福島県二本松市。食堂のソース煮カツ丼。
ここ数日はっきりしない天気が続いていて、しかし予報では曇りと出ていたので、タスッタさんは油断をして雨具を携帯していなかった。
しかし町中を移動中にざっと大粒の雨が降ってきて、タスッタさんは慌てて雨宿り先を探す。
春先の雨であり、さほど冷たいとも感じないのだが、このまま濡れ鼠になるのも困る。
そう思い、タスッタさんは早足で移動しながら素早く周囲を見回した。
不幸なことにコンビニなど傘を売っていそうな場所は視界の中に入らず、しかし代わりに大きな黄色い看板が目に入った。
「食堂、かあ」
気づけば午前十一時半を少し回った時刻。
ここで雨宿りがてら、食事をするのもいいかな。
などと、タスッタさんは思う。
小走りに広めの駐車場を駆けていくと、暖簾がかかっているのが確認できた。
中央に大きく横書きの店名が、その左右に「ラーメン」、「かつ丼」と縦書きで染め抜かれている。
つまりは、ジャンルはあまり気にせずなんでもありの町の食堂、ということなのだろうな。
と、タスッタさんはそう想像する。
タスッタさんは引き戸を開けてそのままお店の中に入った。
すぐに、
「いらっしゃいませ」
と元気のいい店員さんの声に迎えられる。
続けて、
「空いている席、どこでもどうぞ」
といわれたので、タスッタさんは手近のテーブル席へ座る。
テーブル席と小あがりがある、そこそこ広めの店内にはお客さんはまだ数えるほどしかいない。
まだ時間が早いせいでしょうかね。
などと思いつつ、タスッタさんはざっと店内を見回した。
まだ新しい建物であるらしく、店内は清潔で明るかった。
木製の品書きが壁に掛かっている。
紙ではなく、木の品書きですか。
と、タスッタさんは思う。
多分新しいメニューが増えること自体が珍しいのだろうな。
そう、予想する。
よくも悪くも安定していて、変化が少ないお店。
つまりは、そういうことなのだろう。
変化が少ない、というのは、いい換えると変化をする必要がない、ということでもあり、決して悪いことばかりでもないのだが。
その品書きの中でとりわけラーメン類の種類とバリエーションが多い、ということは、つまりはそれだけ需要があるということだろう。
などと、タスッタさんは考える。
少し悩んだ末、タスッタさんはそばを通りかかった店員さんに声をかけ、
「なにかお勧めはありますか?」
と訊ねてみる。
まだお客さんが少なく、忙しそうな様子ではなかったから、こうしてはなしかけることにも抵抗はなかった。
「ラーメン以外ですと、カツ丼を頼まれるお客さんが多いですね」
「カツ丼」
それもいかな、などとタスッタさんは思う。
「うちのは玉子と出汁でとじたものなんですけど、衣にソースの味をつけているんですよ」
普通の、いわゆる玉子とじにはせず、衣にどっぷりとソースを浸したソースカツ丼、とも、また違うらしい。
「では、それをひとつ、お願いします」
タスッタさんは、その場で注文した。
そもそも、ふらりと入ってみたお店であり、特別になにか食べたいものがあったわけでもない。
そんなに待たされたわけでもなかったが、そのちょっと変わったカツ丼が出てくるまでの間に次々と新しいお客さんが入ってくる。
メニューも見ずに注文する人が多いところを見ると、常連さんが多いのか。
とか、タスッタさんは思った。
よく見ていると、どうやらこのお店では今時出前も扱っているようだった。
厨房の方は、かなり忙しいらしい。
そうして五分ほど待たされてから、タスッタさんの前に注文した料理が出て来た。
ソース煮カツ丼、ともいうべきか。
例の壁のお品書きには、「カツ丼」と素っ気なく記されているだけだったが。
「見た目は、普通のカツ丼ですよね」
というのが、タスッタさんの第一印象だった。
ただ、香りがちょっと違う。
出汁の香りに、なにか甘い甘い匂いが混じっている気がした。
なにはともあれ、食べて見ましょうか。
タスッタさんは箸を取って、まずはカツ丼を一口、口の中に入れる。
半熟気味の玉子に包まれたカツと、適度に火が通った、出汁が染みこんだタマネギの風味。
うん、カツ丼だ。
でも。
咀嚼するうちに、確かに、ちょっと違和感が出てくる。
この香りは、やはりソースですよねえ。
そうか。
衣に味がついているのか。
そんな強く前に出るほど、主張が強いわけではなかった。
でも、確かに普通のカツ丼の中に、ソースの風味が見え隠れしている。
カツといえばソース。
相性が悪いわけではない。
普通のカツ丼に、ちょっとひと味加わった、という感じでしょうか。
でも、うん。
これはこれで。
決して、悪くはない。
それどころか、意外なアクセントになって、どちらかというとしつこい印象があるカツ丼を飽きずに食べさせるためのスパイスとして機能している。
絶妙のバランス、ですかね。
と、タスッタさんは思う。
ソース味がもう少し、前に出すぎると、ちょっとくどい印象になってしまう気がする。
そのギリギリのラインを、見極めて攻めているような料理に思えた。
ふらりと入ってみたお店で、こういう料理にあたると、ちょっと得した気分になりますね。
黙々とカツ丼をかきこみながら、タスッタさんはそんな風に思う。
タスッタさんがそのカツ丼を完食する頃には、お店の中は満席に近い状態になっていた。
伝票を手に取ったタスッタさんは、そのまま立ちあがり会計を済ませる。
お店の外に出ると、いつの間にか雨はあがっていた。
どんよりとした、またいつ降り出しても不思議ではないような天気ではあったが。
「さて、行きますか」
小さく声に出して、タスッタさんはそのお店を後にする。




