鳥取県倉吉市。割烹・小料理屋のお餅と東伯牛のしゃぶしゃぶセット。
今日のタスッタさんは、鳥取県倉吉市という場所に来ている。
鳥取県というと鳥取砂丘くらいしか印象がない人が多いと思うが、実際に足を運んでみると確かに他にはなにもなかった。
とはいえ、日本中のほとんど場所はこんな感じであり、タスッタさんが見る限り、この近辺が特別に寂れているとも感じていない。
むしろ、ここは砂丘が有名なだけマシな方なのではないか。
この倉吉市も、今でこそなにもない地方都市、といった印象なのだが、古くから城下町として栄えていたそうで、そこここにそれっぽい風情の建物などが残っていたりする。
大半、観光客向けにそうした雰囲気の建物を残している感じだったが、中には本物の歳月と風格を感じさせるところもあった。
今、タスッタさんが来ているのは、そうした本物の風情を残している一軒の建物で、時代劇に出てくる宿屋かなにかのような外観をしている。
「小料理屋、ということになるんですかねえ」
タスッタさんは、小さく、誰にともなく呟く。
このお店のことを聞いた地元の人によると、元々は餅屋さんだったそうである。
次第にその餅を活かす料理を出すようになって、今に至っているとか。
海鮮料理から地元の和牛を活かした料理、それに甘味なども扱っているようだ。
タスッタさんは、このお店がお餅のしゃぶしゃぶを扱っていると聞いて、ここまで足を運んでいる。
お餅をしゃぶしゃぶにして食べるのは、地方によってはどうもポピュラーな調理法であるらしいが、タスッタさんはまだ食べたことがない。
タスッタさんはそのままお店の中に入り、案内を乞う。
少しお昼時を外した時間帯に来たので、どうやら入れそうだ。
昨夜のうちに予約を入れておけばよかったかな、と思わないでもなかったが、入れなかったらそれでもいいか、とも思っていた。
物珍しさでここまで来たものの、
「なにがなんでも食べたい!」
というほど強い渇望は抱いていない。
お店の中はテーブル席もあるがほとんどが畳敷きの座敷席で、外観の印象通り、古い料理屋的な雰囲気がある。
お客さんの入りは、七割程度か。
場所柄かそれともお店の種類のせいか、ほとんどが数名の団体客であり、一人で来たのはどうやらタスッタさんだけのようだった。
壁やふすまなどに所狭しと額縁に納められた書画などが掛けてあり、うん、これはこれで。
と、タスッタさんは思う。
多分、そういうお店です、という印象を強めたいんでしょうね、これは。
ただ、ここまでくどく強調されると、正直ちょっと鼻につくような感もある。
いや、むしろそうしたキャッチーさをあえて狙った内装なのでしょうか。
タスッタさんは卓上に置いてあったメニューを開いて目を落とす。
お餅のしゃぶしゃぶは頼むことに決めていたのだが、それにもいろいろと種類があるようだった。
海鮮料理とセット、ですか。
お昼にするにはちょっと重い気がしますが、なんとなく食指は動く。
これにしましょうかねとタスッタさんは即決し、そのまま店員さんを呼んで頼んだ。
が、海鮮料理に使う蟹が、今日はたまたまいい物が入ってこないとかで、そのセットは作れないと店員さんに断られてしまった。
ありゃ。
と、タスッタさんは残念に思う。
それでもすぐに気を取り直して、タスッタさんはすぐにメニューを見直し、そこでたまたま目に入ったお餅と東伯牛のしゃぶしゃぶセットを注文した。
注文してからメニューの説明書きをよく読んでみると、この東伯牛はここから比較的近い鳥取県東伯郡琴浦町で育成されている和牛のブランドだという。
これまで耳にしたことはなかったが、そうと知るとなんとなくおいしそうに思えた。
調理してから出す料理でもないので、注文した料理はすぐに出て来た。
お鍋の他に、上下二段構えのお皿。
上がお餅や野菜で、下がお肉になるらしい。
お餅は全部で十二種類もあり、なかなかカラフルだった。
聞けばにんじん、しいたけ、抹茶、かぼちゃ、ごま、ブルーベリー、とうがらし、とうもろこし、よもぎ、えび、ゆず、とちのみが練り込まれており、十二単をイメージしているのだとか。
目に鮮やかなのはいいんですけど。
タスッタさんは、そんなことを思う。
全部おいしいんですかね、これ。
お鍋は、半分に区切られており、だし汁自体はどちらも同じ物だというが、お肉を入れるとあくが出るので、その他の具材の分と分けているのだという。
しゃぶしゃぶだけではなく、茶碗蒸しやしめのうどんもついてくるそうだ。
結構、量が多いかな。
と、タスッタさんは思う。
お餅は、種類が多いとはいえしゃぶしゃぶ用に薄切りにされているので、そんなにお腹にはたまらないと思うのですが。
お鍋が温まるのを見計らってタスッタさんは箸を取り、まずはお餅を入れてみる。
店員さんによると、五秒程度で十分に柔らかくなり、あまり長く鍋につけておくとかえって食べにくくなるということだった。
タスッタさんはまず、よもぎらしい緑色のお餅を箸で取って鍋のだし汁に潜らせ、気持ち柔らかくなったところで口の中に入れる。
ここのお店では、ポン酢などにはつけず、お鍋から出した具材はそのまま直に食べるらしい。
ざっと潜らせただけだったが、その短い時間の中でお餅がだし汁を吸って、かなり優しい味になっている。
基本的には食べ慣れたよもぎ餅の味なのだけど、どこかまろやかになっていて、ちょっと目新しい気がした。
こうなるのかあ。
と、タスッタさんは思った。
次にお肉をだし汁に潜らせていただく。
普通のしゃぶしゃぶ、ではあったが、多分、これはお肉の質がかなりいい。
なんというか、噛むほどに力強く牛の味が染み出てくるような感じで、適度に歯ごたえもあり、素直にいいお肉だと、そう感じる。
一片のお肉をゆっくりと時間をかけて咀嚼し、味わった後、タスッタさんは再びお餅を箸で取って鍋に入れる。
これだけ種類が多いのだから、すべて試して食べ比べて見ないと。
この色合いは、ブルーベリーでしょうかね。
そのお餅をだし汁の中に潜らせて、適度にぐんにゃりとしたところで口に中に運ぶ。
うん、ブルーベリーの味だ。
と、タスッタさんは思う。
甘味はほとんどなく、強いていえばお餅が持つ本来の甘味が残っている。
その上に、お餅らしからぬフルーティな後味が残る。
なんだか不思議な感覚だった。
面白いなあ。
とか思いつつ、タスッタさんは白菜なども鍋に入れて食べる。
こちらは、至って普通の白菜だった。
出て来た時は「量が多いかな」と思っていたのだが、実際に食べてみるとすんなりと胃の中に入ってしまう。
お餅の風味がそれぞれに違うので、食べ飽きるということがなかった。
最後に、締めのうどんをお鍋の中に入れて、そちらが煮えている間に茶碗蒸しをいただく。
一口口の中に入れるとするりと溶けるような感触。
あ。
と、タスッタさんは感嘆した。
これは、絶品。
火の通し方が、実に絶妙に思えた。
タスッタさんがこれまでに食べた茶碗蒸しの中でも、一二を争うレベルでおいしく仕上がっている。
こういうところで、技を見せて来ますか。
と、タスッタさんは感心する。
お鍋とかしゃぶしゃぶは、調理をする側にすれば、お客任せの部分が多くてやり甲斐をあまり感じないのかも知れない。
その絶品の茶碗蒸しをすっと完食して、締めのうどんもいただく。
それまで出しに潜らせただし汁で煮た熱々のうどんは、これまた文句なしにおいしかった。
汗を拭きつつうどんを食べるタスッタさんは、なんともいえない充実感を得ている。




