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腹ぺこエルフさん放浪記  作者: (=`ω´=)


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155/180

東京都板橋区。蕎麦屋の田舎蕎麦と鴨ロースのセット。

 ここのところよく晴れた続いていたが、昨日あたりから冷え込みが厳しくなったな。

 と、タスッタさんは思う。

 今日のタスッタさんは、都内にいる。

 まだ昼の一時を少し過ぎたくらいで、空気は冷たいものの日差しは強い。

 さて、どうしましょうか。

 タスッタさんは、例によって考えている。

 基本的にこの周辺は住宅街であり、飲食店もあまり多くはないような印象があった。

 駅の方まで戻りましょうかね。

 とも、思う。

 ここからならば、下板橋の駅までそれほどかからないはずだ。

 幸いなことに、歩くのが苦になるような気候でもない。

 そんな風に考えてしばらく歩いて行くと、うまい具合にちょうどよさそうなお店があった。

 派手さがない、それどころか、土地勘のない人ならばそのまま見過ごして通り過ぎてしまいそうな、地味で小さなお店だった。

 暖簾と看板があったので、かろうじて営業中の蕎麦屋であると判別できる。

 老舗っぽい風格などは感じず、あくまで「ひっそり」という擬音が似合いそうな店構えだった。

「ここでいいか」

 と、タスッタさんは即座に判断をする。

 一口に蕎麦といっても、本格的なものから立ち食いまで、かなり幅がある食べ物だ。

 このお店は、さて、そのうちのどこら辺に位置するお店なのでしょうか。

 そういう好奇心が、先に立った。


 暖簾を潜り中に入ると、お店の中はほぼ満席だった。

 都合よくカウンター席が空いていたので、タスッタさんはすぐそこに案内をされる。

 この時間にこれだけお客さんがいるということは。

 と、タスッタさんは想像をする。

 きっと、いいお店なんでしょうね。

 席に着くと、すぐに女性の店員さんがタスッタさんの席までお冷やを持ってきた。

 そして開口一番に、

「品によっては少しお時間をいただくことがありますが、よろしいでしょうか?」

 と訊いて来る。

「ああ、はい」

 タスッタさんは、反射的に頷く。

 今日は、この後に差し迫った予定はなかった。

 そんなこと思いつつ、タスッタさんはメニューを開いてさりげなく店内を見渡す。

 そうか。

 と、タスッタさんは考える。

 このお客さんたちも、単純に繁盛しているだけではなく、料理ができあがるのを待っている人もいるのか。

 お客さんの入りがよいことは確かなのだろうが、それに加えて、あまりお客の回転がよろしくないお店でもあるらしい。

 少なくとも、麺をただ湯がいて出すだけのお店ではない、ということですよね。

 タスッタさんは、前向きにそう考えることにした。

 メニューに目を落とすと、専門店というよりは少し大衆向けの値段設定になっている。

 昼のセットメニューがいくつか用意されていて、さらにお蕎麦は二八蕎麦と田舎蕎麦を選べるようだった。

 田舎蕎麦、か。

 と、タスッタさんは思う。

 多分、二八蕎麦よりは、蕎麦粉の割合が多い。

 そういう分類だと思う。

 その田舎蕎麦、というのを頼みましょうか。

 タスッタさんは、その場で決めた。

 後は。

 さらにメーニューを見渡して、タスッタさんはある文字列に気づく。

 くるみ汁?

 どうやら、普通のめんつゆ以外にもそのくるみ汁というのがついてくるらしい。

 つまり、二種類のつけ汁を一食分で楽しめる、という趣向らしかった。

 このくるみ汁というのも、タスッタさんはここではじめて目にする。

 そういうのがある地方も、あるんでしょうかね。

 と、タスッタさんは思った。

 少なくとも東京風の、よくある蕎麦屋さんでは目にしたことがない。

 あとは、セットですか。

 単品でもよかったが、せっかくセットがあるのだからチェックはしてみる。

 お蕎麦屋さんでありがちな、丼物とお蕎麦のセットが多かった。

 でも今は、揚げ物とかの気分ではありませんよね。

 と、タスッタさんはその大半をスルーする。

 もう少し、なにかあまり重くはないものがあれば。

 とか思っているタスッタさんの視線が、ある箇所で止まる。

 鴨ロース、ですか。

 お蕎麦屋さんに鴨はつきものだ。

 ありでしょうね、そういうのも。

 タスッタさんは深く納得をして、田舎蕎麦と鴨ロースのセットを注文する。


 見ていると、どうやらこのお店は男女の店員さん、二人で回しているらしかった。

 年格好から見て、夫婦、なんでしょうね。

 と、タスッタさんは推測する。

 少し長めに待たされることがある、というのも、厨房をたった一人で回していることに、原因があるようだった。

 人を増やして大きく儲ける、というよりも、自分たちができる範囲内で、無理なく営業を続ける、という方針なのかも知れない。

 タスッタさんが注文したものは、注文を通してから十五分ほどで出て来た。

 待たされたといえば待たされたが、飲食店でこの程度の待たされてることはそんなに珍しくもない。

 むしろ、事前に店員さんから注意をされていたので、予想していたよりも短く感じたくらいだった。

 その待ち時間に、タスッタさんは文庫本を開いて気楽に過ごしている。

 出て来た料理に目線を落とすと、田舎蕎麦はやや太めの麺で色合いが濃く、鴨ロースは量が少ないようにも感じたが、肉の色艶はかなりおいしそうに見える。

 まずは、このくるみ汁で。

 タスッタさんは箸で蕎麦をつまみ、軽くくるみ汁に浸してから啜ってみた。

 太い麺はかなり食べ応えがあり、なかなか啜りきれない。

 くるみ汁をつけて噛んでみると、くるみと出汁が混ざった汁の風味と蕎麦の香りがいい具合に混合する。

 思ったよりも、合いますね。

 と、タスッタさんは思う。

 くるみと、蕎麦。

 実際に食べてみるまでは、どうかと思う組み合わせだったが。

 実際に口にしてみると、これはこれで。

 いや、率直にいって、かなり合う。

 ついで、タスッタさんは普通のつけ汁に浸して蕎麦を啜る。

 ああ。

 と、タスッタさんは思う。

 普通の、いつものお蕎麦だ。

 ただ、麺がかなり太めで、そのため、蕎麦の香りもいつもより強く感じた。

 麺の太さが微妙に違っているのは、おそらくはお蕎麦もこのお店で打っているからだろう。

 名が通った専門店なりの洗練された風情はなかったが、こうしたいかにも手作り然とした、朴訥な味わいも、これはこれで価値がある。

 というか、普通においしい。

 いつものお蕎麦よりも太めな分、かなり歯ごたえがあって、それがいいアクセントになっている。

 タスッタさんは鴨のロースに箸を伸ばす。

 薄切りにされたもので、しかし口の中に入れると、肉の旨味がじわりと口の中に広がる。

 いいお肉だ。

 と、タスッタさんは感心する。

 値段から考えても、合鴨の肉だとは思うのだが。

 この季節の脂がのった鴨肉は、かなりおいしい。

 そして、お蕎麦やだし汁の風味に、よく合う。

 値段から考えると。

 と、タスッタさんは思う。

 かなりお得な気がしますね、このお店のセットメニュー。

 地元の人がふらりと入れる、気軽で気さくなお店、なんだろうな。

 と、タスッタさんは思う。

 でも、料理に関しては、全然手を抜いているようには思えなかった。


 食後、出されたそば湯で残った麺汁を割って、まったりと飲む。

 ここのお店のそば湯はかなりどろっとしていて、甘みが強い。

 それで麺汁を割って飲むと、かなりほっとする。

 いいお食事でした。

 と、タスッタさんは結論する。

 正直、あまり期待をせず、ふらりと入ったお店だったが、想定外においしい思いができた。

 ふと店内を見渡すと、あれほどいたお客さんが、もう半分以上はお店を出て空席が目立っている。

 みんな、これから午後の仕事があるのだろう。

 さて、と。

 タスッタさんは、伝票を手にしてカウンター席を離れた。

 今日の後半も、気合いを入れていきましょうか。



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