東京都文京区。甘味処の宇治抹茶金時のかき氷。
暑い。
何日か前に台風が通過したり、今でも西の方は大雨が続いていたりするが梅雨明けはまだ宣言されておらず、ここ東京はすっかり真夏日になっていた。
汗を拭いながら、タスッタさんは心の中で、
「なんだかなあ」
と呟く。
台風が来る前の、あの空気全体がべたっとした感じるほどの不快な湿気こそないものの、こうして外を出歩いているといつに間にか肌が汗ばんでいる。
完全に、夏の陽気だと思った。
時刻はそろそろ午後三時になろうかという頃。
つまり一日で一番気温があがりやすい時刻で、そしてここ護国寺周辺はビルばかりが立ち並んで殺風景な景色ばかりが目に入る場所だった。
どこか、適当なところに入りましょうかね。
と、タスッタさんは考える。
別にお腹が減ったわけではないのだが、食欲以前にどこか涼しい場所に入って休憩をしたかった。
そう思って周辺を見渡したタスッタさんの視界にカラフルなファミレスの看板が目に入る。
あそこでもいいか、とそちらの方に少し歩いていくと、ファミレスに看板の向こうから、
「氷」
と描かれたのぼりが見えてきた。
タスッタさんが足早に近づいていくと、チェーンのファミレスの向こう側にかなりの歴史を感じさせる和菓子屋さんがあり、どうやらそこが併設している甘味処でかき氷も扱っているらしいことが次第にわかってきた。
かき氷、ですね。
と、タスッタさんは心の中で大きく頷く。
こんな暑い日に涼をとるのに、最適ではないですか。
和菓子屋さんと甘味処の引き戸が隣接している。
おそらく同じ建物内を間仕切りして使っているのだろうな、とか思いながら甘味処の方の引き戸を開けてその中に入る。
中は冷房が入っていて空気が冷んやりと涼しく、そしてどこか薄暗かった。
そして、あまり広くはない店内に、お客さんが誰もいない。
都内のビルばかりが立ち並ぶ中にあるお店では、こんなものなのかな、とかタスッタさんが思っていると、
「はい、ただいま」
とかいいながら、湯呑を乗せたおぼんを手にしたおばあさんが店の奥からやって来た。
どこでも好きに座っていいといわれたので、タスッタさんは遠慮することなく手近のテーブルに座り、年老いた店員さんから湯呑を受け取る。
「かき氷が食べたいのですが」
なにか聞かれる前に、タスッタさんはそう口にしていた。
「はい、やっていますよ。
なんのかき氷にしますか?」
店員さんはそういってお店の壁の方を示す。
そこの壁に短冊上の紙が何枚も貼ってあり、その紙に品名らしき文字が書かれている。
つまりは、あれがこのお店のメニューであるらしかった。
「このお店で一番出ているかき氷はなんですか?」
「はい、それはやはり、宇治抹茶金時になりますねえ」
店員さんに訊ねたあと、タスッタさんは素直にその宇治抹茶金時を注文する。
今のタスッタさんは、凝ったものや新奇なものを食べたい気分ではなく、ただひたすら冷たいものを食べて涼をとりたい気分だったのだ。
店員さんが心なしか頼りない様子で店の奥に姿を消すと、タスッタさんは湯呑の中身を啜り、そしてその琥珀色のよく冷えた液体が麦茶ではなく焙じ茶を冷やしたものであることに気づく。
お店の奥から例の、氷塊を削り出す特有の鋭利でかつ軽快な音が聞こえてきた。
あ、この雰囲気、いいな。
タスッタさんはそんなことを思う。
「はい、お待ちどうさま」
店員さんはすぐに宇治抹茶金時をおぼんに乗せてやって来る。
ガラスの器に山盛りになった氷の上半分が、緑色に染まって輝いている。
そして氷の山の麓には、これでもかと思うほどに餡子が盛られていた。
タスッタさんが漠然と想像をしていたよりも、氷の山が大きい。
とはいえ、中身はしょせん氷だから、タスッタさんでも持て余すということは考えられないわけで、その点では安心であったが。
「では、いただきます」
小声で宣言をして、スプーン手に取る。
そのスプーンを、まずは山頂の緑色の部分に突き刺した。
そのまま、削った氷を口の中に入れると、氷はそのますぐに、タスッタさんの口の中でほとんど溶けてしまった。
冷たいために味はほとんど感じなかったが、口の中にぼんやりと抹茶の香りだけが残る。
どうやらここの氷は、かなり微細に削られているらしい。
そうか、こういう繊細なかき氷もあるのか。
と、タスッタさんは思った。
次に、タスッタさんは餡子にスプーンを刺して口の中に入れる。
こちらはかなりどっしりとした、甘みの強い粒餡だった。
タスッタさんには違いがわからなかったが、おそらくは隣の、本業の和菓子屋さんで作ったものをそのまま流用しているのだろうな、と、タスッタさんは推量する。
つまりは、手作りというわけだった。
このお店は、寂れた様子からわからなかったけど、予想外にあたりなのかも知れませんね。
タスッタさんはそんなことを思いながら、スプーンを操り続ける。
餡子が重たいが、氷の方は軽いので、サクサクと食べ進めることができた。
あんまり氷ばかりを食べ過ぎて頭がキーンと痛くならないように、適度に休憩を挟みながら、タスッタさんは無心に食べ続ける。
おいしいというよりは冷たく、しかし餡子だけは隠しようもないほどに甘く。
さっぱりとした氷の食感と存在感のある餡子を交互に食べていくと、なんだか得体の知れない多幸感に包まれているような気分になった。
冷んやりとして、ひとりで。
そう。
今このお店は、実質タスッタさん一人だけの貸切状態だった。
なんという贅沢な空間。
それに時間。
などということを、脈絡もなくタスッタさんは考えてしまう。
しばらくして、タスッタさんが宇治抹茶金時を完食すると、例の店員さんが新しい湯呑を持ってくる。
今度は、暖かいお茶だった。
外は天気がよく、つまりは相変わらずの暑さなのだろうが、一気に体温がさがった今のタスッタさんにとってはこの暖かいお茶の方がありがたい。
ゆっくりと暖かいお茶を啜りながら、タスッタさんは、
「こういうお店も、落ち着きますねえ」
などと思っている。




