東京都新宿区。カフェのフレンチトーストセット。
例によって詳細不明の用事があって、タスッタさんはその日、新宿三丁目の駅前付近にいた。
いや、その用事自体はすでに朝のうちに済んでしまい、午前十時をいくらか越えた現時点ではタスッタさんの体は空いている。
お腹が減ったな、と、タスッタさんは、そう思った。
今日は朝が早かったから、まだ朝食をいただいていない。
できれば、少しボリュームのある朝食をいただける場所が、どこかにないだろうか。
などと思いつつ、タスッタさんは周囲を見渡す。
こんな都会なのだから、なにかしらのお店はあるはずであった。
結局タスッタさんは、たまたま目についたカフェに入ることにした。
入り口のカラフルな庇の下に、三角形の、「CAFE」と書かれたやはりカラフルなペナントがぶら下がっている。
その入り口を潜るとくだりの階段があり、どうやらお店は地下にあるようだった。
見通しがいまいち悪い構造のようで、入り口からは店内の広さが把握しかねたが、それでも見える範囲内では八割方の席が埋まっている。
場所に恵まれているからか、それともそれだけ評判がいいお店なのか、タスッタさんには判断がつきかねた。
すぐに店員さんがやってきて、喫煙席と禁煙席のどちらがいいのかと問われたので、禁煙席の方を選ぶと即座に案内された。
案内をされながらそれとなく見渡してみると、お客さんのほとんどが女性客であった。
内装も、どことなくお洒落で、明らかにそちらの客層を狙っているように見える。
タスッタさんはメニューを開きながら、案内をしてくれた店員さんにお店のお勧めはあるのかと訊ねてみた。
「みなさん、フレンチトーストのセットをご注文になることが多いです」
とのことであったので、タスッタさんもそれを注文することにする。
飲み物はコーヒー、他にスープかサラダの二択で選択できるというので、スープを選んだ。
水を飲みながら店内を見渡してみると、店員さんがいった通り、フレンチトーストを食べている人がほとんどだった。
それで有名なお店なのかも知れませんね、と、タスッタさんは思う。
そこまで有名であるのならば、よもやおいしくないなどということもないのだろうな。
いずれにせよ、今現在かなり空腹なタスッタさんは、たいていの料理をおいしくいただける自信があるわけだが。
注文したフレンチトーストセットはいくらも待たずにやって来た。
お任せのスープはミネストローネとコーヒー、表面に焦げ目が入ったフレンチトーストのお皿がタスッタさんの前におかれる。
タスッタさんはまず、ミネストローネに口をつけた。
少し塩気が効いた熱い液体が、口の中に広がる。
十分に煮込まれて、素材の味がスープの中にとけこんでいて、口の中に含んでいるだけでそのスープの中に溶けている諸々の要素が体内に入っていくような錯覚さえ、おぼえる。
こういうのを、滋味、というのでしょうか。
とか、タスッタさんは思う。
とにかく、そんな味だった。
続いて啜ったコーヒーは、まあ普通のコーヒーだった。
決してまずいわけでもないが、飛び抜けておいしいわけでもなく、ごく普通の味のコーヒー。
そしていよいよ、タスッタさんはメインのフレンチトーストをいただくことにする。
ついてきたフォークで切ってみると、予想外に抵抗を感じずに、あっさりとフレンチトーストが切れた。
すごく、柔らかい。
と、タスッタさんはその感触に驚く。
ナイフがついてこないことを少し不審に思っていたのだが、なるほどこの柔らかさでは、ナイフはいらないや、とか、思う。
フォーク一本でも簡単に切り分けられるのである。
驚きながら、タスッタさんは切り分けたフレンチトーストの一片をフォークに刺して口の中に運んだ。
あ。
と、タスッタさんは驚く。
口の中で、フレンチトーストがふわりと溶けていく、ほどけて行く、感触があった。
甘みと牛乳と焦がしたバターの香りが口の中に広がって、そのままするりと喉の奥に流れて行く。
なに、これ。
と、タスッタさんは思う。
味は確かにフレンチトーストのそれなのだが、食感が、まるで違う。
これまでに食べたことがあるどんな食物とも違う食感で、強いていえば硬めのプリンに近い。
これ、本当にパンなんでしょうか?
と、タスッタさんが首を捻るほどに、固形としての感触がなかった。
それほどに、柔らかい。
味は確かに、フレンチトーストなのだが。
なんだか、不思議。
と、もう一度コーヒーを啜りながら、タスッタさんは思う。
これは、これ目当てにお客さんが来るのも理解できますね。
そしてミネストローネを口に含んでから、今度はシナモンとメープルシロップをたっぷりかけて、残ったフレンチトーストに挑んだ。
フレンチトーストはまだまだ残っているし、少し塩味の効いたミネストローネと甘いフレンチトーストは相性がいい。
再びフレンチトーストを切り分けて口の中に運びながら、タスッタさんは、
「このお店は、あたりですね」
と、そう思った。




