かったことに喜び、歓喜の涙を流す。

 いったい誰が治癒魔法を使ったのだろうかと口々に言いだして――シーラを見つけた。

 治癒魔法の余韻か、シーラはほんのり魔力の光を発している。加えて、王女であるマリアも一緒であれば間違いはない。


 元気になった人たちが全員、こちらに向かい駆け寄ってきた。

 怪我をしていた人々はシーラが自分たちの怪我を治癒してくれたのだと理解し、口々に「ありがとう」とお礼の言葉を述べていく。

 その勢いに気圧されて、思わず一歩下がってしまったほどだ。とはいえ、助かったと嬉しそうにしている人たちを無視するわけにもいかない。

 シーラはにこりと笑い、周囲の人に「大丈夫ですか?」と怪我の治り具合を確認する。


「ああ、まったく問題ない。それどころか、持病の腰痛すら治ってる」

「私もあかぎれまで綺麗に治ってるよ!」

「そう? よかったぁ」


 今回の傷だけではなく、元々あった怪我なども綺麗に完治したと多くの声があがる。

 シーラからすれば治癒魔法を使ったため当たり前ではあるが、持病だろうがなんだろうが治って当たり前。

 むしろ、どうして治癒もせずにほっといたの? と、疑問に思うだけだ。


 そして、最初にそれを口にしたのは誰だったろうか。


 その小さな声はシーラに聞こえなかったけれど、あっという間に大きくなる。シーラの耳にも、ルピカにも、マリアにも、その声が届くのはすぐだった。


「聖女様!」

「ありがとうございます、聖女様!」

「万歳!!」


 徐々に大きくなり、声をあげる人が増えていく。

 シーラたちを囲むように、人たちが大勢集まって来る。

 その声はとても大きくて、空気が震えるのを肌で感じるほどだ。


 けれど言われた当人であるシーラは、嬉しそうに手を叩いている。てっきり恥ずかしがるのにと、ルピカもマリアも思っていた。

 まあ、嬉しそうならばいいか。そうマリアが思ったのも束の間で、すぐに本人の口から自分の認識が間違っていたのだということを気付かされる。


「わぁ、すごい……聖女って声援がいっぱい。マリアさん、大人気ですね」

「シーラ……あなたね、本気で言っているの?」

「ん?」


 マリアが大きくため息をついて、首を振る。

 この歓声は、聖女であるマリアに向けられたものではなく――シーラに向けられたものだ。たとえ聖女という肩書を持つのがマリアだったとしても、ここで聖女と呼ばれているのはシーラだ。

 あれだけの奇跡を見せつけたくせに、どうして自分のことだと気付かないのかとマリアは呆れる。しかし同時に、この無欲さがあるからこそ聖女に相応しいのだろうと思う。


「みんなが呼んでいる〝聖女〟は、シーラ、あなたのことよ」

「え? なんでですか……? マリアさんが聖女だったと思うんですけど……」

「あれだけの治癒魔法を使ったのよ? それを見たのに、わたくしを聖女だと言う人間なんていないわ」


 マリアに告げられた言葉に、困惑する。


 ――私が聖女だなんて、ありえない。


 だって、村の中では治癒魔法が苦手な方なのに。それなのに、治癒魔法が超すごい!! みたいに言われても、どうしてと首を傾げるしかない。


 ――この人たち全員が、私のことを聖女だと勘違いしてるの?


 もしマリアの言うことが事実であれば、それはとんでもない。シーラは慌てて、周囲にいる人に否定の言葉を投げる。


「私は聖女じゃないですよ!」

「ご謙遜を、聖女様」

「聖女様、ありがとうございます。ありがとうございます!」

「だから、違うって言ってるでしょうー!?」


 必死に声を荒らげるが、全員がそれを笑顔で受け流している。聞こえてないの!? と言いたくなってしまうほど、シーラが聖女でないことは認めないようだ。

 どんなに否定しても、誰もがシーラのことを「聖女様」と呼び続けるのだった――。

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