28:牢屋で聞いた真実
捕らえられたシーラは、さらに地下へ続く先にあった牢屋へと放り込まれた。
明かりの用意されていない牢屋は薄暗く、窓もないためほぼ暗闇だ。目が慣れてようやく、牢屋の内部がうっすら確認できた。
鉄格子がはめられ、石の地面は冷たい。地下にあるためもちろん窓はなく、出入り口もシーラが連れてこられた階段だけだ。
さてどうしたものか……。
シーラが小さくため息をつくと、牢屋の奥から声があがった。低い男の声で、そちらを見るとよれよれの服を着ている。
長い間、閉じ込められていたことがすぐに想像できた。
「ん、誰だ……」
「私以外にも、この牢屋に人がいたの?」
「いたのって……お前、研究員じゃないのか」
シーラはオフホワイトのフードが付いた外套を着ているため、ぱっと見は魔法使いに見えるだろう。
男が怪訝そうな表情をしながら、「どこから来たんだ」とシーラに問う。
「私は、街を探検してたら偶然階段を見つけてここに来たの」
「偶然ね」
男は大きくため息をつき、首を振る。
「……令嬢さんよ、つくならもう少しましな嘘にしときな。ここは、か弱い姫さんたちが来るような場所じゃない」
まず、入り口が隠されている。
シーラが言ったように偶然見つけたとしても、暗く長い通路は令嬢が進んでみようと思うような場所ではない。
男はそう告げてから、「俺は研究員だ、元な」と言った。
その言葉に、シーラの肩がぴくりと跳ねる。
「じゃあ、精霊たちをあんな目に遭わせているのはあなたっていうこと?」
「精霊が目的か」
「――っ!」
しまった! そう思ったときには、遅かった。
どうすればいいか考えを巡らすけれど、答えがでない。警戒するシーラとは逆に、男は落ち着いた声で話す。
「別に、俺はお前の敵じゃない」
「……え?」
「この研究所の、恐ろしさから逃げ損ねただけさ」
いったいどういうことだと訝しむと、男は「どうせ逃げられないしね」と言いながら自分のことを話し始めた。
どうやら危険はなさそうだと判断し、シーラは肩の力を抜いて話に耳を傾ける。
「ここは、精霊の研究を行っている場所だ。それはもう、お嬢さんもわかっているだろう? ただ、問題はその規模と機密性だ」
シーラは街からここへ来たけれど、王城からも繋がっているのだ。逆に言うと、王城の地下すべてがこの施設で、街の数か所にも出入り口がある。
「私はね、妻が子供を身籠ったから――まぁ、この仕事を辞めようと思ったんだ」
子供にはまっとうな父親であるところを見せたかったのだと、男は言う。
「でも、それは許されないことだった。一度ここに就職してしまえば、たとえ情報を漏らさないと誓っても解放されることはなかったんだ」
「ずっとここにいるの?」
「そうさ。私の退職届は決して受理されず、駄目だ不可能だの一点張り。そう言う上層部を見て、私は怖くなったよ」
この研究は、自分が考えているよりもずっとずーっと恐ろしいものだったのだ……と。
それから何度も逃げようとしたが、捕まってこの牢屋に入れられた。
「なんで辞めれないの? もう精霊に酷いことをしたくなかったんでしょう?」
シーラの疑問に、男は苦笑する。
それは常識だけれど、私欲にまみれた貴族にとっては非常識だ。
「精霊は絶滅したと国が発表しているからね、まさか王城の地下で精霊を捕まえて魔力を奪っているなんてばれたらたまったものじゃないんだろう」
「どうして、精霊たちの魔力を奪うの!? 何も悪いことなんて、してないでしょう?」
酷いと、シーラは叫ぶ。
「もちろん、わかってる。でも、私にはどうしようもない」
この牢屋からすら、逃げ出すことができないのだから。
そう寂しそうに、男が笑う。
「……精霊の魔力は、国王の病気と、この国の豊穣のために使われているんだ」
「え?」
魔方陣があっただろう? と、男はシーラに確認する。それに頷くシーラを見て、言葉を続ける。
「あの魔法陣が、精霊の魔力で国中の植物の成長促進を促している。それから、不治の病を患っている国王にもその魔力がいっている。だからあの魔方陣を壊すと、精霊が解放されるけど国王の病が悪化し国の植物がほとんど枯れてしまう」
「そんな……」
ありえないと、シーラが言葉を続ける。
国王の治療はともかくとして、自然が精霊の魔力なしで育たないなんて馬鹿げている。だからシーラはすぐに、男の言葉を否定した。
「……魔王ピアを知っているか?」
「魔王?」
唐突に振られた言葉を聞き、シーラは首を傾げる。
――魔王って、ルピカたちが倒したって言ってたはず。
名前までは知らなかったけれど、友人の名前と一緒だったのかとぼんやり思う。「倒したって聞いた」と伝えると、男はゆるく首を振る。
「今じゃなくて、昔いた魔王だ。国が勇者を選び、魔王と相打ちになったそうだ。そのとき、この国の植物に育たない呪いをかけられたのだと私は聞いた」
「呪い……じゃあ、それを緩和させるために、精霊が利用されてるってこと?」
「そうだ」
「何それ、精霊たちは何も悪くないじゃない!」
シーラの中で、怒りが膨れ上がる。
まさかそんなことをするなんて、最低だ。人間は優しく穏やかだと思ったのに、まったくそんなことはなかったらしい。
村から出てルピカたちに会えて嬉しかったのに、どんどん気持ちが冷めていくのがわかる。
とりあえず、確実にわかったことが一つ。
あの床の魔方陣を消すことができれば、精霊たちが助かるということだ。さっきは助け出す方法がわからなかったけれど、わかってしまえばこちらのものだ。
シーラは、大きく息を吸う。そして唱えるのは、力強い言葉だ。
「風を司るシルフよ、その力を刃にせよ! 《ウィンドナイフ》!」
「――ッ!?」
シーラが使ったのは、言わずもがな精霊魔法。
男は大きく目を見開き、カランと音を立てて壊れたろう屋の残骸を見るしかできないでいた。




