23:あなたを暴きたい
にやにやと笑うレティアに、シーラはぞくりとしたものを感じる。思わず身を引こうととするけれど、それではルピカを放置することになってしまう。
寝ているだけならば、治癒魔法で睡眠を解けば起こすことができる。けれど、目の前の彼女がそれを許そうとはしてくれない。
レティアは煩わしそうに、机の上に乗りシーラの前までやってきた。綺麗な目を細めて、何かを見極めるかのようにシーラを見て、手を伸ばす。
「ど、どういうつもりですか……っ! なんでルピカ眠らせたりするんですか!」
ルピカの身分は、レティアよりも高いのだ。
いや、それに関わらずしていいことの有無も区別がつかないのかと、シーラは憤慨する。
けれど、レティアは聞こえていないかのように……シーラの肩へと触れた。
「わたくしは、ルピカ様よりあなたに興味があるのよ? ねぇ、殿下が直々に連れて来るくらいですもの。あなた、すっごーい秘密があるんでしょう?」
「……っ!」
それを知りたいなと、レティアは言う。
シーラの肩に触れた手が、すすすと肌をなぞるようにして指先まで行く。
「この皮膚の下に流れる血と魔力……調べてみたくない? いったいどんな味がするのか、とっても興味深い。ねぇ、あなたの持つその杖――シルフの召喚石の欠片ね? それほど綺麗なものは、初めて見たもの」
「これは……っ!」
「生身の人間が精霊の召喚石の欠片を起動させるなんて、いったいどうやったらできるのかしら? この服の下に、何か秘密があるのかしら?」
レティアがぐっとシーラの上に乗り上げて、ぺらりとシーラの服をめくり上げる。
「きゃぁっ!?」
「うーん、見た目は人間そのものね……?」
「ひっ、やめてっ」
そのまま素肌に触れて来るレティアの手に、嫌悪を感じてシーラは悲鳴をあげる。すぐに体を反転させて、レティアの手から抜け出した。
そのまま足を上げ、今度は逆にシーラがレティアを押さえつけるかたちで逆転する。
「はぁ、はぁ、はっ……」
「! やだ、てっきりあなたは服装から考えて魔法使いだと思っていたけれど――体術使いだなんて、ずるいわ」
魔の手から逃れたことにほっとしたシーラだが、レティアは特に気にした様子はない。それどころか、余裕じみた笑みすら浮かべている。
シーラは魔法も問題なく使えるが、体術が使えないわけではない。どちらかといえばオールマイティだろうと考える。
ぐぐっとレティアの腕を押さえつけ、このまま治癒魔法を使ってルピカを起こそう。
そう考えて、少しレティアを押さえていた力をほんの少しだけ緩めた瞬間――鋭い痛みが、シーラの腕に走る。
「いたっ!」
見ると、レティアが小さなナイフをその手に持ち、シーラに切り付けていた。けれど、別に深い傷がつくわけではない。
すぐに自己治癒機能が働き、シーラの腕の傷は癒えて元の綺麗な肌へと変わる。
「それくらいじゃ、私を傷つけるなんてできないですよ!」
「すごぉい……一瞬で治ってしまうなんて」
もっと傷つけてみたくなっちゃう……と、レティアが笑う。その考えにぞっとしながらも、そんなのは聞かないと反論する。
「ふふ、もちろんわかっているわよ? わたくしは別に、魔法にも武にも長けているわけではないもの。あなたに勝てるなんて、微塵も思っていないのよ?」
「ならどうしてこんなこと……」
逃げるための隙を作るにしても、お粗末すぎる。
シーラはレティアを睨みつけ、眠らせたことと、攻撃してきた理由を白状するよう告げる。でも、そんなものはレティアにとって些細なものだ。
「そんなこと? あなたを知りたい、それ以上の理由が必要?」
「じゃあ、ルピカにこんなことをしたのは私のせいだって言うの?」
「だって、知りたいもの。わたくしは研究者。暴きたいと思うことに、何か不思議があって?」
――ああもう駄目!
この人とまともに話をできる気がしない!
シーラは治癒魔法を使い、ルピカの状態異常の睡眠を解除する。
「《キュア》!」
「んぅ……?」
ルピカが目を覚まし、きょろきょろ周囲を見回す。すぐ横でシーラがレティアを組み敷くという光景を目にして、慌てて立ち上がる。
「シーラ!? いったい何が……っ」
「ルピカ! よかった、ちゃんと目覚めて」
「目覚めた……? 眠くなって意識を手放してしまったのは、眠り薬だったのですね」
倒れる瞬間のことを思い出して、ルピカが冷静に判断する。
レティアは慌てふためくのかと思いきや、楽しそうに微笑みを返す。そしてすぐにシーラとレティアの間に割って入り、二人を引き離す。
「そんな危ないものを持たないでください、《ファイアー》!」
「熱っ!」
ルピカが魔法を使うと、レティアのナイフを持つ手に火花が散った。熱さに耐えられなかったレティアはその場でナイフを投げ捨てる。
「痛いじゃないですか、ルピカ様。わたくしはシーラ様と違って、瞬時に怪我が治るわけではないのに……」
レティアはウォーターの魔法を使い、赤くなった手を冷やす。
「わたくしたちにしたことを考えれば、それくらい可愛いものではありませんか?」
ルピカがきつく睨みつけると、レティアは違うという風に首を振る。
「……いいえ? シーラさんのことをわたくしも気に入ったので、ちょっとしたサプライズをしてみただけですよ?」
「サプライズで、わたくしに睡眠薬を盛るというのですか?」
笑わせないでくださいと、ルピカが厳しい声で告げる。
不敬罪に処して、牢屋に入れてしまおうか。そう考えていると、レティアが「そんなに怒らないで?」と笑う。
「驚かせてしまったお詫びに、いいことを教えてあげるわ。精霊はね、案外近くにいるものなのよ。それに、わたくしにはするべき研究があるから、ルピカ様はもちろん、王女殿下の力を持ってしても牢にいれることはできなくてよ?」
「な……っ!」
くすりと笑い、レティアは机の引き出しからとあるものを取り出した。
それは、王家の――国王の紋章が模られた懐中時計。
国王の命によって活動が許可されている証であるそれは、王城内において王と王妃に次ぐ発言力を持つ。それは、王女であるマリアよりも上だ。
ルピカは驚きを隠せず、大きく目を見開く。
「そんな、精霊魔法の研究者が持てるようなものではないのに……」
「でも、わたくしは陛下からいただいているんですよねぇ? ですから、侯爵家の令嬢ごときの発言でわたくしが牢に……なんて、笑ってしまいますよ?」
「――っ!」
レティアの言葉に、強く拳を握りしめる。
彼女の言ったことはすべて真実で、下手をすればルピカが不敬罪で牢に入れられてしまう可能性すらある。
「帰ります。シーラ、行きましょう」
「う、うんっ」
「今日のところは仕方がありませんわね。シーラ様、またお茶をしましょう?」
にこにこと手を振るレティアを振り返らずに、シーラたちは部屋を出た。




