兵庫県赤穂市。中華料理店のカニ玉ランチセット。
関西福祉大学にほど近い通り沿いに、そのお店はあった。
入口の上部に据えられた、看板代わりの電飾には「飯店」とあったので、間違いなく中華系のお店になる。
個人営業のお店かそれともチェーン店なのかまでは、外から観ただけでは判別できなかったが、今のタスッタさんにとって、そうした相違は些細な問題でしかない。
よく晴れた日で、空気も乾燥していて、肌に当たる風が心地よかったが、それとは別にタスッタさんは空腹だった。
それなりに立派な店構えですし、それなりのお店でしょう。
タスッタさんはそう思い切り、そのお店に入っていく。
お昼の混雑する時間帯をいくらか過ぎていたこともあって、お店の中は空席が目立っていた。
それでも半分くらいの席が埋まっている。
時間帯を考えると、盛況な方かな。
とか、タスッタさんは思う。
通りかかった店員さんが、
「お好きな席へどうぞ」
と声をかけてくれたので、タスッタさんは手近なテーブル席に腰掛けてすぐにメニューを開きはじめた。
「案外、本格的なお店なんですねえ」
メニューに並ぶ料理名を目で追いながら、タスッタさんはそんな風に思う。
料理は本格的、しかし、値段は大衆店並み、といったところだろうか。
定食とかランチセットも豊富だった。
「揚げ物ランチ、か」
そうした料理のうち、ひとつに目線を止めて、タスッタさんは呟く。
「揚げ物ばかりというのは、ちょっと重いですかねえ」
もう少し、軽めのものがいいかな。
ラーメンとかの麺類でもいいんですが。
などと思いつつ、タスッタさんは目でメニューの内容を走査していく。
「カニ玉、ですか」
そうしたセットメニューの中に、「カニ玉ランチセット」というものがあった。
写真で見る限り、カニ玉がメインで、その他にスープやご飯、副菜がいくつかついてくるセットであるらしい。
カニ玉の写真があんかけになっており、いい具合にタスッタさんの食欲を刺激した。
これでいいですかね。
などと即断し、タスッタさんは店員さんを呼び止めて、カニ玉ランチセットを注文する。
よいお店ではなにを注文しても不満に思う結果にはならない、ということをこれまでに学習していたので、タスッタさんとしてもこうした時に悩みすぎるということはなくなっていた。
なにより今は、お腹が空いている。
注文した料理が出てくるまで、十分もかからないかっただろうか。
とにかく、短く感じた。
「メニューの写真通りですね」
というのが料理への印象で、中が区切られたお重型のトレイにメインのカニ玉、添え物の唐揚げ、揚げ餃子、青椒肉絲などがついている。
もちろん、ライスとスープつきだった。
「値段の割には」
ボリュームがあるかな、とタスッタさんは思う。
まずスープに軽く箸をつけてから一口啜った。
うん、中華風のスープですねえ。
タスッタさんは、そんな風に感じる。
この手の中華店のスープは、どこでいただいてもなぜか大差を感じない。
それからタスッタさんは、カニ玉に箸を伸ばす。
とろみがついた餡がかかった、黄色い卵焼き風の料理。
それを箸で切り分けて、口の中に運んだ。
あれ?
その瞬間に、タスッタさんは違和感をおぼえる。
これ。
ゆっくりと咀嚼しながら、タスッタさんは確認した。
カニの味と風味が、想像していた以上に濃厚で、これは。
多分。
と、タスッタさんは予想する。
カニの身が、思っていた以上に多く含まれているみたいですね。
種類まではわからなかったが、火が通って適度に固形化した卵液の中にときおり弾力を判じていて、これがほぐしたカニの身になるのだろう。
ああ、これは。
と、タスッタさんは思う。
値段を考えると、かなり良心的なお店ですね。
ご飯を一口いただき、そのあとにスープを啜りながら、タスッタさんはそう思う。
想定外に、本格的な料理だ。
続いてタスッタさんは、揚げ餃子に箸を伸ばした。
口に近づけるとそれだけで揚げ餃子の熱気を感じられたので、少し吹いて冷ましてから口の中に入れる。
熱々だ。
おそらく、揚げたて。
などと思いつつ、慎重に口の中の揚げ餃子を噛みつぶすと、それだけで中に封印されていた熱い液体が口の中に広がっていく。
熱い熱い、とか思いつつ、タスッタさんは丁寧にゆっくりと揚げ餃子を咀嚼する。
まだ熱すぎるので味はそんなに感じなかったが、口の中で冷めてくるに従って、挽肉と刻み野菜の味が段々と強くなってきた。
あ、おいしい。
と、タスッタさんは思う。
この揚げ餃子も、かなり本格的だった。
ふらりと入ったお店ですが。
と、タスッタさんは思う。
かなりいいお店みたいですねえ。
少なくともこの揚げ餃子は、具を皮で包むところからお店の中でやっている、ような気がする。
ご飯とスープをまた一口ずつ口の中に入れて、今度は青椒肉絲に見える、野菜炒め風の料理に箸を伸ばした。
見た通り、青椒肉絲の味がする。
セットの中にある少量の添え物だから、もっと手を抜いてもいいのに。
そう思うほど、普通の、できたての青椒肉絲だった。
いちいち仕事が丁寧ですね。
などと思いつつ、タスッタさんは唐揚げに箸を伸ばす。
セットの中の一品だから、唐揚げは一個しかついていなかった。
でも、その一個がかなり大きめで、しかもこれもまた揚げたてで、かなり熱い。
一口囓ると衣の中から加熱された肉汁がじんわりと口の中に広がっていく。
生姜と醤油、それに紹興酒かな?
と、タスッタさんは唐揚げについていた下味について推測した。
どことなく中華風の味わいだった。
なんか、どの料理をいただいてもおいしいですねえ。
と、タスッタさんは幸福な気分に浸る。
千円以下のランチセットで、ここまでちゃんとした料理がいただけるとは。
お店の中も空いていたので、タスッタさんはゆっくりと、時間をかけて料理を味わいながら、食事を進めた。
外から見た印象では、普通の中華屋さんに見えたのですけど。
普通のお店の中に、ひょっこりと当たりのお店が混ざっていたりする。
そういうお店をうまく引き当てた時、タスッタさんはとても幸福な気分になった。
ただただ目の前の、食べている料理を堪能するだけの時間を持つ、持てるということは、どれほど貴重な経験なのか。
おいしいですねえ。
とか思いながら、しみじみとタスッタさんは料理を食べ続ける。




