千葉県船橋市。カフェのパンケーキとコーヒーのセット。
タスッタさんがこの年の確定申告を終えたのは、提出期限最終日になってからだった。
毎年のことですが。
と、タスッタさんは思う。
苦行でしかありませんね、これ。
タスッタさんは日本国籍を持っていないわけだが、収入は普通に日本円で取得している。
そのため、確定申告を行う必要があった。
さらにいえば、タスッタさんにとって日本語は、母語ではない。
日常会話ならば不自由しない程度に理解できるつもりだったが、会計とか確定申告に関わる特殊な用語はほとんど意味が理解できなかった。
理解できない用語が出てくるたびに調べたりスマホで検索したりしながら、どうにかようやく書類の必要事項を埋めて、税務署に提出する。
こんな煩雑な行為が、苦行以外のなんだというのか。
もうちょっと、シンプルな形にしてもいいと思うんですがね。
と、タスッタさんはこの国の税制についてそんな風に思う。
ルールが多すぎて、そのすべてを把握するのが困難だと、毎年この時期になると思い知らされるからだった。
どうにか税務署に書類を提出し終えたタスッタさんは、精神的にかなり疲弊していることを自覚した。
なにか、おいしいものが欲しいところですね。
などと思いながら、駅へ続く道を歩いて行く。
船橋税務署の最寄り駅は、東船橋という駅になるのだが、その駅の近くを歩きながら周囲を見回していると、ふとよさそうなお店が視界に入った。
「カフェ、ですか」
観葉植物の植え込みとかがあり、立派なテラス席もある。
おしゃれな外観を持つ建物が、そこにあった。
うん、ここでいいかな。
と、タスッタさんは軽い気持ちで考える。
外観だけから肝心の味までは判断できないわけだが、それは自分で食べて確かめればいいだけのことで。
とにかく今はどこかで一休みしたいという気持ちが強かったので、タスッタさんはそのまま迷うことなくそのお店の中に入っていく。
時間が早いせいか、お店の中には二組のお客さんがいるだけで閑散としている。
タスッタさんがお店に入ってからすぐに、気づいた店員さんがこちらに顔を向けて人数を確認してくる。
タスッタさんが一人であることを告げると、
「お好きな席にどうぞ」
といってくれた。
空いているからか、一人客であってもテーブル席を利用していいようだ。
外のテラス席、は、まだちょっと肌寒いですかね。
とか思いつつ、タスッタさんは空いているテーブル席を選んで腰をかける。
テーブルの上に置いてあったメニューを手に取り、開く。
まあ、普通のカフェ、ですかね。
その内容をざっと確認してから、タスッタさんはそんな風に思う。
ざっと見たところ、内装もおしゃれな感じで統一されており、このままどこかのインテリア雑誌に載っていても違和感がない。
そして、天井が高い。
「パンケーキ、でいいでしょうかね」
タスッタさんは小声で、誰にともなくそんなことをいう。
無難なチョイスだった。
メニューの写真で見ても、いかにもこんなお店風の、小洒落た盛り付けをされたデザート系のパンケーキだった。
まあ、大きく外れることはないでしょう。
などと、タスッタさんは思う。
ドリンクのセットメニューもあるようで、珍しいタイ産の高級豆を使ったコーヒーも選べるらしい。
飲み物は、それでいいか。
と、タスッタさんは即断する。
写真で見る限り、ここのパンケーキは甘味が強い感じであるらしかった。
だとすれば、酸味や苦みが強いコーヒーの方が合うだろうと、そう思った。
頼むものを決めたタスッタさんは、片手をあげて店員さんを呼ぶ。
コーヒーはすぐに出て来たが、パンケーキの方はかなり待たされた。
タスッタさんとしても、別に急いでいたわけではない。
そのままコーヒーをちびちび啜りながら、文庫本を読んで待つ。
コーヒーは、酸味がやや強めのタイプだった。
そうして二十分近く待たされてから、ようやくパンケーキが出て来た。
五枚ある丸くて小さなパンケーキの上には粉砂糖が振られていて、その下には、たっぷりと盛りがいいホイップクリームが盛られている。
これにメイプルシロップをかけて食べるわけだから、可愛い盛りつけに反してカロリーは相当になるかな。
などとタスッタさんは思う。
タスッタさんは小さな器に入ったシロップをだーっとパンケーキの上にかけてから、ナイフとフォークを手に取ってパンケーキを切り分けて、口の中に入れる。
あれ?
と、タスッタさんは思う。
想像していた以上に、ふわふわ。
適度な弾力を持ちながら、しかし「柔らかい」と感じる。
ちょっと、想定外の食感だった。
そして、独特の甘味。
ええっと、これは。
タスッタさんはこの甘味の正体を探るべく、これに似たような感じの味と香りを頭の中で検索する。
しばらくして、
「あ」
と、気づいた。
バナナだ。
多分、このパンケーキは、生地の中にバナナを練り込んでいる。
うん、おいしい。
と、タスッタさんは思う。
甘いけど、甘すぎず。
優しい、やんわりとした、自然な甘さ。
そして、酸味が強い、このコーヒーとよく合う。
いいですねえ。
と、タスッタさんは感じた。
ゆっくりと目の前の食事に専念するだけ。
他のことを気にかけず、ただひたすら、無心に楽しむだけ。
こうした貴重な時間は、定期的に持たなければいけない。
そうでなければ、あまりにも、なにもかもが味気ないではないか。
タスッタさんがパンケーキを完食する頃になると、お客さんもかなり入って来ていた。
こういうお店だからか、女性の、それも数名で来る団体客が多い。
やっぱり。
と、タスッタさんは思う。
時間が早いからお客さんが少なかっただけで、人気のお店ではあるようだ。
タスッタさんは伝票を取って立ちあがり、そのままレジへと向かう。
勘定を済ませてお店の外に出ると、雲ひとつないよく晴れた空が広がっていた。
空気はまだ少し冷たいように感じたが、もう春になりかけているんだなと、タスッタさんは感じる。




