新潟県新潟市南区。とんかつ屋のよくばりランチ。
どんよりとした、今にも降り出しそうな曇り空だった。
「今週はからりと晴れた日が続いていたんですけどね」
タスッタさんは空を見あげて、小さく呟く。
昨日あたりから、また雲が多くなってきている。
時期的にそろそろ梅雨に入る頃だし、大気が不安定になっていても仕方がないのか。
そんなことを考えつつ、タスッタさんは国道八号線沿いに歩いていた。
こうして大きな道路を歩いていると、数百メートルごとに駐車場完備の飲食店を見かける。
そのうちのどれかに入るつもりでいた。
こうした街道沿いの風景というのは、全国どこへ行ってもあまり代わり映えがしない。
風景や雰囲気に差異、地域差が出にくい場所なのだった。
そして、タスッタさんは、そうした没個性的な風景も決して嫌いではない。
殺風景ではあるが、これもまた人間の営みが生み出した空気になる。
しばらく歩いて、気になったお店に入ろうと、タスッタさんは思っていた。
「ここでいいですかね」
タスッタさんはあるお店の前で足を止める。
走行中の車からでもよく見える大きな看板と駐車場、平屋建てのお店。
よくある、郊外型の店舗といえる。
どうやらここは、とんかつ屋のようだった。
そういえばとんかつも、ここしばらくは食べていないかな。
などと思いつつ、タスッタさんはお店の入口へと向かう。
入口の扉を開けて中に入る。
やや広めで、外から観た印象の通りに個性がないお店に思えた。
掃除が行き届いているようで、かなり清潔に見え、カウンター席とテーブル席、それに、小上がりがある。
お客さんの入りは三割程度か。
食事の時間帯ではない、都市部から離れた場所にあるお店としてはこんなものかな。
そんな感想を抱いているタスッタさんに、店員さんが声をかける。
「空いているお席、どこでも」
ということだったので、タスッタさんはカウンター席に移動して腰掛けた。
そのままカウンター上にあるメニューを手に取り、パラパラとめくってみる。
とんかつがメインだが、それ以外の揚げ物などもあり、お酒も出すみたいだった。
こういうお店では、タスッタさんはまずランチメニューなどをチェックするのが。
「結構、種類がありますね」
タスッタさんは、小さく呟く。
値段は千円台の前半。
昼食としてはやや高めにも思えたが、とんかつの専門店ならこんなものだろう、とも思える。
いや。
ご飯と汁物がおかわり自由で、デザートや飲み物までついてくることを考えると、むしろ安いか。
そんなことを考えながら、タスッタさんはランチセットの内容を精査した。
料理の種類が多い方が、飽きないかなあ。
と、なると。
メニューを眺めてしばらく検討した結果、タスッタさんは「よくばりランチ」と名付けられたセットメニューを頼むことにする。
注文を通した直後に、店員さんが小さなすり鉢と熱いお茶を持って来てくれた。
揚げ物は火を通すのに時間がかかるから、こうしたごますりのための鉢を出すお店が多い。
待ち時間の間、胡麻でもすっていろ、ということらしい。
正直、とんかつなどの揚げ物にすった胡麻というのもあまり相性がよいとは思えないのだが、タスッタさんは素直にごまをすりはじめる。
他にするべきことがなかったから、ということもあるが。
「しろねポーク、ですか」
胡麻をすりながらタスッタさんはさりげなく店内を見渡し、ポスターに貼ってあった文字列を見つけた。
わざわざ書いてアピールしているところをみると、この地元の名産品、ではあるんでしょうね。
全国的にどれくらいメジャーな品種なのか、養豚業界に疎いタスッタさんはなんとも判断できなかった。
ただ、アピールするということは、それだけ上質の食肉ではあるのだと、そう判断をする。
そうしたぼんやりと胡麻をすっていると、しばらくして注文した料理が運ばれてくる。
ええっと。
タスッタさんはお皿の上に乗っている揚げ物を目で追いながら確認した。
ロースカツ、ひれカツ、それにエビフライ、ですか。
それに、山盛りの千切りキャベツ。
汁物は、何種類かの中から選べるのだが、タスッタさんは豚汁を頼んでいた。
ご飯も、やはり同じように何種類かから選べるのだが、その中から舞茸ご飯をチョイス。
この二つは、おかわり自由ということだった。
タスッタさんはまず豚汁の椀を手にして、一口啜る。
味的にはごく普通の豚汁に思えた。
ただ、使われているお肉が、細切れのものとやや大きめの塊のものと、二種類のサイズが使われていて、こういうところには拘りを感じる。
そして、そのお肉。
あ。
と、タスッタさんは、軽く驚く。
じんわりとした、甘さを感じる。
獣脂特有の、優しい甘味。
これがしろねポーク、なんですかね。
アピールするのも納得の味だった。
脂でありながら、さらりとしている。
あとに残るくどさがない。
こういうことかあ。
タスッタさんはまず、ロースなのかひれなのか、外から見ただけでは判断できない、とにかくカツのうちの一種類を箸で摘み、塩の入った小鉢にちょっとつけてから、口の中に入れて囓る。
あ、ひれだった、これ。
柔らかい。
噛むだけで、すっと抵抗なく千切れる。
そして、熱い。
はふはふしながら口の中で咀嚼をし続けると、豚の脂が口の中に広がってなんともいえない幸福な気分になる。
ああ、これ、いいお肉だ。
と、タスッタさんは感じた。
舞茸ご飯を一口食べ、豚汁を少し啜ってから、今度はもう一方のカツに箸を伸ばす。
今度はせっかくすった胡麻とソースにつけてから、食べてみる。
ひれ、のはず。
うん、これも。
タスッタさんは、心の中で、大きく頷く。
おいしい。
先に食べたロースよりも脂肪分が少なく、噛み応えがある。
しかし、硬すぎるわけでもない。
なにより、脂ではなくお肉の味が、じんわりと、十分に堪能できる。
これも、いいですねえ。
ロースとひれ。
どちらも、とんかつ。
これぞ、とんかつ。
優劣はつけがたく、どちらもおいしかった。
千切りのキャベツを少し摘まみ、ゆっくりと咀嚼する。
そして、舞茸ご飯。
この舞茸ご飯も、おいしかった。
香りがいいし、揚げ物の合間に食べると口の中がリセットされて、いい中休みになる。
豚汁をまた一口いただき、タスッタさんは、今度はエビフライに箸を伸ばす。
エビフライは、ついてきたタルタルソースに一度つけてから口の中に入れてみた。
熱々の、プリプリ。
硬くなりすぎず、しかし、十分な歯ごたえはあり、ちょうどいいいい揚げ具合に思えた。
お肉とはまた違う、淡泊でありながら別種の旨味を持つ海の幸。
これ単品でも、十分に主役を張れる味ですよねえ。
などと、タスッタさんは思う。
専門のお店で揚げると、こうも違ってくるものか。
ゆっくりと食事を楽しみ、完食した後、飲み物とデザートが出て来た。
タスッタさんが頼んだのは、アイスコーヒーとスイカのゼリー。
スイカは、まだ少し早いかなと思ったが、メニューの中にあったので頼んでみた。
揚げ物続きの最後に、こうした味が薄いデザートで締める。
それが適切だと、タスッタさんは思ったのだ。
ゼリーを口の中に運んでみると、確かにスイカの味と香りがする。
今年も梅雨が来て、その後に夏になるのだな。
と、タスッタさんは、そんな風に思った。




