兵庫県 神戸市中央区。フレンチレストランのステーキランチ。
午前十一時少し前、たまたま通りかかった神戸市中央市役所にほど近いある路傍で、タスッタさんは短い行列ができているのを見つけた。
ん?
と、タスッタさんは軽く首を捻る。
行列、とはいっても、十人以下の短いものだったが、こんななにもないところにいきなり発生するのは不自然に思えた。
ああ、お店があるのか。
それとなく観察して、タスッタさんはその事実を確認する。
店名から察するに、洋食のお店らしい。
ビルの一階にテナントとしてお店を出していることもあって、外見的にはあまり特徴がなく、行列ができていなければそのまま見過ごして通過してしまうところだった。
時間的に、開店待ちのお客さん、ですかね。
そんな風に思いながら、タスッタさんはその列の最後に並ぶ。
この行列がもう少し長かったら、タスッタさんはそのままスルーして別の場所へ移動したはずだった。
十名前後の行列は、タスッタさんが、
「行列してもよい」
と思える、割とギリギリのラインになる。
数日続いた寒の戻りが少し前に終わって、ここ二、三日暖かい気候が続いていることも、この行列に並んだ一因になっていた。
十一時ちょうどに、そのお店は開店した。
列を作っていたお客さんがそのまま順番に店の中に吸い込まれていく。
タスッタさんの順番もすぐに来て、タスッタさんもお店の中に入った。
「カウンターメインのお店なのか」
入ってすぐに、タスッタさんはそのことに気づく。
正直、あまり広いお店ではない。
収容人数が最初から少ないことも、行列ができていた原因になっていたのだろう。
タスッタさんは空いているカウンター席に座り、カウンター上に置いてあったメニューを手に取る。
そうしている間にも、先に入ったお客さんたちがオーダーを伝える声が次々と聞こえてきた。
どうも、行列を作っていたお客さんたちは、最初からランチ、それもステーキランチを目当てにしてこのお店に来たようだ。
ほとんどの人が、ステーキランチを注文している。
ステーキ、か。
メニューを開いたタスッタさんは、ざっと内容を確認した。
どうやらここは、基本的にはフレンチのお店であるらしい。
ディナータイムの営業が本番で、このランチタイムはどちらかというと、お店の知名度をあげるためのサービスとしてやっているらしかった。
その証拠に、肝心のステーキランチは数量限定。
品切れになったら、その時点から他の料理を頼むしかなくなる。
「一枚、八百円、か」
ステーキは、一枚以上頼むこともできるようだった。
実際、注文する様子にさりげなく注意をしていると、一・五枚とか二枚を頼むお客さんも多い。
お肉一枚当たり、百八十グラム相当。
お肉の質にもよるのでしょうが、確かに安いのかも知れない。
少し考えた末、タスッタさんは一・五枚分のステーキランチを注文する。
注文したステーキランチは、いくらも経たないうちに提供された。
おそらく、厨房では下ごしらえをした上で待ち構えていたのだろう。
お肉を焼いて皿に盛って、そのまますっと出て来た感じになる。
一つの皿に焼かれどろっとしたソースがかかったお肉と千切りキャベツが盛られており、それ以外にライスとスープがついて来た。
値段を考えると、こんなものでしょうね。
と、タスッタさんはそんなことを思いながらナイフとフォークを手に取る。
この場合、肝心なのはメインのお肉、その質である。
値段相応なのか、それとも、いい意味で予想を裏切られるのか。
注文した際に聞かれたので、タスッタさんは、
「ミディアムレアで」
と答えていた。
そのため、皿に盛られたお肉は綺麗なピンク色の断面を見せている。
一見して生のように見えて、しっかりと熱が通っているようだった。
焼き加減は、よさそうですね。
そんな風に感じながら、タスッタさんはお肉を一切れ、お皿の中にソースに浸してから口の中に運ぶ。
見た目のどろっとした質感から予想できた通り、ソースはかなり濃い目の味付けだった。
ブラウンソース。
その一種だと思うのだが、このお店のオリジナルなのだろう。
なにか、ちょっと変わった風味だった。
その濃い味のソースがまず印象強く迫ってきたが、その後にゆっくりと咀嚼すると、ちゃんとお肉の風味も口の中に広がってくる。
ん。
と、タスッタさんは感じる。
ビーフ、ですね。
でも、味が強く、癖がちょっと強い。
脂肪はほとんどない赤身肉だった。
柔らかくて、噛むとすぐに千切れる。
値段の割には。
と、タスッタさんは思う。
いいお肉、なんじゃないでしょうか。
少なくとも、安かろう悪かろうのお肉ではない。
この癖の強さは、おそらくオージービーフだと思うのだが、表情が薄い国産肉よりはこれくらい自己主張の強い肉質の方がタスッタさんの好みに合っている。
それに。
タスッタさんは、そんなことも思った。
お肉の性質なのか、それとも、下処理がよいのか、お肉がとても柔らかい。
適度な歯ごたえを残し、その上で、軽く噛むだけでぷちっと千切れる。
高級品、というわけではなさそうだが、料理法もひっくるめて考えると、これはかなり上等なステーキといえるのではないか。
少なくとも、千円前後でいただけるような料理には思えない。
コストパフォーマンスは、かなりいいですね。
などと、タスッタさんは思う。
ランチタイムだけの、品数を限定した料理だからこそ、なのでしょうけど。
ああ、お肉だなあ。
とか、タスッタさんは感じる。
この濃い目のソースも、癖の強いお肉によく合う。
霜降りが売りの和牛なども、あれはあれで十分においしいと思うのだが。
タスッタさん的には、ここのステーキのように、若干の野趣を残した赤身肉の方が好みなのかも知れない。
こちらの方が、お肉を食べている満足感は強いかも知れませんね。
などと、タスッタさんは思う。
だけど、安いなあ。
「本日のステーキランチは、ここのお客様の分までで終了となります」
手早くタスッタさんがステーキランチを食べ終え、勘定を済ませて外に出た頃、ちょうどお店の人が外で行列を作っているお客さんたちに声をかけているところだった。
行列を作っていたお客さんたちは、特別に不平を口にすることもなく、若干の脱落者を出しながらも、まだ列を維持している。
そうかあ。
と、タスッタさんは感心する。
あのステーキがなくても、十分に人気があるお店なのですね。
数量限定のランチが終わっても、このお店でそのまま別の料理を食べようとする人が大半であるらしい。
やはり、ディナータイムの方が本番なんでしょうね、このお店としては。
おそらく、タスッタさんがこの同じお店を再度訪問する機会はこの先、訪れないはずであったが。
このお店もまた、「いいお店」だった。




